第5話

 翌日、22時。


「もしもし、俺。」

「もしもし、私。」

「お疲れ。」

「お疲れ様。」

「今日はどうだった?」

「…そう!今日ね、仕事でトラブルがあって大変だったの!」


 いつもの会話。いつもの彼。でも私はいつもと違う。


「じゃあ、おやすみ。」


 電話が終わる。今日が終わる。終わらせたくない。ずっとこのままでいたい。


「ねえ?」

「ん?」

「あのね…。」

「何だ?何かあったか?」


 『会いたい』


 言いたいことを思っただけで胸が苦しくなる。涙が溢れてくるなんて。


「何だよ、どうしたんだよ。」


 泣き出しそうな心を静める。会話を続けなくちゃ。私は普通を装うとする。でもその想いと反比例。涙が落ちてしまった、言葉と一緒に。


「…あいたい…。」


 彼のため息が、遠くから聞こえる。きっと一瞬、彼はスマホを顔から遠ざけた。


「…今は会えないこと、わかってるだろ。」

「わかってる…。けど…。」


 わかってる。わかってるよ。でも、会いたい…。


「私も行けばよかった…一緒に…。一緒に、名古屋に行けばよかった…。」

「そんなこと、今言ったってどうしようもないだろう。」


 ついこぼしてしまった。どうしようもないと自分でもわかっていることを。そんな自分に腹が立ったのに、彼に八つ当たりをしてしまう。


「私と…会いたいと思わないの…?会えなくても、何とも思わないの…?」

すみれ…。」

あらたはどう思ってるの!」


 声を大きくした私はすぐに気付く。なんて子供、なんてくだらない。彼のつくため息がまた聞こえた。


「何とも思わなくねーよ…。俺だって…。」


 『俺だって』、何?


「…でも仕方ないだろ…。…今は、我慢するしかねーんだよ…。」


 彼のか細い声。初めて聞く、彼の弱音。


「二度と会えない訳じゃない…。だから泣くな。」


 私は必死で涙を堪えた。彼も何かに堪えている。そんな気がした。


 その後いつものように『おやすみなさい』を言って、一日が終わった。


 彼は私に怒ってなんかいなかったし、冷たさも感じられなかった。ただ、感情的な私に対して、何かを考えているような彼。それがもどかしい。もどかしくて、悔しい。悔しくて、悲しい。


 言わなきゃよかった、『会いたい』なんて。


 こんなにも、後悔と罪悪ざいお。こんなにも、私は弱い。自信も自分も崩れそう。


 彼はどんな表情かおをしてたのだろう。私はどんな表情かおをさせてしまったのだろう。


 怖い。早く寝てしまいたい。なのに眠れない。眠れそうにない。


 なぜ?私は彼と手を繋いで歩いている。人混みの中、ぴったり肩を寄せて歩いていた。どれだけ歩いても、どこまで行っても、周りには人が沢山いる。みんな楽しそうに笑っていた。笑顔で溢れている。愛に満ちていた。


 コトン


「…はっ…!」


 手からスマホが落ちた音で、私は目が覚めた。ゆっくり体を起こす。こんな時に床でうたた寝なんて。


「夢…。」


 私は少しの間、呆然とした。夢と現実。彼の大きな手。変わってしまった生活スタイル。様々なものが頭の中を巡る。


 床に落ちたスマホを手に取り、私はようやくベッドに入る。スマホを握り締めながら眠りについた。

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