ミストラル

大会の会場を出るとすっかり夜になっていた。


観客は岬が出てくるのを待ちわびているらしく伊那守の存在に気づく者はいなかった。ただ1台の車を除いては―――


運転席のドアが開き、女性が降りると後部座席のドアを開き待機する。端正な顔立ちに艶やかな黒髪が印象的で美しさはその所作からも窺える。


「迎えは要らないと言ったはずだが?」


伊那守は声のトーンを下げて言う。


「所長からお話があるとのことです。」

「...霧島が?」

「はい。」


女性は淡々と答える。


伊那守はため息混じりに車へと乗ると女性はドアを閉め、運転席へと戻る。


「雛守、何度も言っているが、いちいち降りてドアを開けなくてもいい。」

「なぜでしょうか?」

「目立つような行動は控えろ。仮にもミストラルの一員などと知られれば―――」


――――――ドォォォンッ!!


まだ言いたいことを言い終わっていないのだが、爆発音がそれを遮る。


「何事だ!?」

「前方2時の方向で移送機と思われる機影が爆発したかと」

「そんなのは見れば分かる!」


雛森は運転をオートにし、キーボードを展開するとカタカタと打ち始める。


「映像出ます。」


そう言うと伊那守の前に映像が表示される。

そこには赤々と燃える炎が暗闇により良く見える。あれでは墜落前にバラバラになるだろう。

もうひとつの映像には墜落予測地点や救急隊などの動き、被害状況などが表示される。

しかし、伊那守は現場の映像に注視する。


「雛森、爆発した場所より7時の方向映像拡大してくれ。」

「了解。」


雛森は指示されたポイントの映像を拡大し鮮明化する。

そこには炎の光とは違う光が点々としているのが解った。


「雛森ッ! トレーラーは?」

「目の前に準備できております。」


映像を消し、窓を開けて伊那守は身を乗り出す。

なにもないところから突然、目の前に壁かと思わせるトレーラーの背面が現れる。

パワーゲートが開き誘導灯が明るく道を示す。


「しっかり座っていてください。舌噛むだけでは済みませんよ。」


伊那守は身体を戻すと、雛森はアクセルペダルを踏み込む。

車体は誘導灯の道筋に合わせて車体を前方のトレーラーのパワーゲートに乗る。

パワーゲートに乗るとローラーが後輪に接触して回転を逃がし停車する。

そしてゲートごと車体はトレーラーの中へ格納された。

二人は車を降り、トレーラーの操縦室に向かった。


「やぁ、二人とも。ようこそ【ミストラル】へ。」


扉が開くと、男が一人マグカップを片手に出迎える。

スーツの上に白衣を着用した男は肘置きにあるコンソールを操作する。

すると、二人の前にいくつかのモニターが表示される。その中には先ほど車で見ていた映像も含まれていた。


「霧島、これは?」


伊那守は映像について尋ねる。


「ん、これかい? キミならすでに解っているだろう? 【BDバーテント・ドール】だよ。あの移送機は無人機のようでね、中から出てきた1体は起動してないのか自由落下中でそれを残りの3体が追いかけてるという状況さ。」


霧島は現状を説明しながらモニターを表示する。


「3体の【BD】が落下中の1体に追い付くまでに約20分。ここで回収できなければ地面に追突して大破間違いなしだろうね〜」

「ここからあのポイントにエンカウントする場合は?」

「うーん、僕の見立てでもギリギリといったところだけど… ねぇ、伊那守クン。一体全体どうするつもりだい?」


霧島の質問に伊那守は振り返りながら答える。


「落下中の【BD】を回収する。」

「どうやってかな?」

「決まっている。【イクシア】を使う。」


その名前を聞いて雛森が驚く。


「あれはまだ試作段階でテストもまだ.........」

「ここで試す。スプレットコンソールも同時にテストする。」

「無茶が過ぎます!」


止めようとする雛森の肩に霧島がそっと手を置く。

感情的になっていた雛森は驚きつつも我に返る。


「データ上では問題なかったけど、うまくいく保証はないよ?」

「お前のデータで問題なかったのなら心配することはない。現場で起きた問題は俺が対処する。」

「そうかい。じゃあコーヒーでも飲んで見てるとするよ。」

「霧島さん。私はサポートに回ります。」

「そうかい? 雛森クンがサポートしてくれれば安心だね〜」


陽気な霧島を含め、各々のポジションに着く。

伊那守は振り返ることなくシュミレーションルームへ向かった。




シュミレータールームと書かれた扉が開くと部屋の中心にはスプレットコンソールが置かれている。戦闘機のコックピットを大きくしたようなデザインで前面はガラスで中の様子が見える。


ハッチが開き伊那守は中のシートに腰掛ける。各種スイッチを立ち上げ起動する。


『あー、あー、テステス〜。聞こえるかね?』


モニターに霧島の姿が映り、手を振りながら話しかけてくる。


「問題ない。」

『こっちも聞こえるから大丈夫そうだね〜』

「【イクシア】の方はどうなっている?」

『雛森クンが最終確認をしているところさ。』


伊那守は【イクシア】との接続のため準備を開始する。


「SCOクリプト正常、レイス制動区間接続、プログラム修正開始。【ΘΨ《シープ》】粒子とのリンク開始。スプレットコンソールとの相互接続、誤差0.026... ハイエントマニューバ起動確認、タスクナンバー08から025までクリア。滞空制御の誤差修正、基幹コンソール、【イクシア】とのリンク待機。」

『【イクシア】の最終確認終了。コントロールを移譲、ユーハブ...』

「アイハブコントロール。【イクシア】、《起動エクリスト》!」


雛森の合図に伊那守が答える。


【イクシア】は起動と同時フレームに光が走る。


飛行機を模した形の【イクシア】は昇降デッキで上昇を開始する。


『発進ハッチ解放、カタパルト接続。各種武装取り付けシークエンス終了。射出方向2度修正、風向および風速想定の範囲内で安定。発進準備完了、いつでも行けます。』

「【イクシア】出撃するっ!!」


伊那守は操縦コンソールを倒すと、【イクシア】の排気口から赤い粒子が放出され、加速を始める。そのスピードは次第に速くなりカタパルトデッキから飛び立った。


『どうだい? 【イクシア】の状況は?』

「シミュレーションデータと大幅な誤差はない。出力面が安定しないがエンカウントまでに修正をしておく。」

「ものの数分でそれができるのはキミだけだろうね。」


伊那守はポイントまでキーボード叩きながら操縦していく。


「メインジェネレイターおよびレイス制動機関に問題はない。と、なれば【ΘΨ】粒子が問題か...」


モニターの粒子循環率を確認するともらっていたデータよりも大きく下回っていた。


(修正してこれでは。動くだけならまだしもそれ以上は...)


伊那守は懸念を抱きながらもポイントに向かう。

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