第一章 繁忙プレパレーション! 第二話

「──それでは、第一回体育祭実行委員会を始めます。実行委員長はわたくし、生徒会長のあさしのみや葵が務めさせていただきます」

 黒板の前の司会席でくろかみストレートロングのおじようさま然とした美女がしやくをすると、そのとなりに座っていた中性的なれいじんが後に続く。

「副委員長の、たからづかよしです。今日はたんなく意見をわし合えたらと思ってるから、よろしくね」

 ちようぜんとしたオーラをまとう会長とは対照的に、親しみやすい空気をかもしながら、一同を見回す副会長。いいバランスだなと思うし、いつ見てもここの並びは目の保養……。


 皆神高校では、体育祭と文化祭は生徒会しつこうもとでそれぞれの実行委員が活動する。

 会長の右隣には書記のアリスちゃん、副会長の左隣には会計の景野君。ヒーロー部は会議室でロの字形に並んだ机の、黒板を前にして左奥の辺りにじんっている。

 ちなみに、初回の会議には応援団の団長副団長も参加するらしく、野田君たちもすぐそばに座っていた。つまり、全員参加だね。


「まずは競技について決めようと思います。用具の準備やタイムキープの観点から、基本的には昨年と同じにして、希望があればてき入れえる形を想定していますが──昨年は種目名が個性的だったようですね」

 参考資料として配られた去年のプログラムには、『ねつとう! 百メートル走』やら『ぶっちぎれ! つなき合戦』などの種目が並んでいた。

「おれが考えたやつだ」と野田君が小声でこぼす。

「その件だが、俺から提案がある」

 不意に私の隣の席からすっと挙手したのは、おみの黒髪眼鏡男子。

「中村君、なんですか?」

「去年とまったく同じでは芸がないからな……新たに考案してみたのだ。これが、そのリストだ」

 そんな言葉とともに配られたプリントを見ると、『胎動プロローグ ~風立ちぬ、いざ生きめやも』から始まって『終幕フアンフアーレ ~そして伝説へ……』で終わるまで、なぞのキャッチフレーズがずらりと書き連ねられていた。


「風立ちぬ……ポール・ヴァレリーですか? これは、いったい何の文書なんですか?」

「体育祭の開会式から閉会式までを、詩的に表現し直した進行表プログラムだ」

 フッ、と誇らし気に説明する中村君。……種目名を全部ちゆうっぽくしたんだね。

 昼にらいを受けたばかりなのにこの仕事の速さ、おどろくべき有能ぶりだけど、出来上がったものはどうしようもなくおバカそのものだ。


「『情動パルス ~せんこうはしりて』というのは?」

「百メートル走」

「『宿縁ウロボロス ~ヘラクレスの試練、そしてかりそめかいこう』は?」

「障害物競走と借り物競走」

「『饗宴ワルプルギス ~もつささげよ、みんども』『生贄サクリフアイス ~は聖者の肉体』『誓約レゾンデートル ~この手は離さない』」

「玉入れ、パン食い競走、綱引き」

「レゾンデートル……! 〈存在理由〉を意味するこの用語をあえて〈せいやく〉にルビるとは、なかなかこころにくいではないか、竜翔院凍牙」

「わかるか、莉々夢=シュテルリーベ=ナイトメサイヤ」

 ガタッと興奮したように立ち上がった莉夢ちゃんと、ガシッとうれしそうにあくしゆする中村君。

 直後、「きやつです」とようしやない会長の声が響いた。

「なん、だと……!?」

「何の競技かわからないので、プログラムの意味を成しません」


 あまりにも真っ当な理由で切り捨てると、「さて」と朝篠宮会長は何事もなかったかのように一同を見回した。

「昨年、別の高校の体育祭でですが、借り物競走の際に借りたものが破損するトラブルが発生したという報告がありました。同様のトラブルをけるため、今年は借り物競走は中止にしようと思うのですが、いかがでしょうか?」

 ざわ、と会議室内がれる。

 借り物競走……結構盛り上がる競技だから、なくなっちゃうのは残念だけど……。


めつにないリスクをおそれて、あれもこれも禁止にする事なかれ主義にはへきえきするね」

 はあっとため息交じりに、そんな発言をしたのは九十九君。ちょっと、言い方……!

 ちようはつ的な態度に、朝篠宮会長がすっと目を細める。

「リスクがある以上、対策なしに続行するわけにはいきません」

「リスクがない競技なんてないでしょ。走れば転んでをするかもしれない、ねつちゆうしようになるかもしれない……」

くつはやめてください」

「じゃあ、こういうのはどう? 『借り物』じゃなくて、条件に合う人を連れてくる『借り人』競走にする。去年もそういうお題はあったけど、今年は人限定にするんだ」

 ……なるほど、それはありかも!

