厨病激発ボーイ 青春症候群

第一章 魔王?襲来 第一話

 すがすがしく晴れわたった四月の朝。

 今日から高校二年生に進級する私、ひじりみずは、辺りに広がるあざやかな春の気配に自然と足取りをはずませながら、久々の通学路を歩いていた。

 ぽかぽかと暖かい日差しに、だんや家の庭先にき乱れる色とりどりの花々……そんなのどかな光景を切りくように、不意にみみざわりなスキール音が鳴りひびく。

 ──キイイイーーッ!

 何事かと目を向ければ、道路に飛び出したねこに向かって、一台の乗用車がっ込んでいくところだった。


 危ない……!


 とっさに「能力」を解放し、車は子猫をくギリギリ手前で、停止した。

 子猫はサッと歩道に移動し、そのままどこかへげていく。

 車も、ほどなくして何事もなかったかのように、走り去っていった。


 はあーっと思わず、深いため息がれる。

 聖瑞姫、十六歳。くろかみのセミロング。身長一六○センチ。体型はつう

 山羊やぎのAB型で、しゆは読書とネット、音楽かんしようにジグソーパズルという、きつすいのインドア派。

 好きな色は水色。好きな花はじんちよう。好きな言葉は「へいおん」──なんだけど、おだやかならぬこんな能力を持っている。このことは、だれにも秘密。

 一時期は、自分が異質であることに傷ついてなやんだりもしたけれど、去年転校してきた今の高校で、居場所を見つけた。

 どんなにこばんでも私を「仲間」だと言ってくれた、ある男子たちと出会ったおかげで……。


 色々あったけど、またこの学校に通い続けられることになって、本当によかった。

 チラチラとピンクの花弁がう桜並木の道を歩きながら、胸に温かいものがともるのを感じていたその時──

「しゅっしゅっしゅっしゅっしゅっ……てやぁー!」

 そんな声を漏らしながら、歩道わきで舞い散る桜の花弁を相手にボクシングをするみようふうていの男子にそうぐうした。

 背中部分に「来たれ! ヒーロー部」というダイナミックな文字が書かれたダンボールの、上部から頭を、左右からりよううでを出しているがらなその少年は、頭には赤白のウルトラぼうかぶり、通り過ぎていく生徒たちからの目を向けられてもものともせず、しんけんそのものの表情で花弁相手に戦っている。

 彼こそ、私に居場所を作ってくれた立役者なんだけど……どうしよう、ちょっと仲間と思われたくない……。わずかにためらっていたところ、ふと彼がこちらに気付き、その可愛かわいらしい顔がパッと明るくかがやいた。


「ピンク! おはよう」


 響き渡った声に、ピンク……? と不思議そうな顔でこちらに注目してくる生徒たちは、まだ彼の言動に不慣れな新入生だろうか。

 私はしゆうほおにかすかな熱が灯るのを感じながらも、がおけ寄ってくるその男子──大和やまとに、「おはよう」とあいさつを返す。

「野田君、そのかつこうは……?」

「おれたちもいよいよ二年生、決戦の日が刻々とせまっているからな! トレーニングがてらランニングしてきたんだが、ついでに部活の宣伝もしようと思いついたんだ。ちょっとロボットみたいでかっけーだろ!」

 額や首筋に玉のようなあせかべて、カラッと笑う。

 ダンボールの前面には、「I am a HELO」と書いてあった。またつづちがってる……。


 ヒーローにあこがれる野田君は、いつかおとずれる地球の危機を救うため、毎日欠かさず自主トレや必殺わざの開発にはげちゆう病男子だ。ズバ抜けた運動神経を持っているのだけど、彼はそれ以外にも自分が特撮やアニメのキャラのような不思議な力を使えると信じきっていた。

 私たちが通っているみなかみ高校で伝説の戦士が集まると思い込み、『ヒーロー部』なんてなぞの部活まで立ち上げてしまったのだから、その行動力ははんない。

 野田君はレッドをしようし、私のことは初対面からピンクと呼んでいた。

 もちろん、私が「能力」をもっていることは話していないんだけど、私が時期外れの転校生だったことや初対面の時にものもらいで眼帯をつけていたこと、厨二っぽい名前をしていることなどから、仲間にんていされたようだ。

 最初はていこうのあったあだ名だけど、いくらきよぜつしてもしつこく呼んでくるので、私もあきらめて受け入れた……それでも、大勢の前で呼ばれると、やっぱりずかしいんだけど。


