第155話 2本目

 ザーガスは制御できていなかった。


 力に振り回されて、培ってきた技術を扱えていない。


(苦しい……)


 吐き出さないと体が壊れると本能が訴えかけてくる。


 湯水の如く内側から溢れるマナを外へ出そうと力いっぱい剣を振った。


 剣に纏ったマナが斬撃として放たれる。


 斬撃は家屋の側面を吹き飛ばした。


「くッ……ッ!」


 マルティアはその余波に巻き込まれ地面を転がる。


「はあ、はあ……」


 マナを吐き出したことで少し楽になった。


 思考もクリアになったことで、自分の目的を思い出す。


 ザーガスはマルティアを無視して、家屋に足を向けた。


「近づかせない!」


 マルティアは精霊術で生み出した光の槍をザーガスに向かって放った。


 それをザーガスは剣で弾いた。


「これ以上、邪魔をするなら殺すぞ」


「…………」


 ザーガスの脅しに怯まずマルティアは、死角から光の槍を放つ。


 しかし、その光槍も剣で粉々にされた。


「…………ッ!?」


「今の俺に魔術は通用しない。残念だったな」


 ザーガスはマルティアの首を狙って横に薙いだ。


 マルティアの防御魔法陣が間に合い阻むが、少し力を入れると防御魔法陣は砕かれた。


 そして、マルティアにとどめを刺そうと剣を振った。


 キンッ!


 剣は振りぬいたはず――だが、マルティアの首は落ちていなかった。


「ふう、な、なんとか剣に当てたけど……」


 遠くから少女の声が聞こえてくる。


 魔薬の影響で聴力も人間のものとは思えない範囲を聞くことができた。


 そして、魔薬の影響で動体視力も強化されていた。


 そのおかげで、ザーガスは見えていた。


(剣に矢を当てて軌道をずらされた)


 ザーガスの足元には光を放つ矢が地面に刺さっている。


 矢を放った者を警戒し身構えたが――


「一発凌いでくれれば十分だ」


 少年の声がすぐ近くで聞こえた。


「いつの間に――」


 琉海はザーガスの背後に接近し、剣を振った。


 ザーガスはすぐさま回避を選択する。


 琉海の刃は空を切った。


 判断が数瞬遅ければザーガスの首は落ちていただろう。


 ザーガスは冷や汗を流す。


(この少年はやばい……)


「エアリス、マルティアさんを頼んだ」


 琉海はそう言った瞬間、ザーガスの視界から消え――視界の端から剣が襲い掛かる。


「……ッ!?」


 瞬時に首を傾けることでギリギリ躱し、全力で後ろに跳んで距離を取る。


(いまのはまずい……)


 避けることができたのも、視界の端で見えたからだ。


 万全な距離を取ったことで、一息吐く。


 すると、頬に何かが垂れた。


 地面にポタリッと落ちたのは、赤い雫だった。


 この時、自分の頬がさっきの攻撃で斬られていることを認識した。


 一瞬の迷いが死に直結している。


(あの少年はおそらく今の俺よりも強い)


 そう自覚した瞬間、さっきまで際限なく溢れていた力がちっぽけに感じてしまった。


 今も溢れてくる力を全て使ったとしても、あの少年を倒すことはできないだろう。


 魔薬を使う前だったら、力量差がありすぎてわからなかったかもしれない。


 いや、何もわからず、殺されていただろう。


 命令を遂行するには、あの少年は邪魔だ。


 ならば、倒すしかない。


 ザーガスは懐に手を突っ込み取り出した。


(出し惜しみなどしていられない)


 手には魔薬握られていた。


 乱雑にキャップを外し、一気に飲み干した。

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