第一章 繁忙プレパレーション! 第三話

「野田大和の着眼点は悪くなかった。紅白のがいねんとらわれることなく、空族と海族、ヴァイスとシュヴァルツ、せめてざく隊やびやつ団などにめいしようを変えれば、生徒たちの意欲も高まろうというもの……」

 会議の翌日の放課後、校庭で立て看作りの最中、無念そうにそんなことを話す中村君。

「確かに赤白にこだわる意味はないよね。うどんとそば、アナログとデジタル、インスタとツイッター……」

 ベニヤ板にボンド水をりつつ、九十九君が軽口で応じる。

ばつに分かれて戦うの? 体育祭ならツイッター派よりインスタ派が強そうだ、なんとなく」

「スーツと和服、学ランとブレザー、夢女子とじよ、俺様せめと俺様うけ……いかん、これを持ちだしたら血で血を洗う抗争となる……!」

 にぎりしめて、戦慄おののく莉夢ちゃん……そのかいわい、そんなぶつそうなの!?

「──それにしても、野田君はともかく厨君まで応援団長になるなんて、意外だったな。個人主義なイメージだったし、リーダーシップはあっても、自ら進んで集団を率いるタイプには見えなかったから」

 遠くからひびいてくる応援団の練習の声を聞き流しながら、私が言うと、「本当にね」と九十九君がかたをすくめた。


「いくら負けたのがくやしかったにしても、以前の二葉じゃあり得なかった。うすうすそんな気はしてたけど、あいつ、この一年で変わってきたよ」

「そうなんだ……でも、それを言ったら九十九君も、すごく変わったよね」

「そう?」

「うん。会ったばっかのころは、他人を見下して感じ悪くて、正直何この人って思ったけど──」

「……!」

「あ、あくまで初期の印象ね!」

 九十九君がショックもあらわにひくっとほおを引きつらせたので、あわてて言葉をぐ。

「でも、どんどんやさしくなってきたっていうか……元々家族とか身近な人には優しかったんだろうけど、その対象が広がってる感じがする。私の体調の変化にすぐ気づいてくれたり、よく周りのこと見てるなって感心するもん」

 微笑ほほえみながら告げると、九十九君は目を丸くしてから、ふいっと色づいた顔をそむけた。

「オレはそんな善人じゃないよ。……別に、だれにでもってわけでもないし」

「え、何?」

「な、なんでもない」

 ぼそりと付け加えられた声は聞こえづらくて、たずね返したけれどあせったようにされる。んん……?


