サキュバスせんせーよ、永遠に
「あぅぅ、緊張するよぅ……」
わたしはがちがちに固まった体をどうにか動かしながら背中を丸めた。そんなわたしを横を歩くお母さんが笑い飛ばします。
「なぁにを緊張する事があるんだい。大好きな彼氏に会いに行くってのに」
「それは、そうだけど……悠斗君のお母さんもサキュバスみたいだし、わたしの事をどう思ってるか良く分からないもん」
「それを知る為に、こうして会いに行くんだろう? そりゃあ悠斗君に会いたいっつったのはあたしだけど、向こうからもゆららに会いたいって言われたんだ。ありのままのゆららを悠斗君の母親に見せてやればいいのさぁ」
「そうかもしれないけどぉ」
電話で話をした時の悠斗君、ちょっと困った感じの声だった気がする。わたしと悠斗君のお母さんを会わせたくないような、そんな風に聞こえて。
「そうさねぇ……悠斗君の気持ちになってみな、ゆらら」
「悠斗君の……?」
「ああ。自分の母親と会う彼女が暗い表情をしてたら、悠斗君は悲しい気持ちになるんじゃあないか?」
「! そっか……そうかも」
わたしは悠斗君の彼女なんだ。だから、わたしの事だけじゃなくて悠斗君の事も考えなきゃ、彼女失格だよね。
「……うん! わたし、頑張ってわたしらしくする!」
「いやいや、むしろ頑張らない方がゆらららしくなると思うけど、まぁ元気になったならいいさ。お、あそこだよ、待ち合わせ場所は」
お母さんが指さした場所は、ちょっと寂れたちっちゃな公園。
いきなりお互いの家を訪ねるのは良くない、って事になり、近場のどこかで待ち合わせる事にしたんだ。わたしはあんまりこの公園に来たことがないけど、お母さんはちっちゃな頃に友達とよく遊んでたらしいので、ここにしたの。
「まだ、来てないのかな、悠斗君達」
「そうみたいだねぇ……いや、あの2人じゃないか?」
お母さんの視線の先。わたしは息をのむ。
わたしの大好きな彼氏と、その横を歩くものすごい美人な女の人。さぁ、頑張れゆらら!
「……何度でも言うけどさ。ゆららちゃん達に失礼な事をしないようにね」
「うふふ、分かってるわよ~」
絶対に分かってないなこの母親。ぼくは心の中で溜息を吐く。
直接対決をしたい、という訳の分からない母さんの願いを向こうが拒んでくれるのが一番良かったんだけど、どうやらゆららちゃんのお母さんもぼくに会ってみたかったらしい。愛娘の彼氏を見極めたい、って事なのかな。
そこに少なからず緊張はするけど、やっぱり一番の不安は母さんだ。ゆららちゃんはともかく、ゆららちゃんの母さんに僕達の悪印象を抱かせるのは、どうにかして避けたいところだ。
「ゆららちゃん、どんな子なのかしら~。先生、楽しみ~」
「……それは何よりです」
その笑顔にどす黒い何かが纏わりついてなければ、だけど。よし、とりあえずゆららちゃんを護る事を第一に考えよう。印象が悪くなるとかは後回しだ。
そんなこんなで母さんの出方を伺いながら歩くこと数分、目的地である小さな公園が見えてくる。そして、
「あ……ゆららちゃん!」
ゆららちゃんと、その横に立つ綺麗な女の人。あの人がゆららちゃんの……、
「悠斗君、ごめんね? いきなり呼び出しちゃって」
「ぼくの方だって。けど、会えて嬉しいよ」
「わ、わたしも……!」
笑うぼく達を、ゆららちゃんのお母さんが微笑まし気に見ている。それはいい。
……母さん? どす黒い何かがさっきよりも増えてますよ?
