第43話 彼女のこれまで

 飛行機の中にいたはずの静華は、気づいたら森の中だった。


 琉海とは違い、他にも一緒の生徒がいた。


 静華の同級生が六人。


 男女比は女子が静華を含めて三人。


 男子が四人だった。


 状況が把握できなくて、混乱した七人に追い打ちをかけるように魔物と遭遇してしまった。


 森の中で魔物と出会うのは、この世界ではよくあることだが、そんな常識を知らない静華達は武器も知識もないまま、遭遇してしまった。


 何もしなければ、ひとたまりもない。


 実際、静華たちは逃げるのがやっとだった。


 しかし、無傷とはいかず、狼のような魔物数匹に噛みつかれた男子生徒が二人いた。


 静華たちは逃げ続け、逃げ切った後に男子二人がいないことに気が付いた。


 それだけ余裕がなかった。


 自分のことで必至だった。


 逃げ疲れ、残った五人で固まって息を潜めるのでやっとだった。


 どこかもわからない森の中では、食料を見つけることも難しい。


 全員、現代文明にどっぷり浸かってしまっており、サバイバル経験など皆無だった。


 空腹のまま夜を迎えると、近くで灯りが見えた。


 暗闇の中でのその光は、五人にとって希望の光に見えただろう。


 静華たちは助けを求め、その灯りに近づいた。


 光源の正体は人間の熾した火だった。


 その炎の持ち主は男の集団であり、静華たちを視界に入れた瞬間、男たちは下品な笑みを浮かべた。


 静華は雰囲気で察し、信用できない相手と見極め、女子二人に声をかけて引き返した。


 男子二人は逃げようとせず、静華たちを売ることで、男たちに取り入った。


 静華は内心で舌打ちした。


 暗闇の中逃げ続け、襲われても反撃できるように静華が最後尾を走り続ける。


 金持ちの家に生まれた娘を心配した父親の教育方針で護身術で空手や合気道の英才教育を受けていた。


 正直、最初は嫌々だった。


 真面目に習おうとしなかった。


 しかし、今では、かなりの腕前になっていた。


 強くなろうとしたきっかけは、中学生の頃に不良に絡まれていたとき、一人の少年に助けられたことがあった。


 その少年は覚えていないみたいだが、その時に静華の中で強さを必要であることを知った。


 そして、私は彼に――


「きゃッ!」


 突然、静華の制服を後ろから掴まれた。


 後ろは警戒していたのに、どこから現れたのか、男が制服の襟元を握っている。


 静華は足を踏みつけ、手元が緩んだ瞬間に、距離を取った。


「「会長!」」


「先に行きなさい!」


 静華は女子二人に先に行くよう促し、男の足止めをするために構えた。


 静華はこの時、知らなかったが、この男は魔法で身体強化をしていた。


 ただ、そこまで高い水準で魔法を使用できていないため、精々、元の世界のアスリートトップレベルぐらいのポテンシャルしか持ち合わせていなかった。


 それでも、静華は苦戦を強いられるだろう。


 ちょっと武術に心得のある女子高生程度では、勝負にならないぐらいの差はあった。


 しかし、結果は静華が圧勝した。


 静華は男の動きが手に取るようにわかり、先を取ることで、相手に何もさせることなく、返り討ちにすることができた。


 静華はすぐに女子二人を追ったが、見当たらなかった。


 はぐれてしまったようだ。


 逃げながら、探し続けたが見つかることはなく、朝日が出る頃に体力の限界と空腹と渇きで動くこともできなくなり、大木を背にして瞼を閉じていた。


 餓死も覚悟していたとき――


「生きているか? 人間?」


 女性の声が降ってくる。


 静華はゆっくり瞼を開き、顔を上げた。


「生きているようだな」


 人に会えたことで、緊張が解けてしまったのか、静華の腹が鳴る。


「ふふふ、腹が減っているのか。ほら、これを食え」


 彼女が渡してくれたのは、リンゴのような形をした果物だった。


 静華はそれを受け取り、一口かじり――


 口内に甘味が広がった瞬間、一心不乱に食べた。


 日本では、食に悩んだことのなかった静華。


 行儀や作法を叩き込まれていたが、そんなものはどうでもよかった。


 丸かじりして、食べ進め、綺麗に種だけは退けていく。


 ブドウのような味がした。


 瑞々しさが、水分を欲していた体に染み渡る。


「満足したようだな」


「あ、ありがとうございます」


 はしたなくかぶりついてしまった自分に羞恥して顔を赤らめる静華。


「よい。死にかけていたのだ」


「本当になんとお礼を言ったらいいか……」


 女性の身なりを見て静華はどうしたものかと考える。


 この女性は、信用できる人物に値する。


 助けてくれたというだけではなく、金持ちの家の娘として今まで生きてきて、培った人間を見る目がそう確信していた。


 政治家や投資家。様々な悪鬼羅刹の大人を見てきたのだ。


 この感覚は信じて大丈夫。


「そうか。お礼か――じゃあ、私に付いて来い。おっとそうだ。自己紹介をしていな

かったな。私はクリューカだ」


「私は藤堂静華です」


「トウドウシズカか珍しい名前だな」


「えっと……静華でいいですよ」


「そうか、そっちの方が呼びやすいな。よろしくシズカ」


「よろしくお願いします。クリューカさん」


「はは、そんな堅苦しい呼び方じゃなくていいぞ。クリューカで構わない」


「いえ、クリューカさんと呼ばせてもらいます」


「ま、シズカがそれがいいなら、いいか」


 クリューカはそう言って歩き出す。


 静華はそれを追った。

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