彼にステータスはありません。
ヘイ
第1話
「申し訳ない。誤って君を殺してしまった。謝って済む問題ではないのかな。けど、考えても見て欲しい。人はいつか死ぬ。それが今日か、明日か、それとも百年後の未来か。それはよくわからないけど、どうせ死ぬなら一緒だよ」
謝るのか、それとも開き直るのか。
どちらかにしろという話ではあるが、この男はきっとそんなことを言えば謝ることを即座にやめるだろうことには理解が及んだ。
「だから、お詫びと言っては何だが転生させてあげよう。君が望み、君が願う。そんな異世界に」
そんなことをして得があるのか。
それでも、その言葉が何処か魅力的に感じてしまったのだ。
「俺は……」
言葉が通じる。
それは分かった。
どんな理屈があってのことか。ただ、日本語が通じる。男にはそれが分かっていた。
文字が読める。
それが日本語であるということに何かしらの違和感を覚えながらも生活をしていた。
モンスターがいる。
「雑魚のスライムなら!」
などと切り込んで行って、死にかけた。魔法も剣もスキルも称号も、この世界にはあるというのに、彼には何も無かった。
剣の振り方などわからない。魔法の使い方なんてさらに分かるわけがない。スキルなど自らのものを認知しておらず、称号の存在などつい最近知ったばかりだ。
スキルオープン。ステータスオープン。
そう空に唱えてみても、何も浮かびはしなかった。
「……何でだよ!」
神はその実、何も与えてはいなかった。
日本語の通じる、日本語の使用される別の世界。そこに男を送り込んだだけだ。
その世界のルールからは男は逸脱しており、その世界の人間が本来持っているべき適正と呼べるものは何一つとしてない。
死ねば死ぬ。戦えば死ぬ。風前の灯がそこにゆらゆら揺らめくだけ。
さらに、雇用は厳しかった。
どんな職業にも信用というものが求められ、男にはこの世界での経歴が何一つとしてなかったのだから。
黒髪、黒目。
それが不吉の象徴などファンタジー世界ではありふれたものだ。
「冒険者……」
命がけの職業である冒険者を務める他ない。身分を求められないのだから、それ以上の職業もない。
この世界の住人ほどの成長は見込めない。そもそもにして弱いモンスターと戦うことさえ、彼に取っては死を覚悟する領域だ。
ステータスが存在しない彼はスライムの体当たりで背骨が折れる可能性がある。最弱の魔物にすら彼は手も足も出ない。
無論、黒髪黒目は軽蔑され、パーティすら組むことができない。
いく先々で不気味がられる。
そんな反応に疲れ、男はゴミの中から大きめのあまり汚れのない布を取り、顔を隠す様に被り始めた。
金がなくては生きていくことすらできない。それはどんな世界でも同じだ。
この世界にはポーションというものがある。無論、ステータスという概念がない彼に、回復効果などそこらの薬局の薬にも劣る。
回復魔法もそもそも、ステータスがないのだから同じく。
「あの、クソ野郎……!」
それに気がつくまで約一週間。
気がついてからは相当に荒れた。何がお詫びだ。地獄に叩き落とされただけだ。普通に生活することすら困難な世界。
一度、街の外に出るという危険を冒しはしたが、今では街の近くでの採取依頼だけを受ける様になるのも仕方がない。
「……くそ、鑑定もないんだぞ!」
小説などにある鑑定も出来ない彼にはそもそも薬草の種類など分かるわけもない。
態々、図鑑を購入するという費用すらも懐に痛く、ひたすらに野草を取るしかない。
「スライム来るなよー……」
採取中に背中に体当たりをかまされては死んでしまう。そんな恐怖と戦いながら、彼は今日も薬草採取のみを続ける。
髪と目を隠す様にボロボロの布を被り、安全な依頼をこなす。そんな彼を街の人々は蔑んでいた。
彼にステータスはありません。 ヘイ @Hei767
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