第2話

 まずは、今まで自分以外入る事の無かった客間──という名の物置──の掃除を手早く済ませる。


『掃除とはなんだ? イズミ』

「仕方無いでしょ。ちゃんとやってたら数日はかかるじゃない。通路も私の部屋も操縦席付近も、全部掃除しなきゃならないんだから」


 幸いにして客間の収納スペースは大きめだから、目につく物を片っ端から詰め込んで、中を見られないように鍵をかけた。これである程度は見れる部屋に戻ったので良しとする。


『男との同衾は許容範囲外だぞイズミ。どうしてもと言うならツキノ様に許可申請を取れ』

「どこをどう見て、どう取ったらそうなったの今!?」

『イズミはまだ15歳だ。子を作るのはツキノ様も許可は出さないと思うが』

「んな事するわけないでしょうが!! あーもう、ほんっとポンコツ……」


 呆れて物も言えない。まだ何か文句を言っているが、私は無視して通路の掃除に移る事にする。


「とりあえず、足が引っかからなければ良し!」


 元々が狭い通路だから、そこまで散らかっていたわけではないのが助かった。脱ぎっぱなしの作業服や普段着、下着などはシャワー室、兼洗濯室の汚れ入れに放り込む。


『洗濯用水が不足している。次の寄港で必ず補給するように』

「そうね。明後日にはマルカに寄る予定だし、ついでに色々と補給しとく」


 修理途中の狙撃銃や、すぐに手に取れるようにと置いておいた投網、工具箱や武器防具類、この間買ってそのままになっていた補給物資なども端に寄せたりして動線をしっかりと確保した。


 ……うん、これだけやっておけば船内通路としては、見た目はそこまで悪く無いよね。だいたいどんな船もこんな感じだし。


『狙撃銃は早く新装備に買い換えた方が良いと思うが』

「そのお金があればね」

『もしくはツキノ様の──』

「あれを使うのは絶対に嫌」


 確かに、兄が『私の為に特別に改造してくれた』のだから、性能に関しては非常に優秀な狙撃銃だとは思う。でも、あのバカ兄が余計な事に、専用のヘッドセットと衝撃吸収や補助の為の強化服を一緒に作ったのが問題だ。


「あんなの着てたらただの変態にしか見えないじゃない」


 あれを着るなら下着の方がまだマシなデザインだし、上から他の服を羽織るだけでも補助機能が著しく下がるのに加えて、安全性の為それを着ないと狙撃銃を扱えないプログラムがされているのだ。


 つまり、絶対に嫌だ。


 他にもそんな感じの、扱う私の気持ちを分かっていない、数多くのバカ兄特製武器防具が、船の倉庫にしまってある。


『選り好みで死んでは元も子もないぞ。イズミ』

「だから本当にどうしようも無い時の為に取ってあるんでしょ。普段使いは絶対に嫌」


 私だってそこそこの腕は持っているのだ。出なければとっくの昔に死んでいる。


 兄には悪いけれど、死ぬよりかはマシという状況にでもならない限り、使う事は無い。


「次は操縦席周り!」

『ナノマシン投入からそろそろ半刻だ。容態次第では目を覚ます。動きがあれば伝えるが、イズミも気にしておくように』

「わかった。それにしても、私専用に兄さんが作り替えたナノマシン治療薬、他人に注射して本当に大丈夫だったの?」


 人命救助の時間優先だったとはいえ、他のナノマシンと競合してむしろ容態を悪化させ、最悪の場合死亡なんて事も考えられるだけに、今更になって心配になってきた。


 市販のナノマシン注射なら世界共通規格で作られているから、競合など心配無いだけに余計に。


『確率としては八割ほどで問題無く完治可能だと思われる。ツキノ様の作ったナノマシンだからな』

「だから心配なんだけどね?」

『対象のナノマシンは休眠状態のハズだ。問題発生の確率は限りなく低いだろう』

「へ?」


 ポンコツの言葉に私は首を傾げた。


「休眠状態って、なんでよ?」


 基本的に体内のナノマシンはよっぽどの事が無い限り休眠状態にはならない。と兄に聞いている。ナノマシンの活動に必要な素材が尽きる事など、人が普通に生活している限りはほぼあり得ないからだ。