「ぐっ、ぐおおおおおお……クソ、抜けない……ゼエゼエ」


 うめき声がしてり返ると、中村君が材木にはさまったノコギリを握って、あくせんとうしていた。

「これが伝説の剣エクスカリバーならば、俺がれただけで容易たやすく抜けるのに……」

「あ~、無理するなよ、危なっかしい。ここはオレの力を貸してやろう……ふんっ、ふぬっふぬぬぬぬ……くうーっ……マジでかたいなこれ」

「何かしらののろいかのう……?」

「私もやってみていい? ……んっ、んんっ…………ほんとだ、全然動かない」


 みんなでふんとうしていたところ、アリスちゃんと景野君が小走りにやってきた。

「申し訳ございません、資材の校内の在庫はこちらに出ている分で全部でしたわ」

 先ほど配られた角材の量が足りないみたいだったから、かくにんしてもらっていたのだ。

「すぐに追加を注文しまして、三日後には届くはずなのですが……」

「とりあえず、できるとこまででいいから進めておいてくれるかい?」

「うん、わかった」

「わたくしの発注ミスですわ。ごめんなさい……」

「全然問題ないよ」

 しょんぼりするアリスちゃんの肩をぽんぽんしていたら、向こうから「すみませ~ん」と数人の生徒が近付いてきた。


「ムカデ競走の練習スペース、今日のこの時間は1‐Cが予約してたはずなんですけど、1‐Bと1‐Fも予約したって言ってて」

「練習は同時に二クラスまででしたよね。お待ちください、ただ今確認しますわ……」

 手にしていたファイルをめくり、紙面に目を走らせていたアリスちゃんの顔色が、サッとあおくなる。

「申し訳ございません、ダブルブッキングしていたみたいです」

「えーっ、せっかくメンバーの予定合わせたのに」

「マジか~」

「どうする? ジャンケン?」

「……校舎裏にもスペースはあるから、悪いけどジャンケンに負けたクラスはそこで練習してもらえますか?」

 景野君の提案を受けて、ジャンケンで勝敗を決し、はなれていく生徒たち。


 ──かと思うと、また別の生徒の呼び声が響いた。

「いたいた、生徒会の人! 入場門のことなんだけど……」

「はい、ただ今参りますわ」

 アリスちゃんたち、いそがしそうだな。がんって!


    ☆★☆


 体育祭が近づくにつれて、私たちも他人ひとごとではなくバタバタするようになってきた。

「よし、選手めい簿の入力はかんりよう!」

 作業場となっている会議室のパソコンの前でグッとびをしてから、視線を横に向けると、ヒーロー部員三人は机に向かってたくさんの紙に何かを書き込んでいた。

「そっちは何してるの?」

「『かりそめかいこう』のけいの作成だ」

 眼鏡のブリッジを押さえながら答える中村君。借り人競走のお題作りか。


「なになに、『前世がけん』『マグミル族のまつえい』『せきがん』……ってこんなんどう探せと!? 没だよ全没!」

「なん、だと……!?」

 引いたしゆんかんむでしょとあきれつつ、今度は九十九君が書いたっぽい紙束に手を伸ばす。

「『同じ部活の人』『AB型』『イニシャルがM』『冬生まれ』……この辺はだいじようそうだね」

 安心していたら、莉夢ちゃんがハッと息をのんだ。

「九十九零、そなた……さては借り人競走に選手としてエントリーしておるな?」

「だ、だから何? 別にネタバレしてても、勝敗にはさしてえいきようないでしょ」

 何かやましいことでもあるのか目を泳がせる九十九君に、莉夢ちゃんは頬を紅潮させながら「そうか、そうか」と大きくうなずいた。


「そんなに厨二葉と走りたいのか……!」

「──ちげーよ!!」



「その作業が一段落したら、もう一度立て看作りの手伝いに行ってもらえますか? 制作がおくれ気味みたいなので……」

「わかりました」

 同室でたくさんの書類に目を通していた朝篠宮会長から指示を受けて、四人で校庭へと向かう。

 ちゆうの中庭を通りかかったところで──

「……あれ、あの子……」


 かげでサラサラのちやぱつの男子が、女子数人に囲まれておしゃべりに興じているのをもくげきした。確か一年生の実行委員だよね?

