第218話 またひと騒動の匂い

 日が沈み、夜の帳がおりたころ。 


 琉海たちは帝都内の安い宿に宿泊していた。


 明日からはここまでゆっくり休むことはできなくなるだろう。


 周囲を警戒しながら収容所に接近し、真夜中になるまで潜伏する必要があるからだ。


 今日の間にコンディションを万全にしておきたい。


「できるだけ、体力の回復に努めよう。明日からはゆっくり休めないだろうからな」


「わかっているわ」


「大丈夫。もう寝るつもりだから」


 琉海の忠告にスミリアとリーリアは頷いた。


 琉海たちは明日についての確認を簡単に済ませ、就寝することにした。


 半分精霊のおかげで体力の消耗が少ないとはいえ、もう半分は人間だ。


 万全の状態を維持するために、琉海も寝ることにした。


 帝都中も静まり返った真夜中――


「ねえ、ルイ」


 耳元で声がした。


「エアリス?」


 琉海は瞼を開く。


「囲まれているわよ」


「ん?」


 エアリスの物騒な発言に琉海は上体を起こす。


「どういうことだ?」


「この建物の周りを20人以上の人間が囲んでいるのよ」


「この建物の周りに……?」


 ここは安宿だ。


 20人もの人数を揃えるとなると、相当な理由があるのだろう。


 誰か狙いの人間がいるのだろうか。


 ここで自分たちは関係ないと選択肢から外すのは浅はかだろう。


「俺たち以外にこの建物に何人いるか確認してくれ」


「わかったわ」


 エアリスは頷くと粒子化して姿を消した。


 その間に琉海も動く。


「リーリア、スミリア。起きろ」


「ん? どうしたの?」


 リーリアは目を擦りながら起きる。


「なにごと?」


 スミリアも若干不機嫌な声で目を覚ました。


 真夜中だから仕方がないが、今は緊急事態だ。


「この家が囲まれているみたいだ」


「「え?」」


「まだ、俺たちを狙っているかわからないけど――」


「残念だけど、標的は私たちみたいよ」


 建物の中の確認を終えたのかエアリスが姿を現した。


 すでにエアリスが精霊であることを知っているスミリアもエアリスが突然現れても驚きはしない。


 それよりもエアリスの言葉のほうが重要だ。


「何か見つけてきたのか?」


「いいえ、むしろ、何も見つからなかったわ。だって、この建物には誰もいないもの」


「「「…………?」」」


 三人にはエアリスの言っている意味が分からなかった。


 いや、言葉は認識できているが、その言葉がどういうことか理解できなかった。


 琉海たちがいるのは帝都内の安宿。


 スティルド王国で潤沢な金を手に入れた琉海なら、高級宿に泊まることもできたが、高級宿では目立つと思い、顔をフードで隠しても入れるような安宿を選んだ。


 もちろん、ただの安宿ではない。


 出入りの多いところを選んだ。


 そのため、個室を3つで取ろうとしたが埋まっているからと、2階の大部屋をひとつ借りることになった。


 つまり、少なくとも3人――いや、この宿の亭主も入れれば4人はいるはずだ。


 だが、エアリスはいないと言う。


「つまり、この建物には俺たちしかいなくて、囲んでいる人間の標的は俺たち以外ありえないってことか」


「そうなるわね」


「はあ……」


 琉海はため息を吐いた。


 騒ぎを起こしたくなくても、あちらからやってくることに呆れてしまう。


「仕方ない。撃退して穏便に済ませたいけど、もしものことがあったらここから離れる必要があるから、リーリアとスミリアは荷物を整えてくれ」


「ルイはどうするのよ?」


「相手の目的を確認してくる。エアリス、近くにいる奴の場所を教えてくれ」


「そこの窓から見えるすぐ隣の家との脇道に3人隠れているわよ」


「わかった。エアリスはここの警戒を頼む」


 琉海はそう言って、窓を開いて飛び出した。

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