第139話 施術

 マルティアが準備した部屋に向かう琉海。


 入ると部屋の床には、六芒星の魔法陣が描かれ、その中央に椅子が一脚置かれていた。


 そして、部屋の中は自然力の密度が高く、目視できるほどの微精霊たちが浮遊していた。


 床から源泉のように湧き出す自然力。


 それに引き寄せられているのか、可視化できるほど多くの微精霊たちがいる。


 赤、青、黄と様々な色で光り輝く。


 子供の頃、夏休みに行った田舎で見た蛍の群れを思い出させる光景だった。


「なんかすごいな……」


 室内が醸し出す雰囲気は神聖な場所であるかのように思わせる。


「微精霊がいっぱいいるわね」


 エアリスも入室して辺りを見回してそう呟く。


 エアリスの周りにはすぐに多くの光る物体が集まりだす。


 その物体――微精霊たちをエアリスは撫でるように触れた。


 エアリスに触れられることが嬉しいのか、微精霊の光力が一層明るくなる。


「ここは、微精霊たちにとっては住みやすい場所のようね」


「そうよ。ここは自然力の密度が濃いから、微精霊たちも集まってくるのよ」


 リーリアが胸を張って自慢気に言った。


「そうみたいね」


 エアリスはそんなリーリアには興味ないのか、自分の周りを飛び続ける微精霊たちをあやしていた。


「さすが、上級精霊ですね。微精霊にここまで好かれるなんて」


 準備のため、先にこの部屋に入っていたマルティアはエアリスを称賛する。


「まあね」


 エアリスは素っ気なく答えたが、口元に笑みが浮かんでいた。


「それで、ここでなにをするんでしょうか」


 琉海の体を正常に戻すらしいが、具体的にどんなことをするのか聞いていなかった。


「こちらにお座りください」


 マルティアが示すのは、魔法陣の中央に鎮座する一脚の椅子。


 琉海はマルティアに従って椅子に腰を下ろす。


「これから行うのは、マナをルイ様の体に流し込み、神経を繋ぎ直す手法になります。ただ、この手法は激痛を伴います。ですので……」


 マルティアは言いづらそうに言う。


「我慢するしかないと」


「はい」


「わかりました。よろしくお願いします」


 神経を繋ぎ直すと言うぐらいだから、相当の痛みが伴うのだろう。


「では、始めます」


 マルティアはそう言って、床に描かれている魔法陣に触れた。


 魔法陣が輝くとエアリスの周りにいた微精霊たちが琉海の元へふわふわと飛んでいく。


 そして、琉海の周りを漂っていた微精霊たちが、琉海の体に入っていった。


「ぐっ……!?」


「ルイっ!?」


 琉海の苦悶の声にエアリスが心配そうな顔をする。


「だ、大丈夫だ……」


 額に汗の玉が浮かび、痛みに耐える琉海。


「ルイに傷を与えたら、許さないわよ」


「わかっています」


 エアリスはマルティアに殺気を放つが、マルティアの回答は御座なりだった。


 極限の集中力で施術を行っているため、上級精霊のエアリスでも、気を遣う余裕はないようだ。


「…………」


 さすがに、エアリスもマルティアの集中を妨げるようなことはせず、殺気を収めて大人しく見守ることにした。


 琉海はそのあとも、体の中を異物が這い回る感覚と断続的に起きる激痛に耐え続けた。


 だが、その痛みと同時に自分の体の変化にも気づく。


 体に別の魔力のような――


 今まで感じたことのない力が全身を流れていくのを感じた。


 そして、数十分の時間が過ぎた頃。


「これで終わりです」


 マルティアがそう言った瞬間、琉海の体に最後の激痛が走る。


 歯を食いしばって耐え、体力の限界を迎えて椅子から倒れた。


「はあはあ……」


 琉海の呼吸は荒く、汗で服はびしょびしょだった。


 この光景が痛みの強さを物語っていた。


 そんな琉海の体から、仕事が終わったかのように、微精霊たちが飛び出す。


 微精霊たちはふわふわと飛んで消えていった。


 どこかに休みにいったのだろうか。


「ルイ、大丈夫?」


 エアリスが琉海の頭を持ち上げ、膝枕をする。


「あ……ああ、大丈夫だ」


 呼吸も徐々に整うが、痛みで消耗した体力は元に戻らない。


「体力が消耗しているでしょう。少し、体を休ませた方がいいです」


 マルティアの提案に逆らえるほど、琉海に体力は残っていなかった。


「……お願いします」


 琉海がマルティアの提案に頷くと――


「リーリア、部屋を用意しなさい」


「はい」


 マルティアの指示に従って、リーリアは部屋を出て行った。


「これで、属性魔力を使用することはできるようになったと思いますが、精霊術に用いられるようになるには、さらに時間がかかるかと思います。精霊術の習得の倍の時間がかかると思っていただければと」


 マルティアの忠告は経験とリーリアに精霊術を教え込んだ実績から算出されたものだ。


 それだけ、精霊術の基礎と属性を操る精霊術の難しさは別格だということだろう。


「扱うことができなくても、焦らないことです」


 マルティアは最後にそう言い含める。


 だが、マルティアは知らない。


 琉海が精霊術の基礎を習得するのにかかった時間を。


 その時間――数時間。


 後に知ることになる。


 琉海の特異性。


 そして、天性の精霊術師であることを。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る