第5話

「で、ここが客室ね。マコトはここのベッドを使って。それで、こっちがシャワールーム兼洗濯室。私とマコトが一日一回ずつ使って五日は持つくらいの水があるからね。循環型で使われた水はナノマシンで浄化されるから、実質二十日分くらい。その後はトイレとか洗濯用水に再利用されるの。まぁ大抵長くても十五日くらいでどこかの街に寄るから、あまり気にしないで使って良いよ。ちなみに飲料水は必ず三ヶ月分は積んでるから、遠慮せずに飲む事。それと、こっちがトイレで、あっちの奥が食堂でその隣がレクリエーション室。でも、今は物置になってて結構危ないから気を付けて。こっちは私の部屋だけど、勝手に入らないでね」


 外も暗くなり、月明かりだけになったのでポンコツに操縦を任せ、マコトに部屋をぱぱっと紹介して、また操舵室に戻る。


「結構充実してるんだな。狭そうだけど通路以外は広く感じる」

「まぁ、本当なら七人乗りくらいの大きさだからね。この船って」


 父が趣味がてら組み上げた船だ。小型船の範囲で予算の許す限り船体の拡大と、各部屋の居住性の向上と万が一の安全性を天秤にかけ、居住性にちょっと比率を大きく割いている。


 ……今回、修理が必要になった理由の一つだ。


「あそこの部屋は?」


 操舵室から見える、伝えて無かった扉を指してマコトは首を傾げた。説明を忘れたのかと思ったらしい。


「あれは機関室に入る為の扉。エンジンが止まってる時か、緊急時以外マコトは入らないでね。防護服着ないと、下手すれば焼け死ぬから」

「ひぇっ。……冷却は?」

「冷却装置が付いててそれなの。船の機関室なんてそんな物よ。あと、無いとは思うけど、もし入る時は耳栓を必ず付ける事」


 昔、一度だけ別の船の機関室に耳栓を付けずに入った時、三日間ほど耳が聞こえなくなったのがトラウマだ。常在ナノマシンが頑張ってくれなかったら、私は今でも音の無い世界にいたと思う。


「わ、わかった。とりあえず近付かなければいいんだな?」

「そういう事。ちなみに、マコトが寝る部屋の収納棚の所は、しばらくの間は開けないでおいて。死ぬから」

「なんで!?」


 収納だろ!? そんな危険な所ある!?


 そんな顔で叫ぶマコトだけど、私は大げさでは無いと思う。


「物置としても使ってるから、色々入れてあるのよ。変な物触って爆発とかしてみる? ま、ちゃんと鍵は掛けてるからマコトが開ける事は無いと思うけど、一応って事で」


 正確には、私の私物だらけなので、見られたら私が死ぬほど恥ずかしいだけだ。バカ兄がくれたあの装備も入ってたりするし。


「だとしても、何故そんな危険物を客室に入れてるのか、小一時間ほど問い詰めたい」

「今まで一人旅だったし、客室はいらなかったからね」


 まだ若干不満そうだけれど、とりあえず無理矢理納得したらしく、マコトはため息をついた。なんでさ。




 長かった一日がやっと終わり、私は白烏の大翼号を夜間航行モードに移行させる。


「って言っても、単に照明落として惰性で飛ぶように機関出力を最低限に抑えて、ポンコツに周辺警戒を指示するだけなんだけどね」

「一人でも大丈夫な理由がそれか」

「そういう事。それじゃあ、ゆっくり休んでね。おやすみ」

「おやすみ」


 部屋の前でマコトと別れて、自分の部屋に入った。


「ポンコツ。一応、マコトの動きは記録しておいて。トイレと食堂に行くくらいなら起こさなくても良いけど、もし私の部屋に許可無く入って来そうだったら気絶させて良いから」

『了解した。イズミ。しかし、同衾はしないのか。ツキノ様の研究が進むのだが』

「しないってば。今後同じ事言ったら船との同期、解除するよ?」

『……到底許可出来ない蛮行だ。イズミの安全を確保出来なくなるぞ』


 あまりにうるさいのでちょっと脅しを掛けたら、ポンコツが面白いように動揺する。声色とかに変化は無いけれど、返答まで間があったのがその証拠だ。


 処理落ちとも言う。


「だったら、今後一切マコトと私が同衾云々は口にしないで。気まずくて仕方無いったら」

『……了解した』


 ポンコツの言質を取った後、私はさて、とばかりに自分のベッドを見る。


「片付けるの忘れてたのは良いとして、寝る段階になって思い出すのはねぇ。精神的に非常によろしくないからやめてほしいなぁ」

『今回使用した分の治療用ナノマシンの補充が必要だ。ツキノ様に申請しておくように。まだ在庫に余裕はあるが、いざ必要になった場合に必要数が足りなくなる事態は避けるべきだ。イズミ』


