サキュバスせんせーは妥協しない

「お母さん、聞いて!」


 わたしがリビングに飛び込むと、お母さんはタオルで手を拭きながら台所から出てきました。


「その分だと、今日も順調だったのかい?」

「うん! あのね、掃除時間の時に一緒の班になって、たっくさんお話出来たの!」


 お弁当は毎日作って持って行ってるけど、食べる時は他の子達も一緒なのでそこまでお話出来なかった。わたしは悠斗君以外の男の子には興味ないのに!


「わたしが悠斗君の事が好き、って友達の女の子に話したら、みんな知ってる、って言われて。で、悠斗君と2人でお話出来るように、協力してくれたの!」

「そうかい、そいつは何よりだ。仲間はたくさん作らないとね」


 お母さんはうんうん頷きながら言います。


「昔のサキュバスにとっての恋愛は、相手に殺されないように男を魅了する事。今のサキュバスにとっての恋愛も、ある意味で戦争だけどね。利用できるものは全て利用し、相手の男に攻撃を続けなけりゃならないわけさ」

「うん。みんなわたしに、頑張れ、って言ってくれたの」

「なら、ゆららはその子をオトして、友達の心意気に報いてやらなきゃね」

「うん!」


 みんな、わたしの事を応援してくれる。わたしはなんて幸せ者なんだろう。


「……さて、話は変わるけど。暇だったからちっちゃなケーキを焼いてみたんだ。今から食べ」

「食べる! この匂い、ずっと気になってたもん!」

「はは、ゆららは甘いものに目がないからねぇ。お父さんも一緒に食べれたら良かったけど、連絡が無いって事はまだ仕事中だろうね。先に2人で食べようか」

「大丈夫だと思うよ。今日はお昼過ぎには仕事が終わるから、パチンコに行くって言ってたもん。お小言ばかりだと気が滅入るし、男には休息が必要だー、って……」

「ふぅん?」


 ……お父さん、ゆららはどうしようもない子です。どうして、お母さんには内緒だよ、って言われた事ばかり話してしまうのでしょうゆららは。たまにお母さんに内緒で朝まで麻雀してる事だけは絶対に話さないから許して。


「よし、それじゃお皿を3枚用意しておくれ。お祝い、って言ったら大袈裟だけど、ケーキパーティといこうじゃないか」

「やったぁ! お飲み物の準備もしておくね!」


 わたしはスキップ交じりに台所に向かいます。リビングでお母さんがスマホに向かって怒ってるみたいだけど、聞こえないふり、聞こえないふりっと。





 最近、家に帰った後にする事が変わりました。

 前までは、手洗いうがいをしてから部屋に戻って、荷物の整理をしてからリビングに向かってた。でも、最近はリビングに直行。そして、


「ユウちゃん、今日の報告をどうぞ?」


 正座。母さんがわざわざ用意していたクッションの上で、ぼくは今日の行動を思い返す。


「……えっと、話した回数は6回。で、話した時間は……13分くらい、かな?」

「13分!? たった6回しか話してないのに13分……サキュバスめ、また姑息な手を使ったのね……!」


 母さんの手がわなわなと震える。まぁ、例え13分じゃなくて1分だったとしても手は震えてたと思うけど。


「休み時間の時に4回、お弁当を食べた時に1回、最後に掃除時間の1回、かな。掃除時間の時に10分くらい話したんだよ」

「はぁっ!? 掃除時間でしょ? 他の班の子と一緒だったんでしょ? なのに何でサキュバスと10分も話すことになるのよぉ!」

「そう言われても……なんて言うか、班の子達がしきりにぼくとゆららちゃんを2人にしようとしてる感じがしたかも」

「くぅぅ、サキュバスめ。周りの人間を引き込みやがったわね……!」


 ……最近思うんだけど、基本的にふわふわにこにこしてる事が多かった母さん、もの凄い表情豊かになったなぁ。良い事だ。まぁ、豊かすぎる気もするけど。


「でもでも、掃除時間なのよね? なら喋ってないで手を動かせ、掃除しろ、って事よね? ちょっと学校にクレーム入れてやろうかしら」

「待って待って母さ……せんせー。さすがにそれは今はやりのモンスターペアレント扱いされちゃうって」

「上等よ。だってお母さん、サキュバスだもの。モンスターだもの。モンスターペアレントで何も間違ってないわ!」


 ……サキュバス嫌いなのに、こういう時だけ都合よく自分をサキュバス扱いするんだなぁ。大人って卑怯だ。

 けど、開き直られて本当にクレームされても困る。ちょっと釘を刺しておこう。


「でも、ぼくって学校の先生と仲が良いんだよね。もしせんせーが学校にクレームを入れちゃったら、ぎくしゃくした感じになって勉強にも身が入らなくなるかも」

「そ、それは良くないわね。ユウちゃんにはのびのびと学校生活を送ってもらいたいもの」

「ありがとう、せんせー。分かってくれて」


 ふぅ、とりあえずこれで大丈夫かな。……何でぼくがこんな事をいちいち気遣わなきゃいけないんだろう。




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