第211話 ルデア奪還作戦の交渉事

 中央貴族が集まる一室から退出したハイルマン公爵が向かった先は、参謀のジャック・バトラーの執務室だった。


 中央貴族はジャック・バトラーの助力によってその地位にまで上り詰めた。


 ハイルマン公爵も同様だった。


 さらに頼み事をするのは気が引けるが、こればかりは仕方がなかった。


 対策を怠って致命傷を負うよりかは、ジャック・バトラーに頭を下げて、さらに貸しを作るほうがマシだと理解していた。


 ハイルマン公爵は皇城のとある一室の扉の前まで来ると足を止める。


 ここがジャック・バトラーの執務室だ。


 ハイルマン公爵が扉をノックすると室内から「どうぞ」という声が聞こえてくる。


「失礼します」


 ハイルマン公爵は扉を開け、一礼してから入室した。


「どうしましたか?」


 ローブを着た姿のジャック・バトラーが執務机で書類に目を通していた。


「単刀直入に言わせてもらいます。ルデアが占拠されたと報告がありました」


「そのようですね」


「知っていたのですか?」


「いえ、私のところにも先ほど報告がありましたから」


「そうでしたか。でしたら、詳細は省かせてもらいます」


 そう言ってからハイルマン公爵は中央貴族内での決定事項を報告した。


「なるほど。その方針には異論はありませんが、その承諾を得るためにここへ来たわけではないのでしょう?」


「はい。兵を集めるとなると帝都が手薄になりますので、ジャック殿が管理している収監所の警備をしている兵を帝都に回してもらえないでしょうか」


 ジャックは顎に手を置き、考える素振りをする。


 ハイルマン公爵はジャックの返答を待つしかなかった。


 少しの間の静寂。


 そして――


「いいでしょう。ただし、ディルクス・アルフォスの部隊を収監所の警備に回してください」


 ディルクス・アルフォス。


 帝国の部隊の中で任務達成率がトップクラスの部隊だ。


(ディルクス・アルフォスか)

 任務達成率が高い部隊ではあるが、彼は〝斧帝〟との仲が悪いという話が有名だった。


 ハイルマン公爵もそれは知っている。


(一緒に行動して揉められても困るか)


「わかりました。ディルクス・アルフォスの部隊には収監所へ向かうように通達しておきます」


「こちらもディルクス・アルフォスの部隊と交代するようには伝えておきましょう」


 交渉は成立した。


 ハイルマン公爵は用が済んだので、すぐに去ろうとする。


「そうでした。ルデア奪還に向かう部隊の中で力のある者にこれを渡しておくといいでしょう。劣勢になったときは使うことをお勧めしますよ」


 ジャックはそう言って懐から小瓶を取り出す。


「それは?」


「増強剤のようなものです」


「…………」


 ハイルマン公爵は数瞬ほど黙考するが、小瓶を受け取った。


 この作戦は失敗するわけにはいかない。


 どれだけ怪しくとも切り札が多いに越したことはないのだ。


「では、これで失礼します」


 ハイルマン公爵はそう言って部屋を退出した。

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