第44話 クリューカとシズカ

 クリューカの向かった先は、小さな町だった。


 人通りはあるが、馬車はあまり見かけないところを見ると、町の出入りは少ないようだ。


「シズカ、こっちだ」


 クリューカに呼ばれて向かうと、そこは一軒の建物だった。


 クリューカがその家に入るんで、シズカもそのあとを追った。


「あの……ここは……?」


 内装は生活感のある家庭的な空間だった。


「ここは私の家だ。その辺の椅子に座って待ってろ」


 キッチンでカチャカチャと作業をするクリューカ。


 静華は言われた通り、机を囲むように置かれている四脚の椅子の一つに腰を下ろした。


 家具や内装を見て、待つこと十五分ほど。


「ほら、食べな」


 クリューカはシズカの前に皿を置く。


 皿の上には、野菜と肉を炒めた料理が乗っていた。


 湯気と共に、いい匂いが静華の鼻孔をくすぐる。


 香りだけで美味しいとわかってしまう。


 静華は唾を飲み込み、


「い、いいんですか?」


「いいさ、さっさと食べな。話はその後だ」


 クリューカは自分の分を持ってきて、静華の対面に座り、料理を食べ始める。


 静華も料理を無言で食べた。


 さっき、果物をもらったが、あれでは足りなかったようだ。


 食べ終わると、クリューカがお茶を出してくれた。


「ありがとうございます」


「さて、落ち着いたところで、話をしようか」


「えっと、何を話せば……」


「まずは、私の推測を話させてもらう。シズカ、あんたはこの世界の人間じゃないね」


「えっと、それが……ここがどこかもわからないんです」


 おそらく、クリューカの言っていることが正解だろうと静華も思う。


 あの森でのことが、地球での出来事に思えなかったからだ。


「まあ、そうだろうね。最初は大体そんな感じらしい。私も会うのは初めてだから、知識でしか知らないけど」


「えっと……どういうことですか?」


「簡単に言うと、シズカみたいな境遇の人間は珍しくないということだ」


「珍しくないって……」


「よくあるとまでは言わないが、別の世界から来る人間は往々にしているんだよ」


「そうなんですか!?」


「まあ、この世界に順応できるかは別の話だがな」


 この世界に順応。


 魔物に襲われてしまった男子生徒が二人いた。


 静華はいきなり洗礼を受けた形となったのだ。


 そして、生き抜いた。


 これは大きいことなのかもしれない。


「さて、前置きはそこまでにして、本題に入ろうか」


「本題ですか……?」


 静華は緊張を表に出さないようにして、クリューカの返答を聞く。


「シズカには、魔法の研究を手伝ってもらおうと思う」


「…………?」


 クリューカの口から放たれた言葉に静華は反応できなかった。


 色々と理解できない単語があった。


(魔法……?)


 そんなものが存在するのだろうか。


 静華が困惑しているのを見て、クリューカが笑う。


「はは、その反応はシズカの世界では魔法が存在しないようだね」


「魔法が存在するんですか……」


「ああ、するさ。ちなみにシズカも魔力を十分持ってる。やり方さえ覚えれば、できるようになる」


 クリューカに言われ静華は自分の手を見た。


 しかし、何かが変わっているようには感じない。


 魔力と言われてもわからない。


「訓練を受けていない者には魔力は見えないよ。まあ、たまにすぐに見える奴もいるが、そういう奴は別格だね。まあ、心配しなくていい。魔法に長けたこの私――エルフが言うのだから間違いないさ」


 クリューカは長い金髪の髪をかき上げ、長い耳を見せて口角を上げた。


 本物のエルフを見て静華が呆けてしまったのは仕方がないだろう。


 ただ、思うところがあった。


「でも……森の中ではぐれた友達がいるんです……」


「そうか。なら、ここを拠点に探せばいい。夜もあの森の中をうろつくのはおすすめしないよ。あの森の魔物は夜に活発に動く魔物が多く生息しているから。抵抗手段のないシズカでは、すぐに死んじゃうと思うよ」


 クリューカの言葉は静華に響いた。


 一度、魔物と遭遇した時は何もできなかった。


(魔法を覚えれば、魔物を倒す手段になる)


 静華は自己完結してクリューカの申し出を受けることにした。


 こうして、静華はエルフのクリューカの指導で魔法を扱うようになっていく。


 これが八ヵ月ほど前の話だった。

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