「それじゃ、えっと、ゆ、悠斗君とお付き合いしてます。ゆららです!」
「あたしはゆららの母だよ。結構な男前じゃないか、悠斗君?」
「ど、どうも」
手を差し出してくるゆららちゃんのお母さん。一瞬戸惑ったけど、ぼくは握手に応える。温かかった。
「それじゃあ……ぼくは悠斗といいます。ゆららちゃんとお付き合いさせていただいてます」
「うふふ……悠斗の母です~」
お淑やかな笑顔の母さん。それはいい。
でも、向こうが握手を求めたのに母さんは微動だにしないのはどういう事かな? 礼儀的な意味で母さんもゆららちゃんに握手を求めた方が良いんじゃないかな?
「さて、ぶっちゃけて言うんだけどさ」
と、ゆららちゃんのお母さんがぼくを見ながら言う。
「あたしはね、悠斗君はうちのゆららに相応しい男かどうかを見極める為に会いに来たんだ」
本当にぶっちゃけた。予想していたとはいえ、緊張が加速する。
「見た目もかっこいいし、礼儀正しいし、ゆららの事を大切にしてくれそうだ。あたしが言うのもなんだけど、文句なしで合格さぁ」
「あ、ありがとうございます」
「で、ちょっと話は変わるんだけど……もしかして、リリアちゃんかい?」
「へ?」
ぼくは目を見開いた。何でここで、母さんの名前が……?
「え?」
わたしは驚いてお母さんを見上げた。お母さんは悠斗君じゃなく、悠斗君のお母さんを見ている。
悠斗君もきょとんとしてるみたいだった。そして、悠斗君のお母さんが一番驚いている。
「……どうして、私の事を。ユウちゃん、私の事をお話したの?」
「い、いや、全然」
ならどうして、と呟く悠斗君のお母さん。お母さんは静かに笑った。
「はは、覚えてないかい? あたしだよ、アリスさ」
「あり…………あ、アリスちゃん!? え、ホント? 久しぶり~」
……え? 知り合いなの? お母さん達が?
「懐かしいねぇ。高校卒業してからほとんど会えてなかったし、リリアちゃんが結婚した頃にあたしも結婚したから、余計に会う機会が無かったからねぇ」
「私も旦那の仕事の都合で引っ越しちゃったし、あの頃はケータイもスマホも無かったから連絡する事も出来なかったのよねぇ」
「で、またこっちに戻って来たって事だね。またどっかに行っちゃうのかい?」
「ううん、大丈夫~。仕事も落ち着いたから、故郷のここに定住する事にしたの~」
「……えと、母さん? 2人は知り合い……いや、友達なの?」
悠斗君が尋ねると、お母さん達は顔を見合わせる。
「親友、って言った方が近いかね。10年以上会ってないくせに、って言われるかもしれないけど」
「小学生のころから、同じ学年でサキュバスが私達しかいなかったから、自然と2人でいる事が多くなった感じ、かしらね~。当時はよくこの公園で遊んだわ~」
「そうそう。中学に上がった頃からは人間の友達も増えたけど、小学生の時はホントにリリアちゃんとしか遊ばなかったもんさ」
「あら~? 友達が増えたのはアリスちゃんだけだってば~。私、アリスちゃんみたいに社交的じゃなかったもの~」
「はは、怒ってるのかい?」
「ううん、べっつに~」
屈託なく笑うお母さん達。あはは、見てるだけでこっちも笑顔になっちゃいそう。
「さってと~。実は私もゆららちゃんがユウちゃんに相応しいかどうかを見たかったの~。相応しくないなら存分にいびり倒してやろうと思ってたんだけど~」
……ん? 今、なんかちょっと怖い事言われたような? 気のせい、だよね?
「アリスちゃんの娘さんなら私も安心だわ~。あ~良かった!」
「それはあたしもだよ。……さぁて、それじゃ旧交を温める為にも、ちょっと喫茶店にでも行くかい? 色々話を聞かせておくれよ」
「そうしましょ~。それじゃ、後は若い人達でごゆっくり~」
「暗くなる前に帰って来るんだよ!」
お母さん達はそう言い残し、わたし達を置いて歩いて行っちゃいました。
……なんか少し予想外な事になったけど、これで親公認のお付き合いになった、って事だよね!
ありがとうございます、せんせー! わたし、悠斗君と幸せになるから!
