第4話

「もちろん、多少は給金も出すよ。といっても仕事柄、固定給じゃないし、修理費用分は引く事になるけどね」


 基本的な衣食住は船主である私が支払う事と国際法で決められている。ちなみに保護継続中は、最寄りの公的機関に申請する事で費用の3割程は補填されるらしい。空域によっては独自に支援も行っているようだけど、この辺の公的機関はあまり宛にならないとポンコツは言っていた。


「うーん、聞いても良いか?」


 マコトはいまいち良く分かっていない顔で訊いてくる。


「その仕事って、この船を使ってするものなんだろ? ド素人の俺でも手伝えるものなのか?」


 あ。


「えーっと。ポンコツ?」

『物によるだろう。マコトに何が可能なのかは情報が不足している。荷運びなどの簡単かつ力仕事ならば、確実にマコトの支援が望める筈だ。しかし、戦闘を主軸とした仕事や、今までイズミが受けて来た女性専用のものは、難しくなる可能性が高いと思われる』


 あー、そうだよねぇ。マコトってとてもじゃないけど戦いとかした事あるようには見えないし、女性専用観光船の船内清掃とか、結構実入りが良い仕事も出来なくなるんだ。


「待ってくれ。戦闘ってもしかしてガチのやつか。ゲームじゃなくて」

「ゲームって。賭けレースならともかく、賭け試合なんて海上都市に行かないと出来ないよ?」

「いや、そういう意味じゃなくて。殺し合いなのか、って意味で聞いてるんだけど」

「船を使っての仕事なら結構そういう事になるね。賊って何処にでも現れるし、プランドラー相手だと何を持ってしても逃げるか、完全に殲滅するまで戦うかしか選択肢が無くなるのよ」

「そうなのか……プランドラーって?」


 ちょっと顔色が悪くなったマコトには気の毒だけど、教えておかないといざという時に大変なので、ポンコツの補足も交えて教える事にする。


「プランドラーっていうのは、簡単に言うと船ごと人を喰らおうとする化け物ね」

『正確に言うのならば海、又は空の更に上、又は空の狭間から襲いかかってくる敵性体の総称だ。海からはこの惑星の過去の遺物。空の更に上からは非常に凶暴な侵略者の欠片。空の狭間からは自らを世界の王だと宣う別世界の狂人の分身が現れる』

「どれも非常に厄介で、この白烏の大翼号だとどう頑張っても同時に三体くらいまでしか相手に出来ないの。あくまで目安で、危なそうなら一体だけでも速攻で逃げ出す必要があるけどね」


 その際には国際法で設置が義務つけられている高出力の『プランドラー強襲時用支援依頼無線』で周りの船に報せなければならない。賊はどうにでもなるけれど、人類の敵は数が少ない内に叩かなければ、増えて手が付けられなくなるから。


「話し合いで解決とかは無理なんだな?」

「賊なら会話が出来るからそういう事もあるけど、プランドラー相手だとね」

『ほぼ確実に生きるか死ぬかの二択だ。遺物は古語を操るが、遺物側の判断機能の大半が損なわれている為、こちらが古語を使っての交渉を求めても通じずに襲いかかってくる。欠片は大抵二匹連なって問答無用で捕食してくる。生き残りたければ殲滅するしか無い。王を僭称する狂人の分身は、言葉は通じる。言葉は通じるが、どう足掻いても理解し得る仲には成れないと歴史が証明している』

「言葉は通じるけど話は通じないって、一番嫌なパターンだよね。今までどれだけの人が殺された事か」


 こういった事も忘れた、もしくは知らないとなると、本当にマコトはいったいどこの誰なんだろうと不思議で仕方がなくなってくる。


 まさかとは思うけど、新しいプランドラーの一種なのではないかとまで警戒してしまいそうだ。


「聞いてるとますます俺が手伝える気がしないんだけど。……そういう訳にもいかないんだろうな。この場合」

「そうね。手っ取り早く臓器でも売ってくれるなら話は別だけど?」

「精一杯手伝わせてください」


 即座に頭を下げるマコトに笑ってしまう。


 ま、プランドラーって線は無いよね。


『マコトの客人登録及び、詳細スキャンが完了した。改めてようこそ。マコト。白烏の大翼号へ。イズミ、スキャンの結果だが、マコトの体内にもイズミを害する物は発見出来なかった。個人用防御膜の待機状態を解除しても構わない』

「了解。出身地が分かりそうな情報は何か出た?」


 ポンコツの言葉に頷いて答える。マコトが首を傾げているけれど、先にポンコツからの報告を聞いた方が早い。


 首のチョーカーへ指を当て、ボタンを長押しして待機状態を解除する。


『残念ながら。しかし、興味深い情報がある。マコトの体組織は、イズミに比べて全体的に頑丈なようだ。見た目よりも重い理由だと思われる』

「頑丈って。男の子なんだから当たり前じゃない」

『イズミ、マコトとの同衾を推奨する』


「「はっ!?」」


 思わずマコトと声が被った。当たり前だ。


「はいぃいい!?!? し、しないし、何をいきなり言ってっ……掌返ししてんのよ!? 馬鹿じゃないのこのポンコツ!?!?」

『ツキノ様は人間の体組織が世代を経るごとに弱まっていると仰っている。好都合だ』

「何がよこの馬鹿!?」

「ちょ、ちょーっと俺には刺激が強いかなぁ。会ってすぐって、映画じゃないんだし」


 私も怒りで顔が赤くなっているけど、マコトは顔も赤ければ目も泳いでいて耳まで真っ赤だ。私の方を見ないようにしている。無理も無いし、ポンコツのせいで申し訳ない。


『子が頑丈になるかならないかで、ツキノ様の研究に変化をもたらす事が出来る』

「こっ……黙って! お願い」

「と、とりあえず俺は聞かなかった事にしとくから」

「ごめん。そうして」

『子の性別男女両方での違いも──』

「黙りなさいってば!」





 話も一段落したので、ポンコツのオートパイロットモードを切って、マルカへの進路を取る。私も、隣の席に座っているマコトもまだ少し顔が赤いが、そこに触れる訳にはいかない。


