第106話 力量差

「悪いが、この状態だと、セーブするのが難しくてね。暴走するわけにもいかないから、あまり抵抗しないで貰いたい」


 榊原はそう言うが早いか、火球魔法を放ってくる。


 火球の数は数十。


 榊原の周りに火球が生み出され、流星雨の如く、襲いかかる。


 すべての火球がエアリスのみを狙う。


「エアリスッ!」


 爆炎に飲み込まれるエアリス。


 1人に対して放つ量を超えた火球は、エアリスの姿が見えなくなっても、なお放たれ続ける。


 凄まじい火力を主張するかのように黒煙が広がる。


 すると、黒煙の中から、煙を纏いながら後方へ飛び出す人影が見えた。


 エアリスだ。


 服に乱れはなく、無傷のようだ。


 あれだけの数を躱し切ったのだろうか。


 しかし、榊原はしつこくエアリスを狙い続ける。


 エアリスは後ろに下がりつつ、火球を避ける。


 火玉はそのまま地面を穿つ。


 ほとんどが地面に小さなクレーターを作る中、魔球のようにエアリスを追尾するものもあった。


「それは追尾型だ」


 榊原は口角を上げた。


 直球と追尾。


 二種類の火球がエアリスを襲う。


 避けれたと思ったら、曲がってくる。


 ギリギリで躱すことができず、余裕をもって避けるせいかエアリスの動きは読まれやすくなってしまう。


 徐々に追い詰められていく。


 そして、遂に一発の火球が直撃した。


「くッ!」


 一度、足を止めてしまったら、火玉が雪崩のように押し寄せてくる。


 爆発が爆発を呼び、次々と着弾する。


「エアリス!!」


 静華から見ても、今のは避けきれないと確信する。


 とめどなく放ち続ける榊原。


 煙の中からなんとか飛び出したエアリスだったが――


 服はボロボロ。


 顔も煤だらけ。


 息も絶え絶えで痛々しい火傷の痕もあった。


「どうして……」


 エアリスは小さく呟く。


「頃合いか」


 榊原は火球を放ち続け、その中に榊原は紛れた。


 エアリスが避けている最中、蹴りが腹部を襲う。


「うッ!」


 腹部を圧迫され、苦悶の声が漏れた。


 エアリスは追撃を恐れ、剣を薙ぐ。


 しかし――


「遅い」


 榊原の剣の方が速く、エアリスの剣は宙を舞った。


 そして、榊原の手がエアリスの首を掴む。


「ぐッ!」


 首を絞められ、地面から足が離れるエアリス。


 もう片方の剣で反撃しようとするが、それも弾かれ、手から離れてしまう。


「うぐっ!」


 首を掴む手の力が増したのか、エアリスの口から苦しそうな声が聞こえてくる。


 このままでは、エアリスが死ぬ。


 静華はすぐさま魔法を放とうとした。


 だが、魔法は具象化されなかった。


「………ッ!?」


「会長の今の精神状態じゃ、魔法は使えないだろ。下手に魔法を使おうとして誤爆されても困るから、やめときな」


 榊原の言葉に苦虫を噛み潰した表情をする静華。


 平常心を失った精神状態。


 静華の心は解き放たれた感情が渦巻き、自分で制御できていなかった。


 薄々はわかっていた。


 八ヵ月と短い期間だが、魔法を使い続けてきたのだから。


 魔法を使用する際は、平常心を保つことが重要となることを。


 これが、基本であり、根本なのだと知っている。


 だが、人間の心はそう簡単に平常心になることができない。


 だから、クリューカの元でどんな状態でも平常心を保てるように訓練した。


 しかし、戻ってきた感情は理性で抑えつけられるほど、小さいものではなかった。


 榊原は静華を一瞥し、邪魔にならないと判断したのか、視線をエアリスに向けた。


「な……ん……で……」


 首を絞められて苦しい中、なんとか言葉を紡ぐエアリス。


「聞かれたことにホイホイと答えるような馬鹿じゃないよ」


 榊原は右手に持つ剣の切っ先をエアリスの左胸に当てる。


「上級精霊の霊核を回収するのは、初めてだから本当か半信半疑なんだけど、核がここにあるってホント?」


 榊原は人間の心臓がある箇所を剣で示す。


「…………」


「だんまりか。まあ、開いてみればわかることかな」


 さっき自分で言ったことを棚に上げて喋り、剣を刺し込もうとする。


 エアリスの服を貫き、柔肌に触れる。


 瞬間――


 榊原とエアリスの間を鋭い暴風が空気を切り裂いた。


 榊原はエアリスの首から手を離し、躱した。


 さらに、二発目。


「おっと」


 榊原はそれも躱す。


 だが、躱したことで追い詰めたエアリスと距離が離れてしまう。


「ドラゴンを差し向けたはずなんだけどね」


 榊原が苦虫を噛み潰した表情をして風の斬撃を放った者に視線を向けた。


 そこには、エアリスを庇うように立っている琉海の姿があった。

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