「あんまりのんびりしてるとこくするぜ」

 チリンチリン、とベルが聞こえてり返ると、自転車のサドルにまたがったやたらと見目がいいきんぱつ男子がすうーっと近づいてきた。

「おお。おはよう、イエロー!」

里桜りおをあんまりイライラさせんなよ。あいつ、責任感強すぎるから、遅刻者が多いとマジでへこむんだよ……」

「ごめん、里桜って誰?」

「あれ、まだしようかいしてなかったっけ? 『アイライブ! オーシャン』の新一年生、風紀委員のうえ里桜!」


 としてスマホゲームを起動して、画面に現れた美少女キャラを見せてきた彼の名は、たかしまともはなやかでたんせいな顔立ち、すらりと均整の取れたモデル体型というせっかくの容姿にめぐまれながらも、二次元の美少女たちを自分の彼女だと思い込み、日々もうそうに花を咲かせる重度のオタクだ。ヒーロー部のイエロー。


「ところで聖、セーラー服やめたのか?」

「うん、あれは転校前の制服だったしね」

 進級を機にリニューアルした私の新しい制服風ファッションを見て、「いいじゃん」と微笑ほほえむ高嶋君は、今このしゆんかんだけ切り取れば文句なしのイケメンなんだけど……。


空良そらちゃんもこの春からかみがたをマイナーチェンジしたんだぜ! ほらほら見ろよ、はい可愛い~~どうしたって可愛い~~空良ちゃん天使過ぎてしんどい無理……!」


 待ち受けにした『よめキャラ』のイラストを見つめながら、こわれたテンションでハアハアと息を乱す高嶋君は、文句なしにキモかった。



 色々と残念な男子二人とともに校門をけ、校舎へと向かっていくと、しようこう口の前にたくさんの生徒たちがまっていた。

 けいばんり出された新クラスのめい簿を見ているようだ。(ちなみにうちの高校は進学校だが、三年間文理によるクラス分けは行わず、代わりに二年生からそれぞれの志望に合わせてしゆう科目を選んで授業を受けることになっている。)

 えーと、私は……2‐Cだ。野田君と高嶋君も去年と同じC組みたい。

 ほかには……と紙面に目を走らせていたら、とつぜん、おみの男子の大声が耳に飛び込んできた。


「うがああああっ、しずまれ、ギルディバラン……!」


 まるで暴れ回るように動くみぎうでを左手で押さえながらさけぶ、学ランを着た眼鏡男子は、もちろんこの人──なかむらかずひろ。別名「りゆうしよういんとう」を名乗り、右腕に暗黒神を宿したこうの黒だの、天使とあくのハーフだのといった様々な自分設定にひたりきる、成績は学年トップながら痛さもぶっちぎりでトップのヒーロー部のブラックだ。

 ことあるごとにのろわれた右腕の暴走とともに叫び声をあげるので、新入生はともかく二、三年生は(またか……)ともはや無反応なのだが、ゆいいつ野田君だけが顔色を変え、「だいじようか、ブラック!」と彼のそばに駆けつけた。


「野田……大和か。俺はブラックではない……竜翔院、凍牙だ……クッ!」

「苦しいのか、ブラック!」

 野田君も、わりとごうじようだよね。

「おれに何かできることはあるか!?」

「フッ……俺は借りを作らない主義だが……今日ばかりは仕方、あるまい。貴様の光の力とやらを、俺に貸せ……!」

「よし、任せろ! はあああああああ!」

 中村君の右腕の周りに両手をかざし、気合いを込めてたけびをあげる野田君。

「ぐおおおおーー!」

「きええええーー!」

 生き物のように動く右腕を必死にせいぎよするような仕草を見せる中村君と、全身ぜんれいで見えないパワーを注ぎ続ける野田君。

 やがて、ふっと眼鏡男子がちからきたようにくずれ落ち、あわてて野田君がその細身の体を支える。

「ブラック! しっかりしろ、ブラック!」

「ハアハア……なんとか、危機はだつしたようだ……礼を言うぞ、野田大和」

みずくさいぜ、ブラック。仲間だろ!」

「フン……だが俺は、竜翔院凍牙だ……」

 息を乱し、あせぬぐいながら笑い合う二人。

 えーと、本日のしばはとりあえず一件落着かな?


