第118話 上機嫌
琉海たちのいた客間から出たクレイシアは、廊下を歩いていた。
それも足取りは軽く、今にもスキップしそうなほど軽やかだった。
「ふふ、これで少し、印象は与えられたかしらね」
印象は悪いものでも良いものでもいいのだ。
まずはどちらの感情にせよ、こちらに注目してもらわなければ、周りの女性に対抗することなどできない。
特に、彼の周りには魅力的な女性が多いのだから。
「それに――」
クレイシアは自分の右手を見た。
エアリスと握手をしたときに感じた一瞬の違和感。
「興味深いわね。何が理由かも知りたいわ」
クレイシアが上機嫌に廊下を歩いていると奥から侍女が一人待っていた。
ただ、その侍女から醸し出される雰囲気は、他の侍女たちと一線を画す風格を感じさせる。
クレイシアが近づくと、一礼した。
「クレイシア様、どこに行かれていたのですか?」
「ちょっと、王国の英雄にアプローチしてきたわ」
国の英雄と聞かされて侍女は誰だか想像できたようだ。
「グランゾア部隊長に勝ったあの少年ですか」
「ええ、そうよ。彼はすごいのよ」
弾んだ声色から本音で話していることを察する侍女。
そして、本気で人に興味を持つことがなかったクレイシアを良く知っているからこそ、その侍女は聞かずにはいられなかった。
「珍しいですね。そんなに男の人に熱心になるなんて」
「そうかしら。そうかもしれないわね。ふふ」
クレイシアは恋心を抱いているのが楽しいのか、口元に笑みを浮かべた。
「楽しそうでなによりです」
「ええ、すごく楽しいわ。それで、なんでこんなところで待っていたのかしら?」
「ああ、そうでした。ディバル公爵家の方がやってきております」
侍女の言葉にクレイシアの目が細くなる。
さっきまでの楽しい気持ちが滅入ってしまう。
理由はディバル公爵家からの婚姻の誘い。
特に権力を欲しがる現ディバル家当主はクレイシアと息子を婚約させたがっている。
ただ、その相手はレイモンドではなく、ディバル家の長男だ。
ここ数年、何度も打診をされている。
「はあ、そんなことはさっさと断っておきなさいよ」
「クレイシア様と直に話したいと言って引き下がらないのです」
あまり気は進まないが、面倒事は先に片づけた方が得策だろう。
「仕方ないわね。今までは相手を見つけてなかったから、お父様に迷惑のかからないように濁していたけど、もうその必要もありませんね。はっきりとさせてきましょうかしら」
クレイシアはそう言って毅然と歩き出した。
「お手を煩わせて申し訳ございません」
侍女はクレイシアに一礼し、通り過ぎた後ろに付き従って歩き出す。
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