第32話 C級冒険者との諍い

 少し間は、静かだったが料理を食べ終えるとどんどん酒を注文し飲んでいく。


 そして――


「おい、酒を持ってこい!」


 赤髪の男が空のジョッキを振ってミリアを呼ぶ。


「はい、只今!」


 ミリアが急いで持って行き、赤髪の男の前にジョッキを置いたとき――


 ミリアの腕を緑髪の男が掴んだ。


 その男はさっきよりも口角を吊り上げた笑みを零す。


「なあ、俺とあっちに行こうか。もう、我慢の限界だ」


「は、離してください!」


 有無を言わせない力があるのか、ミリアが抵抗しても腕を離そうとしない。


「すぐ気持ちよくなるから、大丈夫」


 緑髪の男は立ち上がって、ミリアと共に奥の扉へ向かう。


 ミリアは必至に抵抗しているが、腕を引っ張られてどうすることもできないでい

た。


「はあ、やれやれ、あまり過激にやるんじゃねえぞ。やりすぎるとギルドから呼び出しくらって面倒だからな」


 赤髪の男が忠告する。


「大丈夫だよ。この娘は可愛がるから」


「ははははッ、それがダメだって言ってんだろ」


 青髪の男は笑っていた。


「人の話を聞かない奴だ」


 黄髪の男も緑髪の男に呆れたようで肩をすくめた。


「楽しみなんてこれぐらいしかないんだから、いいだろ」


 緑髪はどんどん奥へ行ってしまう。


「い、いや、やめて!」


 ミリアは涙声で叫ぶ。


「な、なにしてるんですか!?」


 ミリアの声で母親がキッチンから飛び出してきた。


「ほう、あの女もいいな。あとで食べよう」


 緑の男はそう言って再び奥の扉に歩を進める。


「は、離しなさい!」


 母親が緑の男に詰め寄ろうとしたが、赤髪の男がテーブルに立てかけてあった剣を抜いて切っ先を母親に向けた。


「あいつの邪魔をするな。こっちは冒険者だ。力の差は歴然。命が惜しかったら、戻れ」


 赤髪の男は剣を片手に酒を飲み、椅子に座った状態で母親を威圧する。


「や、やだ! やめて!」


 ミリアが叫ぶが誰も動けないでいた。


 不良冒険者の他にも数人客はいるが、誰も助けない。


 いや、助けられない。


 それだけ、C級冒険者は強いということだ。


 だが、それを見て見ぬふりをすることができない男がいた。


 ミリアが踏ん張っても緑の男の歩みを止められない中、緑髪の男の腕を掴んだ者がいた。


 緑髪の男は、足を止めて後ろを振り返る。


 そこには、黒髪黒目の少年の姿があった。


「おい、小僧その手を離せ。今なら一発殴って済ませてやる」


 緑髪の男は、煩わしそうに琉海へ視線を向けた。


「それはこっちのセリフだ」


「はっ! ションベンちびりそうになってるんだろ。粋がるな小僧!」


 琉海の睨みも虚しく、緑髪の男をビビらせるほどの効果はなかった。


「そうか。なら、力尽くでやるしかないか」


 琉海は小さく呟き、精霊術で強化した。


 そして、掴んでいた腕を強く握った。


「ぐぁッ!?」


 痛覚はあったようで緑髪の男から苦悶の声が聞こえてきた。


 だが、琉海はやめようとしない。


 さらに握る力を強めていき、男の手からミリアの腕が解放されるのを待つ。


「く、クソガキ!」


 緑髪の男は危険を察したのか、もう片方の手で殴ってきた。


 その瞬間、ミリアの腕を掴んでいた手が緩んだのがわかり、琉海は一気にその腕を捻った。

「がああぁッ!」


 骨が折れる音が聞こえたが、琉海は気にしない。


「ぐあぁッ!」


 腕を折られて殴るどころではなくなった男。

 腕を庇って冷や汗をかいている緑髪の男との距離を一瞬で封殺し、蹴りを脇腹に食らわせる。吹っ飛んだ緑髪の男は、動かなくなった。


 ちょっと加減を間違えただろうか。


 琉海は死んだかと思って様子を見ようとしたが、他の三人がそれを良しとしない。


 仲間をコケにされて黙っている不良はいないのと同じだろう。


「やりやがったな。クソガキ!」


「はは、覚悟したほうがいい」


「殺す」


 赤髪、青紙、黄髪と三人の男たちから殺気が放たれる。


 そんな殺気を琉海はそよ風のように受け流した。


 あの時の鎧の男より、威圧感を感じない。


「チッ!」


 微動だにしない琉海に苛立ったのだろうか、舌打ちが三人の中から聞こえた。


 脅しは通用しないと理解したのか、三人がバラバラに動き出した。


 一気に琉海を殺す算段のようだ。


 左右と前から取り囲むような布陣を作ろうとする。


 だが、その陣形が完成することはなかった。


 琉海が一瞬で左にいた黄髪の男に近づき、腹を殴って沈黙させる。


「くそ――ッ!」


 言い切る前にいつの間か顔の横を回し蹴りされて、地に伏す青髪の男。


「て、てめえ……」


 一緒で二人を潰した琉海に赤髪の男も異常さを感じたのか、若干声が震えているように感じる。


 だが、恐怖よりプライドが勝ったのか、襲い掛かってくる。


「はあああ!」


 雄叫びを上げて剣を上段から振り下ろした。


 それを琉海は剣の持ち手に裏拳を入れ、剣が手から離れたと同時に、背負い投げで地面に叩きつける。


 精霊術で強化した状態で地面に全力で叩きつけられたのだ。


 背骨を折っているだろう。


 だが、そんなことは自業自得だと切り捨て、琉海は男たちを見下ろす。


 四人が倒れた食堂は、静寂に包まれていた。


 そして――


「す、すげえ……」


 誰かの一言を皮切りに歓声が起きた。


「まじかよ」


「C級冒険者四人を一人で倒しちまったぞ」


「動き早すぎて見えなかった……」


「あいつ何者なんだ?」


 各々が琉海を絶賛する。


 そんな琉海にミリアが近づいてきた。


「あ、あの……ありがとございました」


 一礼するミリア。


 あれ? なんで敬語?


 顔を上げて琉海と視線が合うと、顔を赤くするミリア。


「あ、私、ギルドに連絡してきますね」


 ミリアはそう言って店から出ていった。

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