第119話 寛ぎのひと時と噂

 避難していた貴族たちは各々の屋敷に戻り家族の無事を確かめた。


 無事を確認できた貴族から順に王宮へと足を向ける。


 王都にほとんど被害が出ていないため、王宮にやってくる。


 これから始まる夜会に出席するためだ。


 救国の英雄を一目見るのも夜会に参加する理由の一つだろう。


 貴族たちが王宮へ集まってきているころに、琉海たちは採寸してもらった服やドレスに着替え、呼ばれるまで客間で寛いでいた。


 始まるころになったら、案内する者が来てくれることになっている。


 そろそろかなと思っていると、扉がノックされた。


「どうぞ」


 琉海が入室を許可すると、扉が開く。


 扉から入ってきたのは、案内する人ではなく、ティニアたちだった。


「お待たせしました」


 ティニアが恭しくお辞儀をする。


 その後にアンジュやメイリもいた。


 ティニアたちもドレスアップしている。


「ティニア様、こちらに来たんですね」


 琉海が驚いたように言うと、


「ティニアだけじゃないわよ」


 ティニアたちの後ろから、母のエリザが顔を出す。


「エリザ様もいらしたんですか」


「ふふ、それはもちろんよ。なんせ、この国を救った英雄に会いに行くって言うんだもの、付いて行くに決まっているじゃない」


「はは……英雄ですか」


 琉海は苦笑いする。


「あら、知らないの? もう、結構広まっているのよ」


「どんな話がですか?」


 琉海の質問には、ティニアが答えてくれた。


「ドラゴンを一人で倒し、この騒動を引き起こした元凶の賊を退治してみせたという話ですね」


 ティニアが顎に指を添え、思い出す仕種をしながら説明してくれた。


 情報通の貴族ならもう知られていてもおかしくないのかもしれない。


 だが、その話の中で、ひとつ不可解な部分がある。


 琉海はそれが気になり、ティニアに聞いてみた。


「その話の中にある元凶の賊とはなんのことでしょうか?」


「うーん、それがわからないんですよね。話の出どころも、詳しいことも。ただ、ドラゴンと賊を退治したという噂がすごい勢いで広まっているんです」


 すごい勢いというぐらいだから、普通の広まり方じゃないのだろう。


 そして、元凶の賊というのは、榊原のことだろう。


 榊原のことを知っているのは、あの戦場にいたエアリスと静華に琉海、そして、王女であるクレイシアだ。


 元凶の賊という曖昧な表現でぼかして情報の制限をしているところを考えると、クレイシアが意図的に流した可能性が一番高いかもしれない。


 琉海はそこまでを思考し、教えてくれたティニアに礼を言う。


「教えてくださりありがとうございます」


 琉海が礼を述べると、ティニアの様子が変わった。


「あ、あの……その……」


 ティニアは何かを言いたそうにするが言い淀んでしまう。


「どうかされましたか?」


 琉海が聞くとティニアは覚悟を決めたような表情になる。


 後ろで立ってティニアを見守っているエリザの口元に笑みが浮かんでいることは誰も気づいていない。


 ティニアは意を決し、口を開いた。


「そ、その他人行儀な喋り方やめませんか!」


 早口で捲し立てたティニア。


 顔は真っ赤になっている。


「そ、そう言われましても、ティニア様も敬語ですし……」


 琉海が言い淀む。


「じゃあ、私が敬語をやめれば、同じようにやめてくれるのです――くれるのね。様付けも無しよ」


 なんか妙なことになったなと思う琉海。


 だが、ティニアの妙な威圧感に負け、琉海は頷いた。


「わかりま――わかった。そのようにするよ。ティニア」


 琉海が敬称を付けずに名前を呼んだ瞬間、ティニアの顔がものすごい真っ赤になり、漫画やアニメだったら、頭から湯気が出そうなほどだった。


 皆がティニアの仕種を微笑ましく見ている中、静華が若干不機嫌な表情をしているのに気付いたのは、エリザだけだった。


「ふふ、良かったわね」


 エリザがティニアの頭を撫でる。


 そして――


「私のことも、エリザって呼んでくれていいわよ」


 エリザが妖艶な笑みを浮かべてそう言う。


「公爵家のご当主様を呼び捨てにはできませんよ」


「あら、そう? まあ、いいかしら。そのうち別の呼び方になるかもしれないし」


 エリザの後半の声は聞き取れず、琉海は首を傾げた。


「なんでもないわ」


 エリザは笑みを浮かべながらそう言った。


 その笑みは何を考えているのかわからないが、妙な圧力があるように感じた。


 そうしていると、扉がノックされ、入室を許可すると案内役の侍女がやってきた。


「お待たせしました。只今から、会場にご案内いたします」


 侍女は室内にティニアやエリザたち、スタント公爵家の面々を見ても動じることはなかった。


「わかりました。では、行きましょうか」


 琉海は皆に確認し、客室を後にすることになった。

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