第156話 悪あがき

「なッ!」


 完全に意表を突かれた。


 相手が魔薬を使用していたのは、接近したときにわかっていた。


 ここ一帯の自然力を視れば一目瞭然だった。


 ザーガスに渦のように集まっていたのだから。


 だが、それでも、琉海は強敵とは思えなかった。


 それは、榊原ほどの力を感じなかったからだ。


 属性を付与することができるようになったのも大きかった。


 相手の脅威度が低かったのと、切り札とも言える魔薬をすでに使用していたのが、警戒を緩める原因だった。


 まさか、2本目の魔薬を使用するとは思っていなかった。


 二本目を投与したザーガスは先ほどの数倍の自然力を集め、マナを増幅させていく。


 そして――


「ぐがああああああああああああああぁぁぁあっ!」


 空気を震わせるほどの雄叫びを上げた。


「うっ!」


 あまりにもうるさく、両手で耳を塞ぐ琉海。


 一頻り叫び終えると、辺りは静寂に包まれた。


 あまりにも静かで異様な空気が流れる。


 琉海は警戒度を最大限に上げたが、瞬きをした瞬間にはザーガスの姿は消え、背後に気配が――


「ルイ! 後ろ!」


 エアリスの声で背後にいることを察する。


「ぐっ!?」


 剣での防御は間に合ったが、踏ん張って耐えるのは難しい。


 そこからの琉海の判断は早かった。


 衝撃を殺すため、後ろに飛ぶ。


「ルイ!」


 勢いよく吹き飛ばされた琉海。


(馬鹿力だな……)


 琉海は風属性の精霊術で背後に突風を発生させ、勢いを止めた。


 二本目の魔薬を投与したことで、スピード、パワーともに段違いになっている。


 剣はすでにヒビが入っていた。


 琉海は剣を捨て、再び《創造》する。


「がぁッ!」


 ザーガスが吠え、一瞬で琉海との距離を縮めた。


 だが、距離を詰めるまでの判断が遅かった。


 数瞬の時間を琉海に与えてしまった。


 理性があった時のザーガスなら、こんなミスはしなかっただろう。


 魔薬を二本も投与してしまったせいで本能で動いてしまっていた。


 だから気づけない。


 周囲に発生した水粒たちに――


 囲むように浮いている水粒はザーガスが入ってきた瞬間、襲い掛かった。


 弾丸のように押し寄せる液体。


 魔薬を投与している者にこれが通用するかは賭けであった。


 だが――


「ぐああああああああああぁぁぁぁぁッ!」


 ザーガスは大声を上げ、うずくまった。


 効果はあったようだ。


 水属性の精霊術で圧縮された水粒を作り、風の精霊術で最大限加速させた。


 風の精霊術で回転も加え貫通力も増加。


 ここまでやれば、膨大な自然力を吸収し、自覚なく体の周りに纏っているマナの壁を貫通することができるようだ。


 体の至るところに穴が空き、血を流すザーガス。


 無数の水弾がザーガスの急所を貫いたのか、周囲の自然力の吸収速度が低下していた。


 これは死が近い証拠だ。


 今までの魔薬使用者も同じ傾向だった。


 ザーガスは二本の魔薬を使用し、吸収した自然力も桁違いだった。


 そのおかげか、マナで生命活動を持続しているようだが、それも持って数分だろう。


 琉海は男に近づいた。


「お前の目的はなんだ?」


「君は何者だ……」


 望んだ回答ではなかったが、会話は成り立つようだ。


 これまでの相手とは違うようだ。


「任務は……失敗なのか……」


 ザーガスは独り言のようにぶつぶつと喋っていた。


「いや……まだ……だ」


 ザーガスは足元に落ちている剣を握る。


(あれは、武器強化エンチャントッ!)


 琉海はザーガスの剣を止めようとしたが、間に合わなかった。


 ザーガスは後方に剣を薙ぐ。


 ありったけのマナを付与された剣は自壊すると、ともに爆発的な衝撃波を生んだ。


 衝撃波はマルティアの家を吹き飛ばした。

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