第189話 起死回生の逃走

 〝剣帝〟との距離を大きく引き離した琉海。


  そのまま一気に距離を離して町を脱出しようとしたら、後方の家屋が数軒倒壊し、何かが接近してくる。


「何が――」


 後ろを振り向こうとした時――


「追いついた」


 バリバリという音と共に〝剣帝〟が姿を現し、剣を一振り。


 琉海も剣で対抗するが剣同士が振れた瞬間――


 琉海の剣身が真っ二つに斬られ、血が待った。


「ぐッ!?」


 自分の胸部から激痛が走る。


 見ると横一文字の切創が刻まれていた。


 そのままうつ伏せに倒れる琉海。


 血が地面を濡らした。


(ルイ! 治すわ。それと、これは忠告よ。これ以上、血を流さない方がいいわ)


(ああ、わかった。頼む)


 倒れながらも琉海は〝剣帝〟の位置を確認した。


 近くで琉海を見下ろす〝剣帝〟がそこにいた。


 特に構えているようには見えない。


 無警戒だ。


 それもそうだろう。


 地面を濡らすほどの血が流れ、武器は破壊され、重症も負っている。


 無力化できたと思っているのだろう。


 だが、琉海にはエアリスの《創造》で外傷を修復することができる。


 痛みが引いていく。


 今なら逃走できる。


 琉海は体に力を入れ、起き上がろうとした。


(…………?)


 しかし、体に力が入らなかった。


(マジか……ッ!?)


 原因は〝剣帝〟によるものなのはわかっている。


(何が起きている?)


 琉海は〝剣帝〟が後ろから家屋をぶち破ってきたときのことを記憶の棚から引き出す。


 あの時の情景――倒壊した建物。


 一瞬と思えるような速度で追随してきた姿。


 そして、聞こえてきた音。


 バチッと放電したかのような独特なもの。


 痺れたように力が入らない体。


 これは感電によるものか。


 〝剣帝〟は雷系統の魔法を得意にしているようだ。


 感電ならこの痺れも一時的なものだろう。


(なら、あとはここをどうやって逃げるかだが……)


 琉海にもひとつだけ考えがあった。


 ただ、これは賭けに近かった。


(一発勝負になるな)


 やり直しは効かない。


 血も流し過ぎている。


 体力の低下も感じてた。


 失敗すればここでり合うことになるだろう。


 どちらにしろ賭けになる。


 琉海は手を握り、力が入るか確認する。


(行けそうか……)


 そこからの琉海の動きは速かった。


 地面に手を突き、土の精霊術で地中に空間を作りそこに《創造》を行使した。


 一瞬で空間作りと《創造》を駆使することで違和感を与えなかった。


 そして、そのまま立ち上がって走り出した。


「まだ、動けたのね」


 〝剣帝〟は琉海が駆け出しても焦らなかった。


 それもそうだろう。


 家を破壊しながら一瞬と思えるような速さで接近できた〝剣帝〟だ。


 おそらく自身を雷と同等にしたのだろう。


 電気の速さで動けるのなら、どんな速さの人間でも逃げることはできないだろう。


《エンチャント》という技術があり、武器に属性を付与できるのだから、自分自身に行うことができると想像できる。


 ただ、完全ではないだろう。


 雷を纏わせて半雷化させているのだろう


 電気の速さで動けるのだから、琉海がどれだけ速く動いても追いつかれるのは道理だ。


 琉海は身体強化に全力を注ぐ。


 裏町を疾走する琉海の姿は誰も見る者はいなかった。


 町を囲む防壁との距離が縮む。


 すると、後方でバチッという音が聞こえてきた。


 《エンチャント》で自身を雷化したのだろう。


 しかし、一向に琉海の眼前に姿を見せない。


 琉海は肩越しに後ろを見る。


 そこには〝剣帝〟の何が起きているのかわからない表情があった。


 その表情を見て琉海の口角が上がる。


 賭けには勝ったようだ。


 地面に張り付いて動けないのだろう。


 琉海は起き上がる前に地中に磁石の板を《創造》していた。


 強力な電気を帯びた〝剣帝〟が強力な磁石に引き寄せられ、動けないでいた。


 そして、あの驚愕した表情を見れば、自身に何が起きているのかもわかっていないのだろう。


 その知識がないからすぐに対応できない。


 この混乱がもたらす時間は琉海の逃走を大きく手伝った。


 すぐに対処されるかが賭けだったが、うまくいったようだ。


 琉海は防壁を飛び越えてそのまま、暗闇へ紛れて姿を消した。

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