過日
津田薪太郎
第1話
国が滅びて、残りしは山河のみ
打ち捨てられた城壁は、草叢のうちに沈む
尖塔に沈む夕陽の残光が、壁の破片を照らし
千年の帝都は、一夜にして原野に帰する
勇士の屍は、朽ちて草木の糧となり
荒城は過日の栄華を今に伝える語り部となる
北方より出し貪欲な戦火は
江を過ぎて南方へと至る
三月の時は幾万を焼き
地は火焔の苦しみに枯れる
栄華の残滓よ永遠に語れよ
無常の理を、我らの矮小なる様を
飢えたる民は天に希い(こいねがい)
病床の老母は地に附して祈りを捧ぐ
祖霊の廟の祭祀は絶えて久しく
天神地祇はなおも答える事なし
名君賢君の説話、今や学ぶに及ばず
ただ明日の一粒の麦を求るのみ
城の燃ゆる火は天の宮殿を焦がし
民の慟哭は地の底さえも目覚めさす
今や都城千里に人影無くして
飢えたる狼の様が貪欲に彷徨う
人倫孝行の情、失われて思い出す日無く
打ち棄てた母の屍を踏んで歩き進む
我、落日の悲哀を語る舌を持たず
貧窮に捧ぐ泪一筋も枯る
聖なる山の頂に奉りし聖帝の廟
帝の骸の眠る聖堂の墓所
一つとて侵されざるは無く
尽く悪鬼と鴉の宮殿とならん
聖山の岩壁は無情に我らを見下ろし
静かなる表情は語る口を持たず
天は残光を以って我に伝えり
地は嵐を持って民に伝えり
まさしく我らの愚鈍なる様
己を嘲笑せるより他に無い哀しみを知る
春風来りて煙波冷ややかに香をもたらし
悪鬼炎熱と叫喚をもたらして都城に入る
栄耀栄華一献の杯の夢
王道楽土一夜にして灰燼に帰する
茜の天空救わんとせる神の声を聞かず
非命のうちに斃るる童の声を聞く
亡国の淵は内海が如く口を開け
救国の光は針の先よりも細し
この後に及び最早何をか為せん
永久の酔眠の内に篭り
夢のうちにこそ死すべきか
或いは悪鬼の牙の錆となるか
何れにせよ喜劇の幕は既に降る
手向けに咲くは野の一輪の花
別離を浮かべるのは野鳥の声
失われた日を思い出さすは家書の束
白頭掻けば更に短く落つるを見るも
尚も全てを簪に通す事叶わず
憾みの詩を誰かに届けんと欲するも
独り吟ずるうちに残光は消えゆく
過日 津田薪太郎 @str0717
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