第6話

 翌日、仕事が終わり帰宅する。夜が進む。不安が募る。22時の電話がなかったらどうしよう、嫌われてたらどうしようなんて、また子供のようなことを考えていた。スマホをテーブルに置き、私はベッドの上。時計も何も見ず、膝を抱え、うずくまっていた。


 スマホが鳴る。私は顔を上げ、時計を見た。22時。彼は何て言うだろう。想像もつかない。でも彼の言葉を、ちゃんと聞かなくちゃ。受け入れなくちゃ。


「もしもし、俺。」

「もしもし、私。」


 いつもの私を作らなくちゃ。


「今日は何かあった?」


 それは突然だった。


「なぁ。」

「ん?何?」

「結婚しないか?」


 え…?


 今…何て言った?


「え…?」

「今俺達が動いてウイルス拾って感染したら、お前どうする?」

「どうするって…。」


 感染。そう簡単には…。


「…で、でも、感染するかどうかなんてわからないで…。」

「そういう甘い考えはもう通用しない。わかるだろ?」


 彼の声で言われた正論が、私を覚醒させた。


 医療の機能は強制終了しないのがおかしいくらいで、病院が受け入れてくれるかどうかわもからない。そもそも検査すらできないかもしれない。ウイルスは目に見えず、未だ詳細なんか不明。だから専門家でさえ、毎回言うことが違う。そんなニュースを毎日見てきた。


 でも、思っていた人は多いはず。


 『自分は大丈夫』


 私はウイルスの罠にも引っ掛かっていた。


「もし身勝手な行動をして、お前がウイルスに感染したら…。」

「…したら…?」

「俺は一生、後悔する。」


 一瞬にして涙が溢れる。彼の声が心に沁み渡る。優しく、切ない声。 


「いつまで続くかわからない、今のこの状況。いたずらに過ごすのは、もうやめよう。」


 いたずらどころか、自分の足下さえ見ていなかった私はなんて利己的だったのだろう。呆れて嘆かわしい、不届き者。都合の良い話なんて、今、この世界に存在しない。


「俺だって、後悔したんだ。こんなことになるなら、お前を連れてくればよかったって…。バカだよな…。」


 彼も、私と同じ想いを。


「でもそう気付いたから、もう間違えたくないと思ったんだ。」


 彼は冷静だった。ずっと冷静にしてたんだ。私のことを、これからのことを考えてくれていた。


 私と彼を繋いでいたのは、電波と想いだけじゃない。きっと彼も、切なくなったり我慢したり、恋しくなったり辛抱したり。だからこその冷静、そして決意。彼の声から刹那に切なさを感じて、私は初めて彼の想いと強さを知った。


「新…。」

「菫?返事は?」


 涙が止まらない。私は全身全霊で、思い切り泣いた。電話越しでよかった。声を出して、鼻をすすり、ティッシュで拭いて。それを繰り返す姿なんて、見られたくなかった。


「そんなに泣くなよ…。何もできねぇだろ…。」


 想いやりが、今は胸を苦しくさせる。


「…行く…すぐ行く…。宣言が解除されたら…すぐ新に会いに行く…。」

「菫、それより返事は?」


 そうだ、私は返事をしなくちゃ。もちろん決まってる。


「じゃあ…、もう一回言って…?」


 ちゃんと答えたいから。ちゃんと、応えたいから。


「結婚しよう、菫。」

「はい…。」


 いたずらな日々にはもうさよなら。私も強くなる。大切なものを見極める力と大切なものを、守ってみせる。


 負けない。自分にも、時代にも。負けるもんか。

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