『対象のナノマシンによる生命維持活動の機能が働いていなかった事が確認されている』

「えーっと。それはまた。スラム街にでもいたのかしら。にしては痩せてもいないし、ナノマシンが要らない身体にも見えなかったわよね?」

『機人であれば救急キットは必要ないからな。問題はスラム街の住人だった場合だが、その可能性は低いだろう』

「まぁ、目が覚めたら分かるか」


 操縦席周りのゴミ──主に食料関係の包み。お菓子なども含む──を片付け、ここにも脱ぎっぱなし、置きっぱなしになっていた服や道具類を汚れ入れに突っ込んだり、端に寄せたりして綺麗にする。


『掃除とはなんだ? イズミ』

「利便性と見た目の両立よ。ある程度綺麗になればそれで良いの。時間が無いんだから黙ってて」


 まだ色々と片付けたい所があるが、操縦席周りはこれで良い事にする。


「よし、次に私の──」

『対象が覚醒したようだ。掃除はそれくらいにして、警戒しつつ接触しろ』

「タイミングが……ま、まぁ、私の部屋に入れる事は無いだろうし。今回はいっか」


 私の部屋以外にもトイレや食堂などがまだ終わって無いが、その辺は普段から比較的綺麗にしている場所なので、今の状態で見られても問題は無い。はず。たぶん。


「えっと、どう? 様子は」

『戸惑いと緊張が五割ずつと思われる反応を示している。ナノマシンから送られてくる情報は、治療完了報告とバイタルチェック結果だ。後ほど確認を。武器の類いの反応は無いが、気を付けて接触するように』

「心配なら最初から助けなければ良いのに。って思っちゃダメなのよね?」

『国際法に逆らうようにとは、ツキノ様に指示されていない』

「それ、兄さんに作られたあなたが言うの? だったら私、すぐさま出頭しないといけないんだけど」

『携行武器はナイフと非殺傷モードの麻痺銃にするように。個人用防御膜を待機状態にしておく事。襲いかかられた場合は問答無用で鎮圧するように。良いな、イズミ』

「……分かった」


 ため息をついて、私はポンコツに言われた装備を身に着ける。ナイフは腰の後ろのホルダーに、拳銃程度の大きさの麻痺銃は右腰に着けたホルスターに。


「さて、と」


 常に首に巻いている防御膜発生装置のチョーカーの起動ボタンを長押しして、待機状態にしてから、深呼吸を三回ほど繰り返した。ほんの少しだけ緊張がほぐれる。


「よし。船の修理代金、回収しないとね」


 まずは何者か、次に状況把握、そして人名救助における船損傷の補填をどうするか。これくらいは最初の会話でどうにかしないとね。そう考えながら、私は未知の男の子の元へと向かった。




 そっと梯子を登って、ほんのちょっとだけ頭を出して、男の子の方を見る。

 うーん、何で自分はこんな所にって感じかな。あまり船に……というか空そのものに慣れて無さそう。


 命綱はしっかりと船体に固定されているのに、近くの手摺りに抱き付いて、翼の下の空を見ている所を見ると、だけど。


「どこぞの特権階級の子かなぁ。でも上の人間っぽく無いんだよねぇ」


 そもそもこの空域には上にも下にも都市が無いから、本当にどこから落ちて来たのか不明だ。分かる範囲では船もいなかったし。


「考えても仕方無い、か」


 戸惑い方的に、ゆっくりと姿を見せたら過剰に反応される可能性がありそうなので、私はすっと身を乗り出して相手に気付かせてから話しかける事にする。


「よっと」


 一息で屋根の上に登り、少し大げさな動きで手摺りにフックを引っ掛ける。ビクッとなった男の子を横目で見ながら、船の様子を見るフリをして、動揺が少しでも収まるのを待つ。あ、ここもヒビ入ってる。あとで直しとかないと。


「えっと……君は?」


 空や未知のものへの恐怖より私への興味が勝ったようで、恐る恐るといった感じで男の子は話し掛けて来た。


 船を見るのをやめて、男の子の方を向く。


「私の名前はイズミ。どう? 体の調子は」


 気絶していた時に少しは見たが、改めて見るとかなり珍しい特徴を持った男の子だった。


 目立つのは少し茶色掛かった黒色で短めの髪。この辺では私みたいな青色か、緑色が一般的で、黒髪は惑星(ほし)の反対側でしか見られない髪色だったと思う。でも、目の色は薄い青で私と同じ。肌色は私と余り変わらないが、余り日焼けしていないような感じである。