「ほんとあいつら、進歩がないよね」

「人のこと言えんのか?」

 ため息交じりの皮肉っぽい声と、ややハスキーな低音美声が聞こえて横を見上げると、見知った長身の男子二人がすぐ近くにきていた。

 ブラックコーヒーのかんを片手に、大げさにかたをすくめるばつな服装のあかがみ男子が九十九つくもれい。何事もしやに構えては、すべてを見通したような態度をとり、あえてマニアックなものを好むことで「人とはちがう自分」を演出したがる彼も、ある意味古式ゆかしいちゆう病。ヒーロー部のパープル。

 そのとなりで、ギターケースを肩にかついだどこか気だるげなオリーブ色の髪の男子がみくりやふた。なんでもできる美形エリートだけど、俺様なナルシストで【†せつ †】というアレなハンドルネームで歌い手として活動する、これまた非常に残念なイケメン。ヒーロー部のグリーン。


「おはよう、九十九君、厨君」

「おはよう、聖サン、ついでに高嶋。──同じクラスだね」

 そう、今年は九十九君も同じ2‐Cになったのだ。他にはアリスちゃんとかげ君もいつしよ

「うん。これからは教室でも、よろしくね」

「なんだよ『ついで』って。でも、よかったな~、九十九」

「念願の同クラだな」

「っ……ハア?」

 ニヤニヤしながら肩と背中をたたいてくる高嶋君と厨君に、ややあせった様子で顔をしかめてみせる九十九君。そうか、去年は一人、別のクラスだったもんね……中村君もだけど。

「一緒になれて、よかったね」

「……!」

 思わずほおをゆるめてそう言うと、九十九君は絶句してから、視線をらして「……まあね」とつぶやいた。そんなに照れることないのに……九十九君って、本当にあまのじやくだよね。

「……これ、気付いてないんだよな、聖……」

「だろうな……てか、高嶋は気付いてたんだ?」

「そりゃ見てたらわかるだろ。大和と竜翔院はどうか知らないけど」

「何話してるの?」

「気にするな。そーいえば厨は何組?」

「2‐A。中村と一緒だな」

 しようしながらボソボソとささやき合っていた高嶋君と厨君は、私がたずねるとしれっとした様子であからさまに話題をそらしてしまった。

 なんなんだ……と首をかしげていたら、「パープル、グリーン、きたか!」と野田君のはずんだ声がひびいた。


「これでヒーロー部全員集合だな。新ステージでも地球の平和のため、全力で戦い抜こうぜ!」


 野田君、お願いだからもう少しボリュームを落として……!

 新入生がめっちゃ見てるよ~。


☆★☆


 うちの学校では本校舎の四階が一年生、三階が二年生、二階が三年生の教室というように若いほど階段を上らされる仕組みになっている。四階ってけっこうしんどかったので、進級してよかった、と一番思えるのは、この点かもしれない。

 ちょっと学内でのステイタスが上がった感じ……教室の階層は下がってるんだけど。


「瑞姫ちゃん。一緒ですわね」

 2‐Cの教室に入ると、つややかなくりいろの髪をサイドテールにしたみどりひとみの美少女、西さいおんアリスちゃんが満開の桜のようながおむかえてくれた。

「うん、うれしい。これからもよろしくね」

「こちらこそ。野田君、九十九君……た、高嶋君も一緒なんて、予想外でしたわ。どうかクラスメートにめいわくをかけるようなことはしないでくださいませね!」

 私に向けていた笑顔から一転して、こわばった表情でそんなことを言ってしまうアリスちゃん……なんの因果か好きになってしまった高嶋君を前にすると、ツンツンしてしまうのは相変わらずみたいだ。

「そんなこと言ってこの人、クラス発表見た時は大喜びしてたよ」

 あきれたような口調で会話に入ってきたのは、近くの席に座っていた景野君。

 アリスちゃんと一緒に生徒会に所属している、ブラコンの眼鏡男子だ。

「景野! そ、それは貴方あなたちがいですわ!」

「あと西園寺さんって去年の前半休みがちだったせいか同学年ではわりとぼっちだから、仲良くしてあげて」

「貴方に言われたくありません!」

 景野君、いつのまにかかぶってたねこがすっかりがれてるみたい。でも、こっちの方がしっくりくる感じだし、なんだかんだで二人とも仲良さそうだ。

「……まー、せっかく同じクラスになったんだし、二人ともよろしくな。つーわけで景野、『アイライブ!』やってみないか?」

 高嶋君、布教にはげんでる場合じゃないかもよ? ぼやぼやしてるとアリスちゃんとられちゃうかも……って、高嶋君の本心はなぞなんだけど。


 ほどなくして始業のチャイムが鳴って、みんなあわてて指定の席に着いた。

 ガラリととびらが開き、白衣を着た教師が教室に入ってくる。

 初めて見る、若い先生だ。新任かな?