 向こうもこちらに気付いた瞬間、気まずそうに首をすくめ、「さて」と明るい調子で立ち上がった。

きゆうけい終わりっと。ごめん、オレもう行かなきゃ」

 えー、と残念そうな女子たちをあいよくいなすと、私たちにも「おつかれ様です」としやくして、さつそうと立ち去る。

「……さわやかにあいさつしていったけど、明らかにサボってたね」

「まあ、すぐ仕事にもどってくれて良かったよ」


 校庭に行くと、厨君と虎之助君が他二人のメンバーとリレーの練習をしているのが目に入った。

「熱心だね」

 通りすがりに声をけると、厨君が「ああ」と額のあせを手でぬぐいながら頷く。

「あっちのリレーは絶対野田が出てくるだろ。個別のタイムじゃかなわないが、チームなら……ヴィクトリーをつかむのは俺たちだ」

 厨君の目には静かだけど熱いほのおらめいていた。

「そうだ中村、せんの作戦会議したいから、帰りに《SARA》に寄っていこうぜ」

「フッ……了解した」

 お気に入りのケーキ屋さんを提案されて微笑ほほえむ中村君。

「あっ、いいっスね! オレも行きたいっス」

「オーケー松丸、おまえにもかつやくしてもらうからな。それじゃあ、ワンサゲイン!」


 練習に戻っていく彼らと別れ、私たちも立て看制作をしている一角へと足を運ぶ。

「よくぞ来てくれました! 全然人足りなくてさ~」

 先にいた実行委員から、そんな言葉とともにわたされた。

 立て看にはすでに下絵がえがかれており、私たちは指定された色をひたすらペンキでればいいらしい。


 白組は、どうもうひとみを光らせる銀色のおおかみの絵。

 狼の周囲には黒のこうそく具っぽいひもはじけ飛ぶようにびようしやされていた。

「なるほど、フェンリルか……悪くないせんたくだ。厨二葉の指示にそうない。フェンリルはほくおう神話最強のじゆうの一角だからな」

「〈神々の黄昏ラグナロク〉において、ひもグレイプニルの拘束を解き放ち最高神オーディンを食い殺したというろうじゃな。じやしんロキの子だったか……」

「ロキはいいよね。こうかつで気まぐれなトリックスター……その名の意味は『終わらせる者』」

 色を塗りながらとしてそんなおしゃべりをする中村君、莉夢ちゃん、九十九君……北欧神話、私は全然知らないけど、ちゆうびようかんじやの大好物っぽいのはわかる。

 狼の絵の上には、ビシッとスローガンがレタリングされていた。


〈SHOW THE SPIRIT〉


 たましいを見せろ、か。

「このスローガンも絶対二葉が考えたな……」

「うん、それっぽい」


 一方の赤組は、火の粉を散らした不死鳥の絵。

 こちらも白組同様、美術部と思われる絵心のある人たちが実力を発揮していて、色が付けばゆうそうはなやかなものになりそうだったけど、スローガンは何も書かれていなかった。

 余白があるから、ここに入るんだろうけど、まだ決まってないのかな?



「──お疲れ! すげー、カッコよくなりそうだな!」

 とりあえず背景は全部終わって、あと一息かな……とずっとかがんでいた体を起こしていきらしたところで、おみの明るい声が耳に飛び込んでくる。

 見ると野田君が、きよだいな筆をかかえてすぐそばまで来ていた。

「野田君、何、その筆?」

「スローガンを書くためのアイテムだ」

「え、赤の文字は野田が書くの?」

 目をみはった九十九君に、「おう!」とガッツポーズでこたえる野田君。

「赤組のみんなに届くよう気合を込めるから、おれに書かせてくれってたのんだんだ」

「そうだったんだ……でも、筆ってことは、一発勝負?」

「しくじって台無しにするとか、かんべんしてくれよ?」

「任せとけ!」


 不安になる私たちに頼もしくそうけ合うと、野田君はバケツに黒ペンキを流し込み、巨大筆をっ込む。

「おれのモヂカラ見せてやる……一筆奏上!」

 そんななぞの掛け声を上げてから、ダイナミックに文字を書きなぐった。


えんばんじよう! れんちかい!!〉


「どうだ!?」

「おお~、はくりよくあるね!」

「ふむ……燃え盛る炎の蜃気楼ミラージユが立ち上るかのようだ」

 たんせいではないけれど、勢いがあって力強い、味のある文字だ。

 そういえば去年の体育祭のスローガンも、野田君が書いたって言ってたっけ。

「野田がこんな漢字を知ってるなんて意外だけど」

「智樹と色々調べて考えたんだ」

 へへん、と野田君が胸を張った時、「大和ー」と高嶋君の呼び声がひびいた。


おうえん団のメンバー、そろったぞ~」

「わかった、なるべく急ぐ!」

「筆、そのままでいいよ。洗っておくから」

「ありがとうピンク、頼んだ!」

 ダーッとけ出したと思いきや、忘れ物でもしたのか、ちゆうでくるりとこちらをり返る野田君。


「体育祭、楽しみだなー!」


 ……なぜさけぶ……。

 響き渡る声と集まる注目に、顔が熱くなるのを感じながらも、ウキウキがあふれてかがやくような彼のがおに、私のほおも自然とほころんだ。

「そうだね」


 せわしなく去っていく後ろ姿を見送ってから、グッとびをして、再び立て看に向き直る。

 ──さて、もうひとがんりしましょうか!

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