第146話 皇帝直属の参謀

 離れていく〝剣帝〟の後ろ姿を確認し、ザーガスは深いため息を吐いて扉を閉めた。


「あれが〝剣帝〟……。話を聞いた限りでは、手助けに来たと言っていたが、どんな目的があるのか……」


 ザーガスは眉間を指で揉みながら、ソファに勢いよく座った。


 目的のわからない者を招き入れてしまったことにザーガスは悩まされる。


 相手がそこらの貴族や名将ならなんとかなったのだが、〝帝天十傑〟は別格だ。


 命令できるのは皇帝のみ。


 そして、命令がないときは、行動の自由が許されている。


 砦へ入ることを拒むことができるのは、皇帝のみということだ。


(まさか、皇帝の命令を受けてここに来たのか……?)


 様々な憶測が頭の中を駆け巡るが、確証が持てる材料がない。


 ザーガスは背もたれに重心をかけて天井を見つめた。


「邪魔されるのだけはやめて欲しいものだな」


 ザーガスが独り言を呟くと――


「彼女の動向には気を付けた方がいいかもしれませんよ」


 誰もいないはずの部屋で、ザーガスに話しかける声がした。


 そして、ザーガスの背後に人影が現れる。


「相変わらず神出鬼没ですね」


 何回か経験して慣れたせいか、ザーガスは突然現れた人影に驚きはしなかった。


「さすがに慣れましたか」


 ザーガスの背後から回り、対面のソファに腰を下ろす男。


 フードを深く被っているため、相手の顔はわからない。


 ただ、声から相手の性別がわかる程度だった。


「まあ、何度も経験してますから、驚くことは無くなりましたね」


「それは驚かせがいがありませんね」


 「くっくっくっ」と笑う対面に座る男。


「それで、今回はなんの御用でしょうか。任務は今夜完遂される予定ですが」


「ちょっとした警告をしに来ました。先ほど、この部屋にいた女は警戒しておいてください」


「警戒……ですか。まあ、作戦に支障が起きないように見張りを付けて監視する予定ですが。なぜそこまで?」


 この男が忠告するときは、重大度が高いときであることをザーガスはこの二年間の付き合いで知っていた。


 この男がルダマン帝国で皇帝直属の参謀になってから、帝国は躍進の一途を辿った。


 その時に、この男に目をかけてもらった1人がザーガスだった。


 二年間でここまで来れたのもこの男がいたおかげである。


 その参謀が〝剣帝〟を警戒しろということは何かあるのだろう。


 ザーガスが監視は付けていると言うと、フードの男――ジャックは頷いた。


「彼女は最近不穏な動きをしているという情報を掴みましたのでね。監視を怠らないようにお願いしますよ」


「わかりました。では、監視の人員を増やしておきます」


「よろしくお願いしますね」


 ジャックはそう言うとソファから立ち上がった。


「では、作戦の成功を祈ってますよ。ああ、それと、あれの使い方については十分気を付けてくださいね」


 ジャックはそう言い残すと、体が煙のように輪郭を失って姿を消した。


「はい、大丈夫ですよ。万全に準備してありますから」


 ザーガスは誰もいない部屋で口角を上げた。

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