サキュバスせんせーと狂喜乱舞

「お、おか、お母さ……」


 だ、ダメだ。走って帰って来たから、い、息が……!


「わ、わたし……っ!」

「あたしはどこにも逃げやしないから、ゆらら。ほら、手洗いうがいして少しでも呼吸を落ち着かせるんだよ」


 ぜーはー息を切らせながらリビングに飛び込んだわたしを見かねて、お母さんが諭すように言います。正直そんな事をするのももどかしかったけど、落ち着かなきゃいけないのは確か。わたしはダッシュで洗面所に。


「……手洗いうがい、ちゃんとしてきたよ!」

「よし、んじゃお次はこれでも飲みな。ちょうど今日買ってきたから、そろそろ冷えてるはずさ」

「あ、いちごミルク! えへへ、ありがとうお母さん!」


 わたしの大好きないちごミルクをごくっと飲み干し、わたしはことりとコップを置きます。うん、落ち着けた気がする。


「それじゃ、お母さん……うぅん、せんせー! わたし、ついにやったよ!」

「お、もしかして……?」

「うん! 悠斗君に告白したの!」


 友達も告白するのを全力で応援してくれたし、悠斗君の友達も色々協力してくれたみたい。放課後の屋上で、わたしは悠斗君と2人っきりになれて、そして……、


「で、返事はどうだったんだい?」

「ぼくもゆららちゃんが好きだよ、って言ってくれた!! ぼくもゆららちゃんが好きだよ、って言ってくれたの!!!!!」

「そうかいそうかい……中学に入学してもう一ヶ月ちょいか。あの引っ込み思案だったゆららがちゃんと男を捕まえられたなんて、感慨深いねぇ」

「わたしだけじゃないよ。お友達のおかげでもあるし、何よりせんせーのおかげだもん! お母さんがいてくれて、ホントに良かった!」

「こいつめ、嬉しい事を言ってくれるじゃあないか」


 お母さんは照れ臭そうに笑いながらわたしの頭を撫でてくれます。

 ……あ、えっと、その、お父さんもいてくれて、ホントに良かった、よ? うん。


「さぁて、そうなると……あたしの最後の仕事が残ってるね」

「? 仕事って?」

「なぁに、ちょっとした事さ」


 お母さんは笑います。にこり、じゃなく、にやりと。


「悠斗君とやらが本当にゆららに相応しいのかどうか、しっかり見極めるのも先生の義務。そうだろ?」





「……ゆ、ユウちゃん? もう1回、言ってくれるかしら~……?」


 母さんががたがたと体を震わせている。なんかすごく申し訳ない事をしてる気分だけど、ここで退くわけにはいかない。

 ぼくは大きく息を吸い込んで、母さんをまっすぐに見やった。


「ぼく、ゆららちゃんと付き合う事になった」

「何で!?」


 一気に爆発する母さん。ここ最近じゃ珍しい事でもない、というかほぼ毎日爆発してる気がするので、いつも通りなのかもしれない。


「お母さん、せんせーとしてユウちゃんに色々教えて来たわよね! ユウちゃんの幸せの為に、出来る限りの事をしてきたはずよね!」

「うん、せんせーには感謝してる。その上で、ぼくは自分の目で見て、頭で考えて、ゆららちゃんと付き合う事にしたんだよ」


 ゆららちゃんと話すのは楽しいし、ゆららちゃんが作ってきてくれる弁当も美味しいし、何よりゆららちゃんの気持ちがすごく伝わってくるから、ぼくも嬉しくなるんだ。こんな感覚は多分、生まれて初めてだと思う。


「ダメよ、ユウちゃん!」


 と、お母さんが更に語気を強める。


「サキュバスはダメよ、やつらは悪魔だもの! ろくな事にならないわ、絶対に!」


 ずいずいと顔を寄せてくる。唾が飛んできて汚いよ、母さん。


「ユウちゃんの話からして、向こうから一方的に言い寄って来たのよね? なんて恥知らずなのかしら。親の顔が見てみたいわね、ホント!」

「……あのさ」


 ぼくは母さんを尊敬してる。母さんがぼくの事を一番に考えてくれている事もすごく分かってる。感謝してもしきれない。

 でも……ちょっとくらいなら、いいよね?


「せんせー、そこに正座して」

「え? ユウちゃ」

「いいから。ほら、さっさと」

「え、えぇ」


 有無を言わさぬぼくの言葉に流されたのか、母さんはいつもぼくが正座しいてるクッションの上にちょこんと座った。ぼくはそんな母さんを見下ろす。


「ぼくさ、せんせーと父さんの馴れ初めを最近、父さんから聞かされたんだけど」

「そ、そうなの~?」

「せんせー、父さんに猛アプローチして付き合う事になったんだって? プロポーズもせんせーから? さすがサキュバス、随分と積極的だね」


 その話を聞いた時には驚いた。だって、それって母さんの嫌うサキュバス像そのものじゃんか。

 母さんは分かりやすく慌てふためいた後、しどろもどろに言葉を紡ぐ。


「そ、それは……で、でも! サキュバスはホントに意地汚くて、男を捕まえる為ならどんな事だってやって」

「うん、そうかもしれない。せんせーの周りにはそんなサキュバスがたくさんいて、せんせーの積極さが子供に見えるくらいの事をして男を捕まえようとしてたのかも。サキュバスの歴史はぼくも知ってるし、その可能性は十分あると思うよ」

「だ、だったら」

「でも。せんせーはゆららちゃんの事、ぼくの話でしか知らないよね? どんな子とか、ほとんど分からないよね? それなのにせんせいーはさっき、ぼくの〝彼女〟

の悪口を言ったんだよね?」

「あぅ……」


 ちょっと厳しいようだけど、ゆららちゃんの事を悪く言われて黙ってはいられない。だってぼくは今、ゆららちゃんの事を護る立場になったんだから。怖気づいてなんていられない。


「……ユウちゃん! 1つ提案があります!」


 唸っていた母さんが勢いよく挙手をする。まったく、これじゃどっちがせんせーなんだか。


「はい、せんせー。どうぞ」

「お母さんは確かにその子の事を何も知らないわ~。だからこそ、知る義務があると思うの~」

「……まぁ、理屈は分かるけど。で?」

「ゆららちゃんと、直接対決させて欲しいの!」


 息子の彼女と直接対決って、この人は何を言ってるんでしょうね。

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