陸無き惑星の蒼空を往く

蒼兎浪士

第1話 

「船が沈む!?」

『あぁ。どうやらそのようだ』


 冷静に返された私は、その報告がどうしても信じられなかった。


「そんな! だって、あなたついさっきまで『なんの問題も無い。絶好調だ』って言ってたじゃない!?」


 現に今この瞬間だって、目の前のアホな事を宣うポンコツの計器類に異常は見られないし、海に近付き過ぎないよう高度もちゃんと取っている。しかも、つい先日整備点検してやったばかりだというのに。


「プランドラーの連中だっていないのになんでよ!」

『損害は、危害を加える意思を持った者から与えられるとは限らない』

「そんな御高説は良いから理由を言って!」


 ポンコツの言う『船が沈む』は、私がちゃんと対処さえすれば実現しない未来予測だ。父の造った船にバカ兄が無理矢理載っけた人工頭脳は、そういう点で意外と役に立っている。


 でも。


 だからと言って、こう簡単に前言撤回して沈むとか言われても困るのよ!!


『焦っているな。想定外に弱い。それが君の弱点だイズミ』

「うっさいポンコツ!」

『人命救助だ。その際右舷損傷。最寄りの港まで持ち堪えれば、海に還らなくて済むだろう』


 そしてこれだ。


 このいまいち要領を得ない説明!


 人命救助?


 右舷損傷?


 こんな近くに何も無い空で、私にどう対処しろと?


「もっと詳しく!!」

『上から人だ。速度は相当。我が衝撃吸収の力場を発生させる。どうにか人命救助は可能だ。しかし、我の操縦だけでは代わりに右舷主翼が折れる。損傷をどれだけ抑えられるかは、君の腕次第だイズミ』

「はい???」

『力場展開。オートパイロットモード解除。さて、ショータイムだ』


 理解が追いつく前に、船が震え始めた。


 このポンコツは、私の了承すら得ずに力場発生装置を起動させたらしい。戦闘機動を行う時にしか動かした事の無い、これまた兄が無理矢理後付けしたポンコツ第二号だ。今日の調子はあまり良いとは言えないらしく、船体を通して伝わってくる振動に波がある。


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」


 私は慌てて操縦桿を握り、ベルトで身体を固定する。自動操縦が切られた上に余計な振動でバランスが崩れたのか、左に傾き始めたからだ。


「上から人ってどういう意味よ!」


 船を平行に戻して、普段は畳んでいる主翼の幅を広げてバランスを取りやすくしつつ、ポンコツを問いただす。上方に船がいないのは先刻確認済みだ。どこから落ちたというのか。


『そのままの意味だ。衝撃に備えろイズミ。来るぞ』


 その直後だった。ポンコツの言葉に咄嗟の反応で上方の力場を強化した私を褒めて欲しい。


 ──ズンッ。


 船体が軋む程の衝撃を受けた。


「きゃっ!?」


 一瞬にして十エーグルも高度が下がる。ベルトで身体が固定されていてすら浮遊感を覚えた。何もしていなかったら天井に頭をぶつけていたかも知れない。衝撃を吸収する為とはいえ、そう何度も体験したくない感覚に冷や汗が出る。


『右翼に負荷が掛かりすぎだ。右方向へ旋回して力場からの負荷を逃がせ』

「わかってる!」


 力場が衝撃を吸収して尚、船体が歪んでミシミシと鳴っているのだ。私は負荷で重くなった操縦桿を叩きつけるようにして右へ傾ける。


「ベキンッて!? ベキンッて言った!?」


 旋回が始まるより前に船体のどこかからか何かが割れる音がする。


 うん。待って。墜ちるのは嫌だから本当に待って!


『力場を強化したのは正解だったな』

「それがこの状況でしみじみと言う事!?」

『我の計算より衝撃が強かった。良く折れなかったな』

「それは……うん。本当に」


 修正舵を細かく入れ続けた事でどうにか安定してきた。ほっと息を吐きつつ船体を平衡に戻す。


 後で点検と補修は必要だが、とりあえずは墜落を免れたようだ。


『それでだ。イズミ』

「なに?」

『我は人命救助だと言ったな』

「……それが?」

『落ちてきた何者かだが、恐らく瀕死だ。助けろ』

「……はぁ。なんでこう、バカ兄ってば無駄に博愛主義なんだか」


 私の尊い命は船が沈み掛けても問題ない程度には軽視する癖に、どこの誰とも知れない何者かの人命救助は無許可で行う、本末転倒なプログラムを作った兄に呆れる。


 私に報告する前に方向転換すれば、人が落ちてきたなどとは知る事も無かったし、下手をすれば船が沈むような危険をおかす必要も無かったのだ。私の為に作ったのなら、私の命を最優先にして欲しいものだ。


「とりあえずは危険は無いのね?」

『対象は一人のみ。武器の類いは身に付けていない。瀕死の状態。動けるなら、それはもう人間では無いだろうな』

「翼の上よね?」

『そうだ。命綱はしっかりと固定しておけ。見た目よりも少し重いようだ』

「……私に担げるのそれ?」


 いくら一人だけと言っても、私は力持ちではないし、瀕死だと言うなら引き摺る訳にもいかないはずだ。


『ならばせめて翼から落ちないようにしろ。救急キットはベッドの下だ。力場発生装置停止。オートパイロットモードを起動。ホバリング状態に移行する』


 ハァ、とため息をついて操縦席から立ち上がり、私は寝室へと向かう。狭い廊下を通り、左舷側にある寝室の扉を開け──


「うっそでしょ?」


 ──天井の一部が裂けて空が見えているのに気付いて、最悪の気分になる。


「ベッドの真上は困るよ!!」

『天然のシャワーが浴びれるぞ。良かったなイズミ』

「……そうね。その時はあなたも一緒に浴びるから」

『冗談は良いから早く助けてやれ。死ぬぞ』

「こっちのセリフよねそれ!?」


 後で穴を塞ぐとして、まずはベッドから邪魔になっている天井の破片をどかす。そしてベッドの下を覗き込んで救急キットの箱を引っ張り出した。


「初めて使うのよね。これ」


 埃をかぶっていたのではたいて綺麗にする。蓋には雑な字で『死にそうな時に使うこと』と書いてある。これも兄が用意した物で、使い勝手はともかく性能はそこそこ保証されている救急キットだ。


