ショートショート 節分
妻が豆まきをしようと言い出したので一緒に玄関に出た。
今日は少し暖かかったが、それでも妻の体には堪えるはずだ。
まくものをまいて早々に室内に戻ろう、と思ったが、妻は升に盛った豆を掴むと思いのほか元気に「鬼は外!」と声を張り上げ、大振りで豆を放り投げた。
「無理に元気にするもんじゃないよ」と私は驚いて言うが妻は「何を言いますか、元気にやれる機会にやっておくもんですよ」などと返す。
「ほらあなたも」返す言葉が見つからないわたしに妻は升を渡す。仕方がないのでそれを受け取り、少々照れ混じりに「鬼は外!」と豆を投げた。
部屋に戻ると妻は茶を入れながら「年の数だけ豆を食べるのよ」と台所で言っている。
言われずとも知っていることだが、私は「そうだったね」と言っておく。
「しかしね、もうこの年になると一度に食べきれないくらいの数になってしまうね」
「縁起をかつぐのも楽じゃないわねえ」
妻は笑いながらそう言う。
「それにしても、この年になると、鬼っていうものがなんなのかが、わからなくなるわねえ」
茶をすすっていると妻が言った。
「どういうことだい?」と私が問うと、
「いろいろと怖いものや怖い人にたくさん会ってきたもの。一番恐ろしい鬼は人間だわよ。赤鬼さん青鬼さんだなんて、かわいいものだわ。やってきたら追い返すどころか、おうちに招いてあげたほうが、よっぽど福を招くんじゃないかしら」なんてことを言う。
「うーん、この場合の鬼と福っていうものは、存外自分たちのことかもしれないよ。自分の中の鬼は外、福は内、そんな風に邪気を払って季節の節目を迎える行事なんじゃないかな」
私が拙い知識で一説唱えるが、妻は、
「あら、自分を一部だって悪者にするなんて、それこそつまらないじゃない。自分の中の良きも悪きも愛してこそ、人を愛せるんじゃないかしら」なんて返してくる。
何を言い返しても叶いそうもないので黙っていたら、急にお腹が痛くなった。豆を食べ過ぎたかもしれない。慌てて席を立つと、妻は言った。
「あなたの鬼はお腹の中にいるようね。残念だけど、今年は鬼は外ね」
豆まきをしようと言い出したのは、妻のほうなのだが、いつの間にか私が鬼を追い出す非情の人のように扱われているような……
ともかく、来年は豆まきも豆を食べるのも半分くらいにしておこう、と私は思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます