第20話 鎧の男

 琉海とアンリは声のしたほうへ振り返った。


 視界に入ったのは、屋根の上に立つ男の姿だった。


 髪は短い金髪。


 頬に傷痕があり、眼光は鋭い。


 そして、太陽の光を反射する銀の鎧。


 盗賊などではない証明だ。


 日本人の琉海でも高貴な人間であることはわかるほど鎧が主張していた。


「魔力が高い人間は見つけやすくて助かる」


 鎧の男は、屋根から大きく跳躍し、琉海たちの逃げ場を塞ぐように降り立った。


 琉海はアンリを庇うように男の前に出る。


「ほう、貴様が俺と戦うのか? 抵抗するなら大歓迎だ。逃げる相手をただ潰すのももう飽きた」


 鎧の男が話しているのを聞き流し、琉海はこの状況を打破する方法を考える。


 玄関を破壊し、家を燃やすことができるだけの力がある相手。


 何をされたかわからないのが、問題か。


 情報が足りない。


 自分の記憶の海に潜る。


 琉海の完全記憶能力で家が燃えるまでの出来事を再生する。


 あのバヂッという音は聞き馴染みがあった。


 あれは電気か。


 魔法が存在するのだから、電気を操る者がいてもおかしくない。


 火も高圧電流によって引火したのだろう。


 だが、それがわかったところで、打開策にはならない――


 いや、打開策ならあるかもしれない。


(エアリス、起きているか? 今、やばい状況で手を貸してほしい)


 琉海はエアリスに呼びかける。


 すると、光の粒子が琉海の体から抜け出し、形を成す。


 そして、エアリスが姿を現した。


「ふあ、たしかに、この状況はまずそうね」


 エアリスは欠伸混じりに鎧の男の周りをうろうろと歩く。


 男にはエアリスが見えていない。


 無反応な男を一通り見て、エアリスは戻ってきた。


「それで私に手を貸してほしいってことだったけど、何をするの?」


(ああ、結界を破壊したときの剣を作ってほしいんだけど……)


 琉海は結界を破壊したあの武器なら、この男を退けることができるだろうと、考えていた。


 だが――


「無理ね。あの武器はあそこにいた他の微精霊たちにも手を借りてできたものだから、今の私たちには無理よ」


 エアリスの言葉は琉海の希望を打ち砕いた。


 そして、鎧の男も焦れてきたのか、イライラを隠さずに言ってくる。


「抵抗する気がないなら、さっさと殺すぞ?」


 男は腰に差している剣を引き抜き、琉海に剣先を向けた。


 人生ではじめて剣先を向けられ、琉海を恐怖が襲う。


 男から発する圧力。


 これが覇気というものなのだろうか。


 足が一歩も動こうとしない。


 頭と足の神経が繋がっていないように錯覚する。


 剣を向けることに躊躇しない相手との命のやり取り。


 話しているときは、そこまでの恐怖はなかった。


 だが、剣を向けられた瞬間に豹変した。


 日本では縁のない殺気。


 殺されると自覚した瞬間の恐怖で琉海の体が限界を迎え、震えだす。


「はぁ……」


 鎧の男は琉海の挙動にため息を吐く。


「戦う男気もなしか……」


 琉海は返答することができなかった。


 完全に空気に飲まれていた。


「俺の目的はその女だ。お前には用はない」


 鎧の男はさっさと退けと手で払う。


 ただ、琉海は動けなかった。


「はあ、そうだな」


 鎧の男は考える素振りをして――


「女を渡すならお前は逃がしてやろう」


 いい案だろ。というかのように鎧の男は琉海を見る。


 そんなわかりやすい罠に嵌まるほど、馬鹿ではない。


 だが、ここを逃げる算段もない。


 屋根の上からの跳躍を見ただけで、運動能力の違いはわかる。


 逃げても簡単に捕まるだろう。


 この状況は、あの男の気まぐれで成り立っているということだ。

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