第212話 ちょっとしたいざこざ
レオンスたちの計画は順調に進んだ。
計画通りに中央貴族たちは近くの領主たちに兵を招集させるように命じた。
急な要請だったが、多くの兵が集まっていた。
特に近隣の領主たちは多くの兵を送っていた。
帝都以外にもルデアから物資を供給している町は多かった。
それだけ重要な場所が占拠されたということだろう。
自分たちの領土にも影響があるとわかれば、領主たちも助力を惜しまなかった。
物資の流通が滞り、町が疲弊すれば治安が悪くなり、暴動も起きるだろう。
早いうちに手を打てるのであれば打ちたいのだろう。
そんな状況の帝都の町は騒がしくなっていた。
そして、その状況を琉海たちは帝都内で見聞きしていた。
「騒がしいわね」
帝都にある喫茶店の2階のラウンジから武装した兵士たちが帝都内を駆け巡っているのをリーリアは眺めていた。
「作戦が成功したようね」
スミリアも外が騒がしくなっているのを見て、自分たちの作戦が上手くいっていることを確信したようだ。
「そろそろ、俺たちも動こうか」
琉海はそう言って立ち上がった。
作戦決行の日は明日だ。
帝都から収容所には馬で半日。
まだ猶予があるとはいえ、準備を怠れば水の泡だ。
「腹ごしらえも済ませたし、準備を整えて明日の朝にはここを離れよう」
早朝には帝都を出て収容所の近くで夜を待つ作戦だ。
琉海たちは帝都を出る準備をするために喫茶店から出る。
先頭に琉海、その後ろにスミリアとリーリアが付いて来ていた。
そのとき――
「きゃっ!」
リーリアが店から出たときに通行人とぶつかって尻餅を突く。
その拍子に被っていたフードも取れた。
「おい! どこ見て歩いてるんだ!」
リーリアがぶつかった相手とは別の男がリーリアに怒鳴ってきた。
怒鳴っている男もぶつかった相手も鎧を着ていた。
今回の騒動で召集された者たちだろうか。
「おい!」
「やめろ」
リーリアにぶつかった男が怒鳴っている男を止めた。
リーリアとぶつかった男の鎧は煌びやかな装飾が施されている。
(どこかの貴族か?)
となると、怒鳴っていたのは従者だろうか。
「ふむ……」
貴族の男はリーリアの顔から足までを見て頷いた。
「顔は合格だ。ついて来い。ひと晩相手をしたら今回のことは許してやろう」
「へ?」
突然のことにリーリアは思考が追い付いていないのか、曖昧な返事をしてしまう。
「ちょっと――」
そして、リーリアを守ろうとスミリアが割り込もうとしたのを琉海が手で制す。
「ちょっと、すみません。ツレがぶつかってしまったようで……」
「この女の男か? 悪いがこの女は俺にぶつかった罪を償うために連れていく。だから、諦めろ」
貴族の男がリーリアの腕に手を伸ばした。
しかし、その腕を掴む手があった。
「どういうつもりだ?」
貴族の男は腕を掴む琉海に視線を向けた。
「彼女を連れていかれるわけにはいかないので」
琉海は笑みを絶やさずに対応する。
「この私を誰だかわかって言っているのか?」
(この言い方はやっぱり貴族だったか……)
琉海は内心で舌打ちした。
このまま交渉しても面倒事になるのは間違いない。
周囲もざわつき出していた。
「おい。手を放せ。今なら許してやる」
目立つわけにはいかない琉海たち。
この状況を乗り切る方法を考えるが、どれもいい案ではなかった。
(仕方ない……)
琉海は貴族の男の腕を掴んでいた手の力を緩める。
貴族の男はそれを諦めたと悟ったのか、口角が上がる。
だが――
「ぐッ……!?」
貴族の男から微かに苦悶の声が漏れて、膝から崩れていった。
彼には視認できない速度での手刀。
貴族の男は何が起きたのかわからなかっただろう。
琉海はそのまま怒鳴っていた男の首にも手刀を放つ。
一瞬で二人を沈黙させた琉海。
琉海は何が起きたのかわからない素振りで周囲を見回し、周りの動きを観察した後に声を上げる。
「すみません。どなたか医者はいませんか?」
ざわめきが大きくなって周囲に医者を探す視線が走る。
そうしていると――
「どうされましたか?」
雑踏の中から青年が現れた。
「医者ですか?」
「は、はい」
まだ若い医者。
見習いだろうか。
(まあ、医者の能力は関係ないからいいか)
「彼らと話していたら突然倒れてしまいまして……」
琉海が二人の男が倒れた状況を医者の青年に説明した。
「そうですか……」
青年は気絶している二人を触診していく。
「これは……」
医者の青年は気づいた。
二人とも首にあざができていることに。
「すみません。さっきの話をもう少し詳しく教えてくれませんか?」
青年が再度、二人が倒れた状況を琉海に聞こうと振り返った。
「あれ……?」
しかし、そこには琉海たちの姿はなかった。
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