 サラサラのうすちやの髪、なめらかな白いはだなど全体的に色素がうすい感じで、体型はかなり細身。

 派手さはないが知的な印象をあたえる整ったおもちの、塩顔のイケメンだ。


「初めまして。この2‐Cの担任をすることになった、ゆきそうです」


 りよ深そうな瞳でクラスを見回しながらおだやかな口調でそう告げてから、黒板に大きく名前を書く。へえ……みように雪ってれい

「今年の三月に大学を卒業したばかりの新任ですが、みなさんと一緒に、僕も成長していけたらと思ってます。実は、この皆神高校の卒業生なんですよ……だからOBとして、皆さんと近い目線で考えることもできると思うので、困ったことなどがあればなんでも相談してもらえると嬉しいです」

 人当たりのいい、やわらかな笑顔で話す様子を見て、よかった、いい先生に当たったかも……とホッとした。

「担当は物理ですので、理系志望の人たちは授業も一緒になりますね。──それでは、今から出欠をとるので、今日はしようかいもかねて、呼ばれたら立ち上がって返事をしてください。そして一年生の時のクラスと、部活の名前だけ、言ってもらうことにしましょう」

 あ、くわしい自己紹介はしなくていいんだ。それは助かる……!


 出席番号順に名前が読み上げられていって、高嶋君も九十九君も野田君も、特に問題を起こすことなくあいさつを終える。

「──聖瑞姫さん」

「はい。去年は1‐Cでした。部活はヒーロー部と園芸部に入っています。よろしくお願いします」

 教室をサッと見回しながらそう言って、先生の方に視線をもどしたところで、ヒヤッと冷たいものが背筋をはしった。

 それまでやさしげになごんでいた名雪先生の瞳が、いつしゆんだけ、するどい光をもって私を見つめていたように思えたからだ。

 まるで、みするような、れいてつまなし──。

 けれど、え、と思った時にはもう、そんな気配はどこにもなくて、先生はおんな笑みをたたえていた。

「ありがとうございます。次──」

 何、今の……気のせい、かな……?



 昼休み。出席番号順で野田君と私が前後ろの席だったので、高嶋君や九十九君、アリスちゃんに景野君の四人も私たちの周りにきて、いつしよに昼食をった。

「昨日が入学式だったんだよね。生徒会役員は出席したんだろう? 見どころのありそうな一年生はいたかい?」

 九十九君の質問に、「見どころ……?」とアリスちゃんが小首を傾げる。

「なんでもいいよ。何かやらかしたとか、目立ってたとか……」

「そういうことでしたら、一番目立っていたのはドレスを着ていた子ですわね」

 ドレス!?

「ゴスロリってやつだね。しかもぎんぱつ

 景野君のあいづちに、さらおどろく。それは目立つな。

「思わず名前調べちゃったよ。『きのした』っていうらしい」

「へえ……ゴスロリ、いいよな。どっちかっつーと俺はメイド服のがいいけど。空良ちゃんのメイド服回はもうもう可愛かわいいの暴力で、俺の心に永久禁固けいだぜ……」


「それにしても、おれたちもいよいよせんぱいになるんだと思うとかんがい深いな」

 焼きそばパンにかぶりつきながら、野田君が言う。

 彼は下手したらまだ小学生って言っても通用しそうだもんね……確かに不思議な感じだ。

「末永い平和をするには、次世代のヒーローも育てる必要がある。これからは、こうはいを導いてやれる力もみがかなきゃな!」

「え、ヒーロー部ってオレたちの代で終わりじゃないの?」

「そんなわけないだろう! おれたちはいしずえに過ぎない。ヒーロー部の伝統は未来へつながり、その光のきずなは全国、そして世界の高校へ──やがて、正義の心が地球を一つにするんだ!」

 どんだけそうだいなんだ!

「そのためにもまず、ヒーロー候補生となる新入部員をたくさん呼び込もう。今日の放課後は新たなミッションに向けて作戦会議をするぜ!」

 立ち上がり、の上に片足を乗せて熱く語る野田君。

 張り切ってるなあ……。

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