 そこそこである理由は、市販の製品では心配だからと兄馬鹿な思考回路で自ら作ってくれたナノマシン治療薬だという点と、バカ兄のどこかズレた思考回路で自ら作ってしまった自家製のナノマシンだいう点の二つ。


 簡単に言えば、救急キットなのに何がブレンドされているか分からない。例えば瀕死を回復するついでに、身体も丈夫にしようと皮膚が薄い金属に覆われるようになったりしたら、困る。本当に。


 つまり、使用するのは博打なのだ。バカ兄の作り出した物は。私の為を思っての行動だから余計に質が悪い。


「市販の救急キットは無かったのよね?」

『ツキノ様の救急キット以外は船の在庫に登録されていない。安心しろ』

「だから不安なのよ!」


 ポンコツは市販の物の安全性も、バカ兄の作る物の危険性も、両方分かっていない。


 正確には、市販の物の性能は分かっているが、『ツキノ様の作るイズミの為の何かは、そんな物など比較にならないほど信用が置ける物だ』とプログラムされている。


 そんな兄の、天才が故の自信(うぬぼれ)は当の私としては不安でしか無い。


「本当に大丈夫かな。使っても」

『人命救助だ。イズミが危険な状態の時に使える量が減るのは危惧すべき事態だが、仕方ないだろう』

「心配してるのはそこじゃないのよ?」


 救急キットを持って後部ドアを開ける。大人二人がようやく手を広げられるくらいの広さの甲板へと出た。外は少し乾いた風が吹いているが、さっきまでの騒動など無かったかのように穏やかな空だ。


 ドア横に備え付けられている梯子から屋根へと登る。腰に付けている巻き取り式の命綱を引き出して、カラビナをガイドの手すりに引っ掛けた。

 あー……、今度この手すりも修理しないと。と、この間までは無かった錆びが出ている所を見つけ、私は顔をしかめる。


「さて」


 翼の状態を見る為、ポンコツが人命救助した人物を見る為、私は右翼の方へと向いた。


「翼はパッと見では異常無し、と」


 とりあえず飛行するのに当面の問題は無さそうだ。


「問題なのはこっちか」


 ちょうど翼と胴体の付け根の部分に引っかかるようにして、こちらに背を向けて気絶しているらしい珍しい髪色と服装の何者か。


「……本当に気絶してるんでしょうね?」


 船外の為、ポンコツの声は聞こえて来ない。移動させるにも、治療するにも私一人でやる必要がある。勿論、このまま見捨てて船から落とし、見なかった事にするという選択肢も含めて、だ。


「さすがに後味が悪いからしないって」


 なんとなくポンコツに悪口を言われた気がして、思わず呟いた。


 ガイドの手すりを握って、足が滑らないように気をつけて、まったく動く気配のない何者かに向かって近づいていく。


「脈は……今の所大丈夫。外傷はパッと見では無し。ポンコツの言い方からすると内臓かな?」


 軽く診てから瀕死だという理由に当たりをつけて、私は救急キットから緊急治療用ナノマシン注射を取り出す。


 錠剤や液体パックは経口摂取用で、気絶している時には向かないし即効性に欠ける。体内に素早く取り込むには注射が一番だけれど、注射時にだいぶ痛むのが珠にキズだ。


「聞こえてないだろうけど一応言っとく。何か変な事になったらごめん。死ぬよりはマシだったと思ってね?」


 ゆっくり行くより素早く終わる方が痛みも少ない。相手が気絶しているのを良いことに、私は針を刺しやすい腕に狙いを付けた。


「えいやっ」


 一気に刺して一気に注入。それが治療用ナノマシン注射の鉄則だ。との教えを教えてくれたのは父だ。ものの五秒で注射を終えて、私はちょっと一息つく。


「……刺す時痙攣してたけど大丈夫よね……?」


 不安になって脈をもう一度測る。……うん、大丈夫。たぶん。


「それにしても困ったね」


 体格からなんとなく予想していたが、救助した人物が私と同年代の男の子であるというのは、非常に困る。色々と。


「それにしても重すぎない? 太ってるようには見えないのになんでよ」


 持ち上げたのはまだ腕一本なのに、既に見た目より結構重い。体付きなんて一般的な男の子にしか見えないのに、本来なら二回りは大きそうなくらい重い。足場の悪さを考慮したとしても、私の力では引っ張るのも一苦労だ。


 うん、運ぶのは無理!!


 潔く諦めた私は、予備の命綱をどうにかこうにか見た目詐欺な男子の腰に括りつけ、翼から落ちないように固定する。


「重い! 疲れるよ!! えっと、あとは起きてから自分で中に入ってもらうとして」


 せめて船内を変な目で見られないくらいには綺麗にしておかないと。


 そう。


 一人の生活は色々と放置し気味なのだから。

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