 ……わざわざ兄さんに連絡を取って、次の寄港地のマルカに持って来てくれるのを待てとでも言うのだろうか。兄さんの本拠地はここから相当離れてるんだけど。


 この船の通信設備じゃ兄には届かないから、マルカで高い金を払って長距離通信機を借りなければならない。下手をしたら船の修理代金より高くて、到底払えないと思う。


 このポンコツはその辺わかって……ないんだろうなぁ。ポンコツだし。


「まぁ、それはおいおいで」


 ポンコツの言葉は流す事にして、私は置きっぱなしになっていた救急キットをベッドの下に片付ける。


『破片は寄港時に廃棄するように。細かい物は海への廃棄でも良いが、大きな破片はプランドラーの呼び水になる可能性がある』


 まだベッドの上に残っていた天井の破片も横に退かす。大きいと言っても私が持てるくらいなので、そこまで危険は無いと思うから念の為だけれど、海に捨てる事はやめておく。


 万全な状態ならともかく、船がダメージを負ってるこの状態でプランドラーに遭遇なんてしたくないしね。


「雨、降らないと良いけど」

『近くに雨雲は確認されていない。シャワーはシャワールームにて浴びるように』


 ポンコツは無視するとして、ベッドを整えてから私は横になった。なんだかんだで疲れたから、シャワーは朝起きてからだ。


「ポンコツ、電気消して」


 ふっと部屋の明かりが消え、部屋が暗闇に染まった。ほんの少し明るいのは、天井の割れ目から月明かりが入り込んでくる為だ。


「……まぁ、星空は綺麗だけど、落ち着くわけが無いよね」


 この時期この空域で見れる星座の一つが、ちょうど隙間から見えている。五つの星がかなり狭い範囲に五角形の形に並んでいて、北方向にある星だけ赤く、残りは青く輝く、船旅の目印の一つとなる星座だ。北部船団の船団旗ともなっていて、『北定指針(ほくていししん)』という通称が付けられている。北部船団によれば、正式名称は『主たる赤き神と祝福された青き民を寿ぐ標』だそうだ。


「別に誰の物でも無いのにね」


 ふと、そんな言葉が出て来た。


 うん、普段は気にもならない部分なのに出て来るって事は、疲れてるね? 寝よう。


「ま、いいか。おやすみ」

『おやすみ、イズミ。良い夢を』





 次の日。


 私はセットしてあったアラーム音で目が覚めた。新しい朝だ。


「ん〜っ」


 伸びをした後にあくびをしながら目をこする。


「あー、そっか。いつもより明るいと思ったらそうか。天井ね」


 応急処置しようにも、手摺りの無い位置だから危なくて上からは出来ない。少なくともマルカまではこのままかな。


『おはよう。イズミ。今日の周辺空域は晴れ。少し風が強い。船の状態は要修繕。周辺空域に警戒すべき対象は無し。目的地のマルカまでは通常航行にて約一日半の距離。各種補給要項は後ほどリストを作成し報告する。特記事項は、保護対象のマコトがすでに起きて、食堂の椅子に一時間ほど座っている。以上だ』


 それならタイマーよりも早めに起こしてくれても良いんじゃないの。このポンコツは。


「マコトの食事と様子は?」

『マコトに定着させた常在ナノマシンの要望を反映させ、規定量を五割ほど増加した食事を提供した。現在はマルカの情報を要求された為、マルカ周辺の簡易マップ及び観光情報等を提供している』


 なら良いか。暇は潰せてるみたいだし。


「夜はおかしな事はなかった?」

『あまり寝付けなかったようだが、特別報告すべき行動はしていない。我への問い掛けでなんと呼べば良いかの質問を受けたくらいだ』

「……ちなみになんて答えたの?」

『正式名称を答えるべき質問であったが、マコトはそれ以外を望んでいたため、非常に不本意ではあるがイズミと同じ『ポンコツ』か、ツキノ様が仮称で設定されていた『ウィル』と呼ぶようにと返答した』

「その仮称は初めて知ったけど、どこをどうすればあんな頭がおかしい正式名称になったのかの疑問が湧いてきたんだけど?」


 なんならそのまま正式名称にしたら良かったのに。


『我の名はツキノ様のイズミを思う心あってこそのものだ。我がイズミの役に立つ事がツキノ様の望みであり、イズミの役に立つ事でツキノ様の為になる事が我の使命だ』

「……その割に私の神経を逆撫でするような発言が多いのはどういう事なのよ?」


 とりあえず今日の予定を確認する。


 まず何よりも、昨日は疲れて浴びそびれたシャワーと朝食ね。次にマコトを同じくシャワールームに放り込んで、その後マルカへの航路確認と進路設定かな。まぁこれに関してはマコトを拾う前から決めてあった事だし、毎朝の必須事項だから問題は無い。問題は……。


「船の修理費用をどうするかちゃんと考えないとなぁ。うわ、船体下部の装備一個無くなってるし」


 ポンコツが提示した修繕箇所の一覧を見ると、結構なダメージを受けている事がわかる。


「……プランドラー相手にした時よりも船体ダメージ大きいって」


 かかる費用を考えると頭が痛い。バカ兄が薦めてくれた保険で多少は補填が効くのがありがたいけれど、しばらくは財布が寂しくなるのは確定だ。私の密かな楽しみのご当地スイーツ巡りも少なめにしないといけない。


『プランドラーに対する脅威評価を間違えない様に。イズミ。それは我の性能とイズミの力あってのものだ』

「わかってるわよ」


 と、そんなことを話しつつ予定の確認を終えたので、食堂に向かう事にする。


 さて、マコトの様子はどんな感じかな?

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陸無き惑星の蒼空を往く 蒼兎浪士 @kakuaousagiyomu

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