「確かに、連れて行くのが人なら、ふんしつや破損の危険はありませんね」

 朝篠宮会長はけんに寄せていたしわを解き、周りの生徒たちも好反応のようだった。

「今年は借り人競走にへんこうする、という案が出ましたが、どうですか? ほかに何か意見があればどうぞ」

 宝塚副会長の問いかけに、「ありませーん」「賛成~」という声が飛びい、特に反対意見はなさそうだったので、今年は借り人競走をすることに決まった。

 ニヤリ、と笑みを浮かべる九十九君。ちゃんとアイディアがあるなら、あんな突っかかるような言い方せずに最初から提案すればいいのに……ハラハラするなあ。


「競技について、他に意見はありませんか?」

「はい」と挙手をしたのは黒板係をやっていたアリスちゃん。

「毎年『マスゲーム』は不評なので、はいにして何か別の種目に変更してはどうかと思いますわ」

 たんに、「あ~」という共感の空気が満ちる。

 だいたい運動ができなかったり、走りたくない子たちが集まって行われる組体操のようなものなのだけど、やる側も見る側も別に楽しくないだれとく種目だったので、わかりみが深かった。


「生徒全員が、何かしら参加する機会を設けるための種目だったと思いますが……」

「全員参加種目なら大玉送りがあるし、なんでも無理に参加させる必要ないよなあ」

「マスゲームって練習がめんどうだから運動ぎらいにも不評で、希望者がいなくてじゃんけんで負けた人がやってるイメージだよね」

「集団演技わくが欲しいなら、おうえん合戦でグレートなショーをろうするぜ」

 高嶋君、九十九君、厨君の発言に、他の実行委員もうんうんとうなずき、多数決でマスゲームは廃止された。


「それでは、マスゲームの代わりの種目を何にするかですが……」

「二人羽織はどうじゃ!?」

 鼻息あらくそんな提案をしたのは、莉夢ちゃん。運動会で二人羽織!?

「それは競技として成り立つのですか?」

「うむ、最初はにんさんきやくで走っていき、ちゆうに二人羽織ポイントを作る。そこでそばを食べるなどして、食べ終わったら手をつなぐなりおひめさまっこするなりしてゴールに向かうといった算段じゃ。男女でやるといかがわしいことになるかもしれぬので、ペアは同性限定じゃ!」

 同性限定、のところだけやけに力を込めて説明したぞ……むしろいかがわしいことしか考えてないでしょ、絶対!

「食品をあつかうのは衛生的な観点から難しいですね。つうの二人三脚ならすでに存在しますし、あえて要素を加える必要は感じません。──他にはありませんか?」

「はい、コスプレ競走!」

 今度は高嶋君だ。

「具体的に何をするんですか?」

「最初は普通の競走で、途中にこう室としようが用意されてるんだ。で、そこで急いで変身してからゴールへ向かう! 会場のテンションはガン上がりだぜ!」

「体育祭はものではありません。──他にはありませんか?」

「はい!」

 続いては虎之助君。

「トマト祭り! どっかの国であるらしいぜ。トマトをひたすらぶつけ合うんだ。参加者はみんな真っ赤に染まって、まるでド派手なこうそう達磨だるまになったみてえに──」

「却下」

 ヒーロー部、とうの勢いでぎよくさい……。


 その後しばらく意見をつのったのだけど、なかなかピンとくるアイディアは出なかった。

「そちらの一年生は何かありませんか?」

 会議室を見回した朝篠宮会長が、ずっと静かだった右側の長机のグループに話を振る。

 数人の生徒たちがこんわくしたように顔を見合わせる中、あかけたふんのサラサラのちやぱつの男子生徒が「それじゃあ……」と口を開いた。

「スウェーデンリレーはどうですか?」

「スウェーデンリレー……」

 ってなんだろう?

「走者にバトンを繋ぐごとにきよが長くなっていくリレーだよね。第一走者が百メートル、第二走者が二百メートル、第三走者が三百メートル、第四走者が四百メートルだったかな」

 首をかしげる生徒たちに説明するように宝塚副会長が補足すると、茶髪の一年生は頷いた。

「はい。オレの中学でやってましたけど、注目度の高い種目でした」

「いいかもしれませんね。他に何かよい案がなければ、こちらで一度決を採りたいと思います」


 新種目は賛成多数でスウェーデンリレーに決定した。

「他に何か、変更したい種目などはありますか?」

「はい!」と勢いよく手を挙げたのは野田君。

「玉入れだけど、かごを移動式にするのはどうだ?」

「移動式……というと?」

「籠を相手のチームの誰かが背負ってげるんだ。きっと普通の玉入れよりも盛り上がるぞ!」

 おもしろそう、という声があちこちから上がり、これも採用された。

 おお、野田君なのにわりとまともな発想でビックリ……!


「それから、競技についてじゃなく体育祭全体についての提案がもう一つあるんだが……」

「なんですか、野田君?」

「いつも赤組と白組に分かれているが、今年はパワーアップさせて光組とやみ組に──」

きやつします」

 うん、いつもの野田君だ。

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