第105話 フードの男
琉海がドラゴンと対峙している間、静華とエアリスは屋根の上を走っていた。
「どこに向かっているの?」
エアリスの後を追う静華は息を切らしながら聞く。
「この町の外に向かっているみたいね」
エアリスは探るように周囲を見回して、道を挟んで向こう側の屋根に跳ぶ。
静華もそのあとを追う。
五分もすると、王都の外壁まで辿り着く。
そして、門を通過する。
「外って王都の外?」
「すぐよ」
エアリスは突然足を止めた。
エアリスが向ける視線の先には、ローブを被る人影があった。
「やっぱり、そこの精霊は要注意だったか」
ローブの男はそう言って、被っていたフードを外した。
「久しぶり、会長」
「…………ッ!?」
静華が驚き、目を細めた。
「ここにいたのね」
静華の眼前にいる男は、静華が追っていた同級生の一人だった。
八か月ほど前にこの世界へ一緒に転移してきた同級生。
盗賊団の一員となり、静華たちを裏切り、逆に返り討ちにしたとき、逃げた少年。
逃げたとき、静華へ暗示をかけたのもこの少年だった。
名前は
静華と同じ高校三年生。
「いやー、会長が俺たちの場所を探っていたのは知っていたけど、こんな形で見つかるとは思わなかったよ。元気だった?」
榊原はエアリスと静華と対峙する状況は何でもないかのように飄々としていた。
その仕種に静華は苛立ちのような感情が芽生える。
静華は平静を保つため、苛立ちと一緒に肺の空気を吐き出した。
思考をクリアにし、自分の目的を口にする。
「私が返してほしいのは、感情だけよ。あなたの暗示を解除してほしいわ」
「ああ、あの暗示。まだ効いていたんだ。結構信用しやすい性格しているんだね。会長は」
静華は榊原が何かしないか注視する。
何かする動作をした瞬間、魔法で動きを止め、拘束することも考えておく。
静華の剣呑な視線を読み取ったのか、榊原は両手を上げた。
「わかった。別に何かしようとしているわけじゃないから。解除してあげるよ。あの時は逃げることに必死だったからね」
榊原はそう言った瞬間、指をパチンと鳴らした。
すると、静華の感情に暖かいものが流れ込んでくるような感じがした。
次第に――
ダムが決壊したかのように勢いを増し、静華の感情を埋め尽くす。
それは恋愛感情。
いままででも羞恥心などはあったが、それとは別種のもの。
感情が抑えられず、恋愛感情は徐々に性欲へと変化していくのがわかる。
ただ一人の男性に抱かれたいと思う感情。
自分の感情が制御できず、静華は胸を押さえる。
「それじゃ、俺はここらへんでお暇させてもらうよ」
榊原は踵を返そうとした。
「そうはいかないわ」
エアリスがその幾先を制した。
黒を基調としたドレスを着て、両手に剣を握る少女。
「やっぱり、精霊の方が面倒か」
榊原はエアリスが精霊であることを看破する。
「俺を追ってこれたのも君が先導したからってとこかな」
榊原は仕方ないと首を振り、腰に差していた剣を抜く。
「まあ、君を持って帰ったら、喜ばれそうだからついでに回収しておくか」
榊原はそう呟き――
気づいたら、姿を消していた。
感情に揺さぶられている静華は視認することができなかった。
しかし、エアリスは榊原の動きを追えていたようだ。
いつの間にかエアリスの上方に姿を現した榊原。
頭の上から振り下ろされる剣をエアリスは見事片方の剣で防いだ。
華奢に見える細腕一本で榊原の剣を抑えている光景は、エアリスの正体を知らない者が見たら、卒倒することだろう。
エアリスはもう片方の腕で剣を薙ぐ。
榊原はすぐさま後ろに跳び、それを回避した。
「チッ! やっぱり、精霊術は面倒だな。それも上級精霊が使うとなると厄介か」
榊原は舌打ちをしてぼやく。
榊原が【逃げ】の選択をできないのはエアリスがいるせいだ。
エアリスを撒くには、榊原は相性が悪かった。
「ちょっと、手加減してどうこうなる相手じゃなさそうだな」
榊原がエアリスの強さを評価し終わると、気配を変えた。
それは、背筋が逆立つような悪寒。
榊原が何かをしたのだろうか。
静華には理解できる範疇を超えていた。
ただただ、理解できない恐怖を生存本能が知らせ、警鐘を鳴らしてくる。
「やっぱりね」
エアリスは納得したかのように頷く。
「その感じだと、俺の正体をわかっていてここまで追ってきたみたいだな」
榊原は口角を上げた。
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