第67話 商人の来訪

 王宮に一番近い屋敷の一室には誰も近寄らないようにしていた。


 なぜなら、一人の男が不機嫌そうに酒を飲んでいるからだ。


「何が『負けない』だ。お前の予選決勝の相手は去年の準優勝者だぞ!」


 グラスを机に叩きつけて鬱憤を晴らそうとするレイモンド。


 酒を飲んでも武闘大会前夜祭のパーティーでのイライラが収まることはなく、苛立ちは増すばかり。


 自分の思い描いた光景を見ることができなかったことを思い出し、顔を歪ませた。


「クソガキが! お前には絶対負けてもらうぞ。何が何でも……」


 レイモンドはグラスに入った酒を一気に呷った。


 どうやって叩き潰すか模索していると、扉をノックする音が響く。


「なんだ?」


 イライラしているせいか、怒気の混じった声になる。


「失礼いたします。レイモンド様にお客様が来ております」


 芯の通った声で恭しく入ってきたのは、ディバル公爵家に仕える老齢の執事だった。


 執事が言うレイモンドへの客はほとんどが商人だ。


 王都で高い物や珍しい物を売るなら、まずディバル公爵家に行って値段交渉するのが、商人たちの通例となっている。


 ディバル公爵家に認められることがこの王都では箔となり、その後の取引ルートの斡旋もしてくれるため、王都で稼ぐならまずディバル公爵家に赴くの常識となっている。


 そのため、商人の客はよく来るのだ。


 特にレイモンドへの客は、商人が多い。


 ディバル公爵家当主であるレイモンドの父親は商人の相手をレイモンドに委任しているからだ。


 レイモンドもそれが現在の役割であることをわかっていた。


 だが、気持ちが乗らないときはある。


「客? こんな夜に客だと。今は会う気がないと言っておけ」


 レイモンドは鬱陶しいとばかりに、シッシと手で払った。


「私もそうお伝えしたのですが、なんでも、レインモンド様が欲しがっているモノを届けにきたと言っておりまして、何かご存知でしょうか」


 執事の言葉にレイモンドは片眉を上げた。


「俺の欲しがっているモノだと?」


「はい」


 レイモンドは数舜、考える素振りを見せてから口を開いた。


 今、自分が欲しいものを思い浮かべる。


(あのガキを叩き潰せるような物があるのだろうか。持ってなければ今後一切取引ができないようにすればいいだけか)


 機嫌の悪かったレイモンドは八つ当たりできる玩具を見つけたことで笑みを浮かべた。


「少し興味が出た。そいつを客間に通せ」


「本当によろしいのでしょうか」


 レイモンドの表情から心配になる執事。


「構わん。まあ、万が一のために、客間の外には、護衛を付けておけ」


(交渉決裂したときに逃げられるのは面倒だ。俺が欲しい物を持っていると言ったんだ。つまらない物だった時の覚悟はできているだろう)


 レイモンドの思考を読めないような老齢の執事ではなかった。


 長年、ディバル公爵家に仕えているからこそ、レイモンドの思惑は明確にわかってしまう。


 騒ぎを表に出すわけにはいかない老齢の執事。


「畏まりました」


 執事は一礼して、退出した。


「俺が欲しがっているモノか。どんなものを見せてくれるのか楽しみだ」


 グラスに酒を注ぎ、一気に飲み干してからレイモンドも客間に向かった。


     ***


 数十分後。


 ディバル家の屋敷から出てきたのは、黒いローブを深く被った人影だった。


 執事に見送られる人影。


 執事が恭しく見送る姿から商談が上手くいったのだろうか。


 黒いローブの人影は町の暗闇の中に消えていった。


 レイモンドとどんなやり取りをしたのか、知る者は当人たちだけだった。

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