……あの母親は、ぼくが思うよりも適当な性格をしてるみたいだ。
まさか、小学校から高校まで仲の良かったサキュバスがいたのに、ゆららちゃんをこうも敵視してたなんて。そして、ゆららちゃんのお母さんがそのサキュバスだと分かった途端に、あそこまでころっと態度を変えるなんて。
父さんの話から、母さんが大学時代に出会ったサキュバスと色々あったらしい事は一応知ってる。けどそれってつまりサキュバスって存在じゃなく、大学で会ったそのサキュバスが嫌いなだけじゃないのか。
「……まぁ、いっか」
ひとまず一件落着みたいだし、終わった事をグダグダ言っても仕方ない。
まぁ、一応お礼は言っておくとしよう。ありがとう、せんせー。
「あはは、行っちゃったね」
ゆららちゃんに歩み寄って、声を掛ける。けど、返答がない。母さん達の歩いて行った先を見やりながら、小刻みに唇を震わせてる。
「ど、どうかしたの? 調子が悪いなら」
「…………言って」
ぽつりと。え? と聞き返すと、ゆららちゃんはゆっくりとぼくを見た。
「好きって、言って」
「えぇ!? ど、どうしたのいきなり?」
「悠斗君の口から、ちゃんと聞きたい。言って」
……あれ? なんかゆららちゃんから、暴走した時の母さんと似たような何かが感じられるんだけど。目もとろんとしてるし。
けどまぁ、拒む理由もない。ぼくはゆららちゃんが好きなんだから。
「好きだよ、ゆららちゃん」
「……好きなだけ?」
「だ、大好きだよ! ずっと一緒にいたいよ!」
こんな真昼間から、人がいない公園とは言え、ぼくは何を叫んでるんだろう。
「そっかぁ……わたしもずっと悠斗君と一緒にいるよ?」
ゆららちゃんはぼくの手を握り、ぼくの肩に寄り添いながら指を絡めた。
「ゆ、ゆららちゃん……?」
「わたし、嬉しい。ねぇ、悠斗君はどんなご飯が好き? 卵焼き以外にもたくさん教えて? 明日からわたし、頑張って練習して作るから。今度一緒に映画見ようね? どんな映画が好き? アニメでも時代劇でも推理サスペンスでも何でもいいよ? 悠斗君と一緒なら何でも楽しいし。一緒の高校に行けるようにわたし、今から勉強も頑張るね。運動はちょっと苦手だけど、悠斗君の為ならわたし、どんなことでも出来るから。大学もできれば一緒が良いよね? 一緒が良いに決まってるよね? だって、悠斗君かっこいいから変な子が寄ってくるかもしれないもん。わたし頑張って悠斗君を護るね? 悠斗君のお父さんみたいに転勤で遠いところに行くのはちょっとイヤかも。わたしも頑張って働くから、転勤しないですむような仕事を一緒に選ぼうね。子供はどれくらい欲しい? わたしも悠斗君も1人っ子だし、最低でも2人は欲しいよね? 男の子と女の子が1人ずつ……うぅん、やっぱり少ないよ。5人は欲しいかも。大丈夫、わたし頑張って生むから。わたし、もっともぉっと頑張るから」
「……うん」
ぼくは何となく、悟った。今までがそうだったように、これから先もきっと、ぼくはサキュバスと共に歩んで行くんだ、って。
でも、それをイヤだと思う事は、全くなかった。だって、ゆららちゃんにこんなに愛されてるのに、何を不満に思う事があるの?
あるわけないだろ。
「じゃあ、とりあえずぼくの家にでも来る? ゆららちゃん」
「うん! 行きたい!」
「よし、それじゃあ行こうか!」
ぼくが手を差し出す。ゆららちゃんが小さな手で握り締める。ぼく達は手を繋いで歩きだす。
ぎゅっとぎゅっと、もう離れないように強く握りしめて。
ぼく達は、ずっと、一緒だ。死ぬまで、ずっと。
教えて! サキュバスせんせー! 虹音 ゆいが @asumia
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