第215話 父との交渉

王宮に着くとグライハルトは父親の執務室をノックした。


「誰だ?」


「私です」


「お前か。入れ」


 承諾を得てグライハルトが入室する。


 護衛の男は扉の前で待機だ。


 グライハルトが執務室に入るとゲアハルト・ハイルマン公爵が執務机で書類仕事をしていた。


「何の用だ? こっちは明日の遠征の調整で忙しい」


 ハイルマン公爵の視線は書類から離れない。


「はい。分かっています。だから、用件だけをと思いまして。少しだけ猟犬部隊ハウンドドッグをお借りしても良いですか?」


 猟犬部隊――ハイルマン公爵家お抱えの諜報暗殺部隊だ。


 この部隊は公になっておらず、公爵家の中でも限られた者しか存在を知らない。


 主な仕事は諜報と暗殺。


 腕に覚えのある人間の選りすぐりを勧誘して結成された部隊だ。


 人数は200人以上。


 帝天十傑が保有できる人数より多い。


 とはいえ、帝天十傑の部隊ほど個の戦力は高くない。


 それでも貴族の保有する兵には計上されていない部隊だ。


 そんな部隊を抱えている貴族はもうほとんどいない。


 なぜそれを知っているかというと、貴族が持っていた未計上の部隊を壊滅させていったのが猟犬部隊だからだ。


 反乱の多かった時期にどさくさに紛れて少しずつ着々と減らしていった。


 ただの帝都近くの領主だった頃ではこうはいかなかっただろう。


 猟犬部隊は他貴族の部隊だけではなく、邪魔になる者たちも排除してきた。


 そうすることで今の盤石な地位とハイルマン公爵が中心となった中央貴族ができた。


 そんな猟犬部隊をグライハルトが使いたいと言っている。


「それで、何に使うつもりだ」


 ハイルマン公爵は書類から視線を外し、グライハルトに視線を向けた。


 本心以外は許さないという鋭い眼光が向けられる。


 向けられた息子のグライハルトは一瞬たじろぐが踏みとどまった。


 グライハルトは生唾を飲み込んでから口を開く。


「そ、それがですね……」


 視線を右往左往させて言い淀むグライハルト。


 何か良い言い訳を考えているのだろうか。


 しかし、執務室に包まれる雰囲気が言い訳を許そうとしない。


 グライハルトは意を決したのか、逸らしていた視線をハイルマン公爵に向ける。


「そ、その、ある平民に貴族を舐めた償いをさせようと思いまして……」


「はあ、出ていけ」


 ため息を吐き、ハイルマン公爵は再び書類に視線を戻した。


「へ?」


「出ていけと言ったんだ」


「それは――」


「お前に貸す兵などない。だから、出て行けと言っているんだ」

怒鳴っているわけでもないのに有無を言わせない迫力。


「くっ……」


 グライハルトは歯を食いしばることしかできなかった。


 生まれたときからの知っている相手だ。


 いくら言い繕ってもこれ以上反論をしても答えが翻ることはない。


 それを知っているグライハルトは渋々執務室を出た。


 執務室から出ると護衛の男が待っていた。


「どうでしたか?」


「チッ! 無駄だった」


「そうですか。では、どうしますか?」


「猟犬部隊が使えなくてもやりようはある」


 グライハルトの目にはまだ琉海への復讐の炎が燃えていた。


「どこへ?」


「酒場だ」


「酒場……ッ!?」


「あの平民どもに誰を虚仮こけにしたかわからせてやる」


 グライハルトは皇宮の廊下でそう嘯いた。


 他にその会話を聞いている者がいるとも知らずに。

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