「えっと、イズミ?」

「ッ……。な、なに?」

「いや、どこに向かって飛んでるのかなと思って」

「え、あ、そうか。言ってなかったっけ」


 ちょっと1回深呼吸を挟む事にする。落ち着かないと今後がやりにくくなっちゃうから。


「えっとね。まずはマルカっていうコロニーを目指すよ。マコトが見た事があれば、というかこの辺の出身と分かれば、そこの公的機関に保護して貰うのが一番なんだけど」


 たぶん、記録にも残ってなくて、分からないんだろうなぁという予感がする。何せナノマシンが先ほどまで体内に一つもいなかったのであれば、出生時のナノマシン投入時に登録されるはずの出身地が分からないという事だからだ。それこそ、公的機関側にもスラム街出身の住民だと思われて終わりである。


 え? じゃあなんで出身地が分かるまで保護を続ける事が義務付けられているか?


 事実上、この法はほんの一部の例外を除いて、公的機関がなるべく金を使わずに、少しでもスラム街の住民を減らす為の法だから。


「聞いた事は無い気がするな」

「でしょ? マコトが落ちてきたのはこっからずっと上の方からなんだろうけど、ぱっと分かる範囲じゃ船はいなかったし、島も無い。言い方悪いけれど、貴方相当怪しいのよね。体にナノマシンも入れて無かったし」

「ナノマシン? え、あるの?」

「治療用のナノマシンね。今はもうマコトの体内に常在化させてるから安心して怪我しても良いよ。安全性は……たぶん大丈夫」

「へー、そうか。なんかわくわく……心配だな!?」

「兄さんの作った物だけど、まぁ、一応、入れてから結構時間経ってるけれど、なんとも無かったみたいだから大丈夫よ」

『ツキノ様の作ったナノマシンだ。市販の物より性能が良い事は保証する。安心しろ。マコト』


 だからあのバカ兄が作ったって事が心配なんでしょうが。本当にこのポンコツは。


「ま、まぁそういう事らしいから。怪我や体調悪化時の改善、普段のバイタルチェックを自動的にやってくれるから、入れてて損は無いと思うよ」


 ちょっと不安そうにしているけれど、無理矢理納得する事にしたらしく、少し引き攣った笑顔でマコトは息を吐いた。


「それで、マコトがこの辺出身じゃないと分かったら、というかたぶん違うだろうから、マルカでは補給とちょっとした仕事、それでもって船の修理。何日かかるか、幾らかかるかも分からないから暫くはマルカで過ごす事になると思う」

「わ、分かった。そのマルカってのはどんな所なんだ?」

「……難しい質問ね」


 えーっと、記憶喪失、もしくは全く分からない人への教え方となると。


「簡単に説明するなら、おっきな船に、小さな船が寄り集まって出来た街みたいな所ね。他の所とあまり変わらないよ」

「船ってのは、この船みたいに飛んでる船って事だよな?」

「そうだよ」

「なんとなくでしか想像がつかない」


 困ったように言われても、私も困るんだけれども。


「核となってる船は推進機能の無い、古いけど物凄く大きくて頑丈な船だね。マルカの由来は古語なんだけど、つまり古語が一般的に使われてた千年以上前に空に上がって来た船だって言われてるよ。小型の船でどっかからかこの辺まで押したり引いたりして持

って来て、更に船が増えてマルカという街が出来たって覚えておけば良いと思う。他の所も似たような感じ」


 感心したように頷くマコトに、ちなみに、と付け加える。


「大きさは、この白烏の大翼号がマルカだとすれば、そうね……さっき食べた豆パンが白烏の大翼号になるかなってくらいの大きさだね」

「でっか……良く浮いてるなそれ。物理法則とかどうなってるんだ」

「さぁ? 昔の人はすごいね。って事で良いんじゃない?」


 それよりも、さっきから僅かに船体が右舷側に傾いてる気がするのが、私にはちょっと心配だ。


「ちゃんと直さないと危ないなぁこれ……。お金足りるかな」


 思わず呟いてしまい、はっとする。


「この船が豆パンくらいか……凄いな。早く見てみたい」


 ……どうやら聞かれてはいなかったようだ。保護が決まった以上は、衣食住に関しては不安を持たせないようにするのが、被保護者への配慮だ。私はちょっとほっとする。


「まぁ、急いでもあまり意味は無いから、ぼちぼち行くよ。到着予定は明後日の朝頃あともう少ししたら日も落ち始めるから、とりあえずゆっくりしてて。後で客室に案内するから」


 今すぐ船が分解するでも無し。賊やプランドラーも今の所はいない。焦る必要は無いよね。

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