ショートショート 僕の〈空ガール〉
僕は高所恐怖症だ。空なんて写真で見るだけでも自分が高いところにいる気がしてきて気分が悪くなる。
しかし僕が片思いをしているクラスメイトのあの娘は〈空ガール〉
十八歳で航空機免許を取得し、学生にして現役の飛行機乗りという、正真正銘の空の女の子だ。そんじょそこらの流行にあやかった〈○○ガール〉とは比較にならない。
そんな彼女が何よりも好きなのはもちろん空。彼女のような強い個性や才能もなく、何より空を怖がる僕が、彼女と付き合えるはずもない。そもそも接点がない。
……と思っていたらある日、彼女のほうから僕に声をかけてくるじゃないか。
しかもその言葉は、
「私と付き合ってください!」
もちろん僕はOKした。
というよりあまりに突然のことで頭がまっしろになったまま、勢いで「はい」と言ってしまった感じだ。
あとで一人になってようやく喜びに舞い上がった。舞い上がりすぎて宙に浮く心地になり、実際に体が宙に浮く様を想像してしまって気分が悪くなった。それがきっかけで、彼女が〈空ガール〉であることと、どう向き合っていけばいいか、という大問題が再認識されて気が重くなった。
彼女はこんな僕のどこが好きなのか、という疑問はもちろん浮かんできたが、喜びと不安で正直それどころじゃなかった。
不安は的中し、彼女は僕をありとあらゆるかたちで空に連れていった。
彼女の専門である飛行機はもちろん、登山に行ったり(彼女は〈山ガール〉でもあるわけだ)、空の絵や写真などの美術を見たり。ほかにもプラネタリウムに行くとか、カフェやレストランにしても店名が『空色カフェ』だとか『Restaurant Sky Garden』だったりでもう『空』ってついていればなんでもいいのか! という有様だ。
なにもかもが空。本来、恋は天にも登る気持ちだったりするのだろうが、僕と彼女の場合、それは比喩でもなんでもない。
僕は天国も地獄も空の上にあるのだという世界観を持つに至った。そして彼女は天使で悪魔だ。
それでも僕は、彼女と一緒でならあれほど恐ろしかった空に行けた。何度も僕は彼女に殺されると思ったけれど、別れたいとは思わなかった。いっそ彼女になら殺されてもよいとさえ思った。
それくらい、彼女は輝いていた。空とともにある彼女は、ほかの誰よりも魅力的だった。
僕は幸せものだ。そんな彼女を独り占めして、いつもそばにいて見ていられるのだから。
だからこそ、僕は前々からの疑問を解いておきたかった。
僕は思い切って彼女に聞く。
「どうして僕と付き合おうと思ったの?」
彼女は答える。
「あなたが、心の底から空が苦手だから」
訳が分からない。
「普通、趣味は同じほうがいいというか、好きなものは共有したいっていうかさ」
「私って目立つから、前からいろんな人に交際を申し込まれたりしたけど、みんな決まって『僕も空が大好き』って言うの。でもそれって、結局私と付き合うために合わせてるだけなんだよね。でもあなたはそういう打算とか抜きで付き合ってくれそうだったんだ」
僕は彼女の言葉を聞いて、いまさらながらに恥ずかしさで顔が真っ赤になった。
「で、でも、僕からは高所恐怖症のことも君に言ったことはなかったし、その、き、君が好きだってことも……」
僕がしどろもどろになっていると、
「私、〈空ガール〉だもん。好きも嫌いも関係ないよ。空のことが意識から離れない人のことなら、すぐにわかっちゃうの」
彼女はそう言うと、ふふふん、という擬音がつきそうなニヤニヤ笑いとともに胸を張って言った。
「嘘の『好き』よりホントの『嫌い』のほうが、本気ってことだもんね」
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