第6話 異世界にて
昼、リリーはエミリー捜索に協力してもらっていた自警団に彼女が旅立ったことを伝えてくると言って、家を出た。
僕も着いていくと行ったのだが、彼女はそれに応じなかった。
『突然のことばかりで混乱しているでしょうから、休んでいて』
彼女の好意に甘えて、僕は二階の寝ていた部屋に戻った。もう一眠りしようと思った。退屈が、意外と性に合わないらしい。
ベッドに寝転がりながら、僕は今現在の自分の状況を整理してみることにした。
「まあ何よりまずは、ここだよな」
真っ先に考えたのは、この世界のことだった。一昨日の夜、僕は確かに自分のアパートの部屋にいた。夜の記憶は曖昧だが、どうせ翌日の仕事を億劫に思いながらも、寝ようとしていたとかだろう。
ただ、目を覚ました後は、見知らぬ森にいた。本当に、見知らぬ森だ。巨万の木々が立ち並ぶ、そんな森だ。近所にこんな森があった記憶は勿論ない。
加えて、この家。リリーの住むこの家は、どうにもあの世界よりも科学、土木、諸々の技術が発展していないと抱いて仕方がない。まるでタイムスリップしたと錯覚を抱くレベルだ。
となると、間違いないのだろう。
「ここは異世界なんだろうなあ」
未だに半信半疑のところはあるが、そう結論付ける他説明出来ないことが多すぎる。まず間違いないのだろう。
「そうなると、もう仕事行けねえな」
他愛事を考えるほどには仕事に行きたくないと思っていたのに、こうなると少し寂しい気持ちもある。まあ戻りたくない気持ちのほうが強いのだが。
「さて、これからどうするか」
自分の置かれた立場を知ると、僕はこれからどうするかを考えた。といっても、この世界での僕は無一文。ほぼほぼ答えは決まっていた。
「リリーに甘える他、ないんだよなあ」
文化も、人間も、地理も、この世界のことを何も知らないのに、この場を去って、うまく生活出来る自信は僕には更々なかった。そして、飛び出そうという勇気もなかった。
そうなると、運良く見つけたこの環境に甘えることも致し方ない。
「ただなあ……」
リリーは僕を恋人と思っているわけで、その恋人の振りをしてただ飯にありつくというのは、やはり良心が痛む。
「どうしたもんかなあ」
ベッドに寝転がりながら、僕は悩んだ。しかし、妙案は出そうもない。それでも問答を続けていると、強烈な睡魔に襲われた。
気付けば、僕はまた眠りについていた。
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「オリバー、起きて」
「くおっ」
突然の声に、飛び跳ねるように目を覚ました。かすむ視界で状況を確認しようとすると、顔の前に誰かがいるのがわかった。
「もう、こんな時間まで昼寝しているだなんて」
「ああ、リリーか。びっくりさせないでくれよ、もう」
「びっくりしたのはこっちだよ。もう陽も暮れるような時間だよ。どれだけ寝てたの」
え、と言って窓の外を見ると、確かに外は夕暮れで赤く染まっていた。どうやら相当の時間、惰眠に耽っていたようだ。
「ああ、これは申し訳ない」
どうやらリリーはご立腹の様子だ。まあそれも致し方なし、か。ただ飯食らいが家主の留守の間、家の警備をサボってうたた寝していたとあっては。
どうか、本物のオリバーとリリーの関係が悪化しないことだけを祈る。
それにしても、朝ごはんを食べてこんな時間まで惰眠に耽るだなんて、前の世界では考えられなかったな、としみじみと思った。そう、僕はこんな生活を求めていたのだ。……ただのヒモと言って、なんら差し支えないが。
「オリバー?」
「ああごめん。考え事してたら急に眠くなってしまったんだ」
「考え事? どんな?」
まさか、異世界転移したことについて、だなんて言えない。
「ど、どうすれば記憶が戻るかなって」
リリーは一瞬寂しそうな顔をしたが、すぐに微笑んだ。
「それで、何か思いついた?」
「全然。これっぽっちも」
肩をすくめると、リリーは「そう」とだけ呟いた。
「とりあえず今は、君の傍にいたい」
「え?」
「ん?」
ん?
リリーの存在に甘えて、ただ飯を食らいたい、と言ったつもりだったのだが、リリーの反応はどうもおかしかった。なにが悪かったのか考えると、僕はすぐに自分が求婚を求めるような甘ったるい台詞を吐いたことに気がついた。
「ああいや、そういう意味ではないんだ。ただ、記憶のない今の僕では、この街で一人暮らすのも死活問題だなと思って……。それで、君を頼りたいと言いたかったんだ」
頬が熱い。弁明の言葉にも熱がこもった。
リリーの顔は直視出来なかった。どうせ、変態でも見ている目をしていることだろう。
少しして、リリーの笑う声が聞こえた。
「構わないよ、勿論」
そう言ってくれて、僕はホッと胸を撫で下ろした。
「でも、何もしないのは駄目だよ。ちゃんと家事とか、色々なこと、手伝ってほしいな」
「勿論さ」
そんなもの朝飯前だ。……ただ飯が食えないことに、異論はない。微塵も。
「じゃあ早速、夕飯の支度だね」
「ああ、わかった」
夕飯、か。社会人になってからはずっと一人暮らしをしてきたが、仕事が忙しくてまともに自炊をしたことはなかった。果たして僕一人で、リリーを満足させられるご飯を提供出来るだろうか。
夕飯一つに困惑している僕を他所に、リリーは赤い髪を束ね始めた。
「どうして髪を束ねているの?」
「なんでって、一緒に作るからだよ」
手伝ってくれるのか。
呆気に取られていると、リリーに手を引かれた。
「ほら、早く作ろう?」
初めての体験だった。
少女に手を引かれ、一緒に食事を作るのは。
初めての感覚だった。
誰かに自らのぶきっちょな料理を振舞うのは。
苦笑しあい、なじられ、食器を洗いあって。全てが初めての体験だった。
少しだけ、オリバーという男が羨ましく思えた。
こんな健気な少女に、死して尚、未だ想い続けてもらっていて。
そしてやはり、罪悪感もある。
僕がオリバーでないと知った時、彼女は一体僕になんと声をかけるだろうか。
想像するだけで、少し怖かった。
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