 まぁ、ここまでは隔世遺伝かなとか、もしかしたらナノマシンで髪色を変えてたりする、少年期特有の特別感のままでいる子かなと思ったりするのだが、服装が妙なのだ。


 ある程度動きやすそうな半袖に長ズボンと言ってしまえばそれまでだが、清潔感のある白色で胸に一カ所だけポケットが付いている半袖のシャツに、黒一色の長ズボンというのは見た事も聞いた事も無い服装だ。端的に言えば、一切戦闘をする気が無い都市上層部の人間がするような格好だが、全く高級感が無い。防御機構など備わっているようには見えないし、なんなら私が食事用のナイフで切りつけても、なんの抵抗も無く傷を付けられそうなほどに無防備に見える。


 それだけで、都市云々身分云々は置いておいても、この辺の人間じゃないって事だけは確実に分かる。スラム街の住民にすら「自殺願望も大概にしろ」と怒られそうな格好だ。


「大丈夫……だと思う。怪我とかもして無いし。イズミ、さん?」


 首を傾げながらの、全く何も分かっていないのが良く分かる返事が返ってきた。


「イズミで良いよ。私の船に落ちて来たんだけど、覚えて無いかな?」

「落ちて来た??」

「そう、どこから落ちて来たかは知らないけど、たぶんかなり上の方から」


 私の言葉に男の子は上を見て、下を見て、周囲を見回してもう一度首を傾げる。


「どこ、ここ?」

「私の船よ。『白烏の大翼号』の屋根の上」

「しろがらす?」

「昔は白だったの。黒に赤い十字線なのは塗り替えてるからね。白一色だと襲われやすいのよ。賊とかに」


 私が何か話す度に疑問が浮かぶみたいなので、それになるだけ分かりやすく答えていく。男の子の状況把握を手助けしつつ、こちらとしてもそれぞれへの反応から男の子の情報を集めていくのだ。


 まぁ、姉のやり方を真似ているだけなので、会話してて分かる事と言えば、この男の子は何も分かっていないんだろうな、という事くらいなのだが。


「賊って、え? 空って事は……空賊?」

「……空賊って単語なんて久しぶりに聞いたよ。空で遭遇する賊って言えば確かに空賊だけど、この辺りでわざわざ空は付けないかなぁ。君、本当にどこの子よ」


 思わず、色々とすっ飛ばして訊いてしまった。惑星の反対側ならともかく、空賊なんて単語はこの辺りでは古語だ。歴史学者でもない限り日常で出る単語じゃない。もう少し話してからそれとなく聞き出すつもりだったのに、計画が早くも崩れ去ってしまった。


「どこって、それは……どこだ?」

「……だと思った」


 漂う雰囲気からなんとなく、そうなんじゃ無いかなぁとは思っていたけど、実際に言われるとガクッと来る。


 私と同年代に見える男の子は、今この瞬間に記憶喪失の迷子君という確信に変わった。


「まぁ良いや。それはおいおいで。ところで君、名前は?」

「あ、あぁ。マコトだ。カシワギ・マコト。……名前は覚えてるな。他は……テストってなんだっけ??」

「マコト君ね」


 苗字を簡単に答える辺りに、今度は北部の船団の民っぽさが出てきた。更に思い浮かんだ単語がぽんっと出てきたようで、何かの実験にでも関連がありそうな厄介事の匂いがする。


「それじゃあマコト君。とりあえず、立てる?」

「マコトで良いよ。そっちも呼び捨てが良いんだろ? ならこっちも呼び捨てで良い」

「わかった。マコトって呼ぶね」

「立てるかどうか、だけど……竦んでるな。俺の足は。情けない事に、かなり怖い」


 マコトは空に慣れてない人そのものという感じで、どうにか立とうとしてもすぐそこにある空が目に入り、力が抜けてしまうようだ。


「良いよ。その様子だと空は初めてなんでしょ? 深呼吸して落ち着いて、ゆっくりとでも良いから立って歩いて。残念だけど、私の力じゃマコトを船の中まで運べないから」


 自分の足で移動して貰わなければ、マコトはこのまま屋根の上で、ここから落ちる恐怖をずっと味わう事になってしまう。それよりも、ちょっとずつでも移動して貰って、少なくとも足を踏み外す事の無い船内に入った方が安全だし、安心も出来るはずだ。


「や、やってみるよ」

「命綱があるからそう簡単には落ちないし、よっぽど変な動きとかしない限りは大丈夫よ。まぁ万が一船から落ちても、海に落ちるまでには回収してあげるから安心して」

「はは……」


 少しは緊張がほぐれたようで、マコトは自分に括りつけられた命綱と手摺りを交互に見て笑った。かなり引きつっていたけれど、そこはご愛嬌というものだ。

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