ショートショート 鳥になった狩人
渡鴉(ワタリカラス)の名を持つ狩人がいた。
今の彼は、その名の通りワタリカラスの姿をしていた。
彼はかつて、地走りの異名を持つ腕前のある野伏だった。
それが、人間よりも繊細で傷つきやすい竜と、人間よりも人を食った態度を取る竜という二匹の竜との奇妙な縁により、人から鴉へと変化(へんげ)したのだ。
竜は旅人に物語を授け、旅人は竜とともに物語を歩む。
世界はそうやって、竜と旅人とともに動いていく。
あるとき渡鴉は一羽の傷ついた鷲に出会った。
鷲は言った。「恐ろしい人間が来た。やつの矢は何者をも撃ち落とす」
渡鴉はそれを聞いて、自分の中に静かな興奮が走るのがわかった。
どれほどの狩人か。かつての自分に勝るのか。
もはや人間でない自分には、狩りの腕でそいつと競うことは叶わない。ならば鳥として挑む。そいつに狙われて無事でいられるのか。
「やめておけ、命を失うぞ」鷲は渡鴉を止めた。
だが渡鴉は、
「なに、返り討ちにしてやるよ。目玉でもつついてやって、二度と矢を撃てないようにしてやるさ」
と、鷲に言った。
「お前、本当にただの渡鴉か」いぶかしげに鷲が尋ねると、渡鴉は
「今も昔もただの渡鴉だよ」と言って、呵唖呵唖(かあかあ)と鳴いた。
さて渡鴉は狩人に挑むことにしてふと思った。
かつて、狩る側であった自分が狩られる側である鳥に憧れていたのは実に奇妙なことではないか、と。
あのころ渡鴉は足で地を駆け弓を引き、大空を見上げて舞う鳥の影を狙っていた。しかし、狙う側、強い側でありながら、渡鴉は自分を不自由に思い、翼を持つ鳥に自由さを感じた。
そして憧れのままに鳥になった自分は大空を舞う自由を引換に、人間に狩られる弱い獣になった。
自分にとって、翼とは狩人の足と手と目の弓矢を失ってでも得る価値のあるものであったのか。
翼を得た自分は、なぜか手練の狩人の話を聞き、そいつに挑もうとしている。
この意思は単に同じ翼を持つ同胞を傷つけられたことへの義憤だろうか。
それとも、かつての狩人としての自分が、手練の狩人がどれほどのものかと見定めようと息巻いているのか。
当然、答えなどなかった。自分の内に答えなどあるわけがない。
あるとしたら、狩人の目の奥に、あるいはやつの放つ矢尻の先に。
「これも竜が用意した物語だろうか」渡鴉は思った。それならそれでいい。そのときはまたあの竜たちとどこかで会うだろう。
渡鴉は何度か大きく羽ばたくと、そのまま舞い上がり野に飛び立った。
物語の行方は、彼の向かう先にある。
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