第68話 予選1回戦

 翌日。


 ついに騎士武闘大会の予選が始まった。


 琉海が出る会場は、三つある小さいコロシアムのひとつだった。


 試合は四日間やるようで、一日目は各ブロックの準決勝まで行うようだ。


 また、注目されている騎士たちが出場する試合は開会式が開かれた会場で行うようだ。


 一回戦目を勝って次の対戦相手が注目されている騎士だと大コロシアムに移動を余儀なくされるらしい。


 二日目は準決勝と決勝を行うため、琉海も勝ち越していけば、移動することになるだろう。


 予選のブロックは十二個。


 ひとつのブロックに付き、十六人が振り分けられている。


 予選を通過するには四回勝てばいい。


 三日目と四日目は本選になる。


「まあ、先のことを考えても仕方がないか」


 琉海はそう呟いた。


 琉海が今いる場所は小さい会場の控室。


 この会場に振り分けられたということは有象無象として扱われているのと同義だ。


 だが、ここから這い上がろうとする者たちは多いようで、騎士たちは瞑想するなり、武器の手入れをしたりと、自分なりの方法でコンディションを整えていた。


 琉海が控室で待っている間に何個かの試合が終わり、歓声も聞こえてくる。


 大きい会場ほどではないが、ここの会場もそれなりに盛り上がっているようだ。


 小さい会場の観客は、貴族より平民の方が多いみたいだ。


 そのため、賭けも盛り上がっているのだろう。


 歓声を聞いていると――


『それでは次の試合を始めたいと思います。次はスタント公爵家からの代表騎士! ルイ! 対するは、ビラント男爵家の代表騎士! ザドフだ!』


 拡声器で大きくなった司会者の声が聞こえてくる。


 琉海は控室から出て、会場の舞台に向かった。


 入場すると歓声が迎えてくる。


 雨のような歓声が周囲を包んでいた。


「すごいな……」


 日本でも経験したことのない歓声を浴びる琉海。


 辺りを見回していると、向かい側から対戦相手が姿を現す。


 ガチャガチャと全身鎧を鳴らしながらやってくる大男――彼がザドフだろう。


「がはは、いきなり公爵家の騎士と当たっちまって警戒してたらが、ガキじゃねえか」


 完全に警戒心をなくしたのか、高笑いをするザドフ。


「だが、ガキだからって手加減する気はないからな」


 笑いながらも鋭い視線を向けられる琉海。


 思っていたよりかは、真剣のようだ。


「よろしくお願いします」


 琉海は一礼するだけだった。


『さて、この試合のオッズを見てみよう』


 対戦者が揃うと司会者がアナウンスをする。


『さあ、なんとオッズはザドフが1.2倍に対し、ルイには一〇〇倍が付いているぞ』


(なんともまあ、偏ったな)


 琉海は内心そう思った。


『大穴のルイ。試合開始前なら、まだ賭けることができるぞ。狙うやつは早めに入れろよ!』


 司会者のアナウンスが終わると、琉海とザドフの間に審判の男が立つ。


「わかっていると思いますが、死に直結するような行いは禁止とします。また、続行不可能な場合や気絶した場合も試合終了となります」


 審判がルールを説明してくれた。


 ルールは事前にティニアたちに聞いていたので、問題ない。


 審判が二人の反応を伺う。


「それでは構えてください」


「ふんッ!」


 ザドフは腰の大剣を鞘から抜き放ち、構えた。


「おい、ガキ。お前も構えろ」


 動こうとしない琉海にザドフが急かすように言ってくる。


「構えていますよ」


「は!?」


 ザドフは琉海の返答に呆けてしまった。


 そして――


「がはははははは! 本気か!? 素手で戦うってか!」


 爆笑するザドフ。


 一頻り笑った後――


「舐め腐ってんじゃねえぞ、クソガキ!」


 怒気の孕んだ声で凄んできた。


「別に舐めているわけではありませんよ。こっちの方が動きやすいだけです」


「クソガキッ! まだ言うか!」


 琉海の返答をザドフは挑発と受け取ったようだ。


 琉海が剣を持たないのは、実際に扱いにくいからだ。


 ルール上で戦うとなると尚更使えない。


 琉海が剣を持って斬りつけたら、殺してしまいかねないからだ。


 殺してしまったら即失格。


 万が一勝てそうにない相手には、《創造》を使って剣を取るかもしれないが、この男にはいらないだろう。


「本当にいいんですか?」


 審判も心配してくる始末だ。


「ええ、大丈夫です」


 琉海は「続けてください」と頷く。


「では構えてください」


 審判は二人が構えているのを確認し――


「はじめッ!」


 審判の合図で試合が始まった。


 開始直後に動いたのは、ザドフだった。


「ふんッ!」


 大上段からの切り下ろし。


 琉海の頭の上から叩きつけるつもりのようだ。


 だが、渾身の一振りは無常にも地面を叩くだけに終わった。


「さすがにそれは当たりませんよ」


 琉海はいつの間にかザドフの斜め前にいた。


 ザドフは目を見開く。


 おそらく、琉海の速さに反応できなかったのだろう。


 琉海はそのまま隙だらけの鳩尾に掌底を叩き込んだ。


 ザドフの腹部の鎧が守ろうとするが、掌が鎧に当たった瞬間に少し力を入れれば、

簡単に破壊される。


 鎧を貫通し、生身に当たる瞬間だけは気絶で済むように力を加減した。


 ただ、そこまでしても、ザドフの巨体は宙を舞った。


 傍から見たら、ザドフの近くに瞬間移動した琉海が鎧を破壊して吹っ飛ばしたかのように見えただろう。


 勢いのあるザドフの巨体は地面を転がり、壁にぶつかってようやく止まった。


 一瞬の静寂。


 誰も予想できなかった結末。


 そして、最初に我に返ったのは、司会者だった。


『な、な、な、な、なんと一撃きいいいいいぃぃぃ!!』


 転がるザドフはピクリともしない。


 無残に破壊された鎧の破片が散らばるのみ。


 誰が見ても勝敗は明らかだった。


『ザドフ立ち上がれない! 圧倒的差だ! 鎧を破壊するなんてどんな力持ってるんだ! スタント公爵家の代表騎士ルイ! とんでもないダークホースだ!』


 司会者がの声に熱が入り、一気に捲し立てる。


 審判もザドフに近寄り――


「勝者、ルイ」


 試合終了を告げた。


 ここで、観客たちも事態を認識したのか、歓声と怒声が起こった。


 琉海はその歓声と怒声の混在した中、舞台を後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る