サキュバスせんせーの言う通り
「お母さん、聞いて!」
家に帰ったわたしは、リビングに飛び込みながら両手を掲げた。
「お弁当、一緒に食べてくれたよ!
「おお、そいつは何よりだ! 早起きして弁当作りに精を出した結果があったね」
お母さんは空のお弁当箱を受け取りながら、自分の事のように喜んでくれます。良いお母さんを持ってわたしは幸せです。
「サキュバスが男の精気を食って満足する時代なんてとっくに終わったのさ。手作りの弁当を一緒に食って喜びを共有し、ついでに胃袋もがっちり掴む! それくらい出来なきゃ話にならないさね」
「それなんだけど……精気、って一体どんなものなの? サキュバスについて調べても、なんかよく分からない事ばかり書いてて」
「いいんだよ、ゆららはまだ知らなくて。その時が来れば自然と知識も身についてくる。焦る事は無いよ」
? やっぱり良く分かんないけど、まだ知らなくていいのならいっか。
「で、どのおかずが美味いって言ってたんだい?」
「卵焼き! 悠斗君の家の卵焼きは甘い味付けらしいんだけど、お母さんに教わった塩味の方が好きだって言ってくれた!」
「そうだろそうだろ。あの卵焼きはあたしの自信作でね、やっぱり男はご飯に合うような味付けの方が好みなのさ。お父さんも卵焼きが大好きだろ?」
「うん! この前もお父さん、お母さんは昔から料理が上手だって言ってた! 見た感じは全然出来そうにないのに、って」
「……ほぉう、そんな事を言ってたのかい」
……ごめんなさい、お父さん。ゆららはダメな子です。お母さんには内緒だよ、って言われてたのについ話しちゃいました。今度アイスを買ってくるから一緒に食べようね。
あさっての方を見やりながら手をぷらぷらさせるお母さん。まぁいいさ、とわたしの方に向き直ります。
「何にせよ、これでゆららはぐぐっと距離を縮められたわけだ! けれどここで安心しちゃあいけない、手を緩めずにどんどんアプローチしていくよ!」
「うん! ご指導よろしくお願いします、せんせー!」
「ユウちゃん、ちょっとそこに正座なさい?」
「は、はい……」
言われるがままに正座。母さんは静かな瞳でぼくを見下ろします。
「じゃあ改めて訊くわね。これは、何?」
「べ、弁当箱です」
「そうよね。でも、どうしてユウちゃんは空になっていない、ていうか手つかずの弁当箱と一緒に帰ってきちゃったのかしら?」
「……ゆららちゃんがお弁当を作ってきてくれて、一緒に食べ」
「何で!?」
母さんが弁当箱を放り出してぼくと目線を合わせます。
「先生、言ったわよね? あいつらはユウちゃんの心の隙を突いて距離を詰めようとしてくるから、けっして心を許しちゃダメだって!」
「で、でも、ゆららちゃんが頑張って作ってきてくれたのに、それを食べないのは申し訳ないから」
「それよ! それが狙いなのよ! 優しいユウちゃんの罪悪感に付け込みやがったのよあいつらは!」
爪をかりかりかじりながら。母さんは今日も絶好調みたいです。
「あぁ、可哀想なお弁当! ユウちゃんに食べられることを楽しみにしてたはずなのに、こうして一口も食べて貰えないまま帰ってくるだなんて!」
「あの、母さ……せんせー。お言葉ですが」
ぼくはまっすぐに母さんを見据えた。
「その弁当、作ったのぼくだよね?」
母さんはゆっくりと目を逸らす。ぼくはそれに合わせて母さんの正面に回り込む。
「せんせーはぼくが弁当を作ってる間、ずっと寝てたよね? だってせんせー、料理全然できないし」
「……人間、得意不得意はあって当たり前よね」
「いえ、人間じゃなくてサキュバスだよね、せんせーは」
ものごころついた頃から、家の料理は全部父さんが作ってた。最近はぼくもレシピ本とかで料理を覚えて父さんの手伝いをするようになったけど、母さんは未だに卵焼きすら作れないだろう。
「弁当をせんせーが作ったならともかく、ぼくが早起きして作った弁当についてせんせ-があーだこーだ言うのは色々おかしいと思います」
「…………う~~~~、ユウちゃんがイジメる~~~!」
「イジメてないから。それじゃぼく、夕食の買い出しに行ってくるね。何か食べたいもののリクエストはある?」
「あ、じゃあお味噌汁で~。色~んな具が入ってる、ユウちゃん特製のヤツ~」
「はいはい、了解しましたよ」
とりあえず、ゆららちゃんについては誤魔化せた、のかな? 母さんも悪気があって言ってるわけじゃないだろうけど、やっぱりぼくはゆららちゃんともっと仲良くなりたい。
「それじゃ、行ってきます」
「行ってらっしゃ~い」
……そう言えば、明日も作ってきてくれるって言ってたっけ。楽しみだなぁ、特に卵焼きが。
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