第34話 報酬

 翌朝。


 琉海は約束通り、冒険者ギルドにやってきた。


「お待ちしていました。こちらにどうぞ」


 シーラが出迎えて、先導してくれる。


「あれ? 人がいない?」


 琉海はギルド内を見回すが、閑散としていた。


 昨日の光景とは正反対だ。


「ああ、それはですね。貴族の方がいらっしゃるときは、冒険者の方には、遠慮していただいているんです。昨日も言った通り、過去に貴族と冒険者で諍いがあったので、貴族様が来られる際はギルド内に冒険者は入れないようにしています」


「だから、俺は貴族じゃないって言ってるだろ」


「ええ、それは聞きました。ですが、あなた様に今、冒険者と会われますと、騒動になりかねないので、このような対処をさせていただきました」


「騒動? なんで俺が?」


 琉海は自分から冒険者に喧嘩を売る気はない。


 あちらから喧嘩を売られたらどうなるかわからないが、最初は話し合いで解決させたいと思っている。


 昨日は正当防衛だしな。


「C級冒険者を四人も倒してしまったからです」


「…………?」


 琉海はシーラの言いたいことが理解できず、首を傾げる。


「C級冒険者。それも悪名で有名な冒険者四人も倒した者がいる。そんな冒険者でもなく、貴族でもない平民の少年が冒険者ギルドに来たら、冒険者たちは自分たちのチームに入れようと躍起になって大勢で押し寄せてくるでしょう」


 シーラはわかったかしらと言いたげな怖い笑顔で琉海を見る。


「な、なるほど……」


「それに、もう噂になっているので、この町では気を付けた方がいいですよ。まだ顔までは周知されてはなさそうでしたけど、それも時間の問題かもしれませんね」


『さっそく、面倒事に巻き込まれたみたいね』


 頭に直接エアリスの笑い声が聞こえてきた。


 今日は朝から起きているようだが、姿が見えないので琉海の中にいるのだろう。


 エアリスの声を無視して、シーラの案内に従う。


 部屋は昨日と同じ場所。


 琉海が椅子に座ると、シーラも腰を下ろした。


「それで、本日は何の御用でしょうか?」


「えっと、その前にその猫を被った言い方やめないか? 昨日、宿で会ったときの方が接しやすいんだけど……」


「そう? あなたがいいと言うならそうするわ」


 なんともあっさりと口調を変えるシーラ。


「で、冒険者になるつもりのないあなたが、ここになんの用なのかしら?」


 スカウトを断ったからなのか、不機嫌そうな顔を隠そうともしないシーラ。


 猫を被らなくていいとは言ったが、素を出しすぎな気もする。


 だが、琉海はそれを口に出さず、飲み込んだ。


 そして、本題に入る。


「俺は人を探しているんだけど、この町で頬に傷のある金髪で三〇代ぐらいの男を見なかったか?」


 シーラは首を傾げた。


「そういう人は結構いるわよ。冒険者は魔物退治もするから、顔に傷のある人は多いわ。その中で三〇代の男性となると、思いつくだけで十人はいるわね」


『たぶん、あの男たちは冒険者じゃないと思うわよ。ルイが死んでる間の会話を聞いたけど、どっかの国の兵士のような会話をしていたわ。それに十人ぐらいの集団だったから、冒険者だったら、目立つかもしれないわね』


 琉海の頭の中でエアリスが否定する。


「たぶんだけど、冒険者じゃないかもしれない。どこかの国の兵士だと思うんだけど、十人ぐらいの集団でこの町に入ってきた奴らの中に顔に傷がある男っていなかった?」


 エアリスから聞いたことをそのままシーラに伝えた。


「いないわね。十人の団体で兵士ぐらいの力量のある人がこの町に入れば、ギルドにすぐ情報が入ってくるわ。そんな噂もないからここには来てないと思うわよ」


「そうか……」


 この町は、はずれのようだ。


「それだけ? なら、もういいかしら? 冒険者になる気のない人に情報をほいほいあげるつもりもないのよ。これは、昨日のお礼みたいなものだからね」


 そう言ってシーラは席を立とうとする。


「ちょっと待ってくれ! もう一つ聞きたいことがある」


「なに?」


 シーラは浮きかけた腰を再び下ろす。


「金を稼ぐ方法を聞きたい」


 琉海のまさかの質問にシーラはため息を吐く。


 そして――


「それなら、冒険者になれば、あなたならすごい額を稼げるわよ」


「それは断る。人を探すのに枷は邪魔になる」


「そう。じゃあ、ないわね」


「いや、あるはずだ。その方法の一つが『賊狩り』だろ」


「…………」


 シーラは反応を示さない。


 だが、無言は肯定に等しい。


 『賊狩り』の噂を聞いたとき、最初に思ったのは『賊狩り』と呼ばれている者は冒険者ギルドに登録しているのだろうか。


 もし、登録されていないのならば、賊を捕まえたときの懸賞金は得られていないのだろうか。


 いや、それはないだろう。


 ギルドに来て懸賞金を得る姿を誰かが見ているから、『賊狩り』の風貌まで広まっているのだろう。


 風貌と言っても素顔を見た者はいない。


 男か女かもわからないように体形を隠すほどゆったりとしたローブを被った者。


 姿がわかっているということは、見ている人物がいるということ。


 そして、その者が『賊狩り』と断定されていること。


「おそらく、冒険者ギルドに『賊狩り』がやってきて、賊を引き渡しているんだろ。そして、懸賞金を得ている」


 シーラは琉海を冒険者に勧誘することを諦めたのか、大きく息を吐いてから口を開いた。


「ええ、その通りよ。ちなみに、冒険者にならずに多くのお金を稼ぐ唯一の方法でもあるわね」


 C級冒険者を四人相手に無傷で勝てる琉海なら、懸賞金のかかっている賊にも勝てるだろう。


 シーラは琉海にそこを気づかれたくはなかったようだ。


 冒険者しか稼ぐ方法はないと思い込ませて、ギルドに加入してもらおうと考えていたのだろう。


 しかし、その思惑は失敗に終わった。


「はい。じゃあ、これはついでの報酬よ」


 シーラは机の上に何枚かの紙を広げた。


 そこには、特徴と似顔絵が書かれていた。


「これって手配書?」


「ええ、これが、この町の近くで悪さをしている賊たちよ。懸賞金のかかる賊たちは手口も陰湿だけど、逃げ足と潜伏がうまいのよ。見つけるのが、大変だと思うけど、まあ、頑張ってみなさい。無理そうだったら、いつでもギルドに登録しに来ていいわよ。そしたら、割のいい依頼を融通してあげるわ」


 シーラは最後まで琉海のスカウトを諦めなかった。


 複数の手配書を懐にしまう。


「ありがとう」


 琉海は礼を言って立ち上がろうとする。


「ああ、それと昨日の一件であなたに喧嘩を売った四人のC級冒険者はライセンス剥奪になったから、逆恨みで夜襲とかされないように気を付けてね。あなたはギルドに加入してないから、ギルドからのサポートはできないけど、注意しといた方がいいわよ」


 柄の悪い冒険者が腹いせに夜襲をかけたり、乱闘になることはよくあるらしい。


 気を付けた方がいいのかもしれない。


 ただ、今はそれよりも気になることがあった。


「なんでそんなに楽しそうに話しているんだ?」


「いつ泣きついてくるか楽しみだから」


 笑顔で送り出すシーラ。


 昨日の一件で面倒事が増えてしまったかもしれない。


 まあ、考えても仕方がないだろう。


 警戒だけは怠らず、今後のことを考えよう。


 必要なものは手に入れたのだから。

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