3-写生会

「自由と言われてもね~」


 何を描けばいいんだか。そう続けて私はため息をついた。開会式の後で渡された画板は使い古しで、所々にマジックペンで落書きがしてあった。


「まあ、気楽に描けばいいんじゃねえの。

 期限は1週間あるわけだし」


 藤堂は呑気に言った。

 確かに期限はあるが、そう言った問題ではない。何度も来れるわけではないところが問題なのだ。

 そして藤堂よ、朝から疑問だったのだが。


「って言うか、藤堂。朝から思ってたんだけど、何で描くつもり?」


 見たところ録に画材を持っていそうにない。私は鉛筆画が好きだから、鉛筆を一式揃えて持ってきたが。まさかお前……。


「鉛筆だけど?」


「鉛筆画、やったことある?」


 きごちなく問うと、藤堂は曇りのない眼で答えた。


「いや、全然!!」


 それなら小学校の時にやった水彩画の方がまだやりやすいのではないか。そんな風に思ってしまったが、それは飲み込む。


「じゃあ、一緒にやろっか」




 どんな動物が好きかと聞くとアルパカと言われたので、私たちはアルパカコーナーを訪れていた。親子連れが目立つ、緑色と白とが入り交じった区画。

 藤堂は早速絵などそっちのけで餌やりをしていた。コイツは動物が絡むと少々目的を見失うきらいがある。……だからこそ、動物園に来れて良かったようにも思えるわけだが。


「立花ー、めちゃくちゃモフい」


 童子が如く目をキラキラと輝かせて藤堂はぱやぱやとアルパカの頭を弾いていた。早速モフいなどという新たな形容詞を生み出している。

 ……誘った目的はもしや動物か。


「俺は一生アルパカと暮らしてもいい」


 楽しそうにする藤堂を見て、思わずインスタントカメラを構えた。『パシャリ』と音がして、口から写真が出てくる。

 音で気がついたのか、藤堂はこちらを向いていた。


「記念写真?」


 そう訪ねると答えを待たずに顔をこちらに向けてピースをする。もちろんアルパカと横並びで。

 私は迷わずボタンを押した。『パシャリ』

 写真が出てきて、藤堂は「どうだった?」なんて言いながら覗き込んでくる。

 アルパカと笑う藤堂の顔が写っている。ブレテもないし、半目でもない。悪くない写真だと思った。


「なかなかでしょ?」


 笑いながら訪ねてみると、藤堂は「そうだな」なんて言いながら私の隣に寄ってきた。そして私の手ごとインスタントカメラを持ち上げる。


「じゃあ今度は2人で」


 咄嗟のことに対応しきれないでいると、藤堂は「ほら、立花もピース」と急かしてくる。とりあえずピースを作ると


「ハイ、チーズ」


 とお決まりの台詞を言って写真を撮った。

 余談だがこの『ハイ、チーズ』は、『羊が1匹』と同じく英語でないと意味がないらしい。


「写真すぐ見れていいね、コレ」


 藤堂は今度はまた別のところに感動していた。絵を描く気はあるのか。……でも、今日はデートだしな。

 こういうのも、いいのかも。


「ねえー、立花?」


 藤堂はまたアルパカと戯れながら言う。


「その写真さ、絵に描いてみたら」


 心臓が小さく跳ねた。


「えっ?」


 思わず聞き返す。不自然なくらい高い声で。


「これを?描く?」


「うん」


 藤堂は私の方に目を向けようとはしない。ずっとアルパカを見ている。怪しい程に。


「いや、でもだってさ。動物園の写生会だもん。人間がメインになってるのはマズイでしょ」


 頑張って考えた言い訳を声にする。


「そっか。残念」


 まだアルパカを向いたままの藤堂に、違和感を覚えた。何かが確かにおかしい。でも、それがなんなのかは分からない。




「「ごちそうさまでした」」


 私と藤堂は同時に手を合わせた。

 大まかに描けたところで動物たちの写真を撮り、動物園内のフードコートでお昼を取ることにした。後は自宅製作。

 藤堂はラーメンとソフトクリーム、私はカレー。私はこんな日にソフトクリームを食べようなんて気はとうとう起こらなかったが、藤堂は別だった。なぜこうも男子というものはこんなに食べれるのか。生命の神秘。

 トレーを片し、次はどこに行くか決める。


「遊園地もあるみたいだけど、そこ行く?」


 地図を見ながら藤堂が提案する。

 地図の右下に『ちびっこランド』なるものがあった。観覧車、メリーゴーランド、ミニゴーカートなどがあるのがイラストから伺える。


「うん!そうしよう」


 私は頷いた。




 上から見た動物園は、やけに緑が多く感じられた。

 私は今、藤堂と観覧車に乗っている。

 ベタどころでない。手垢つきまくりのベタベタ過ぎる展開。が、そこまで甘いムードではない。

 なぜか乗ってから藤堂が黙りこくってしまった。高所恐怖症なわけでもないのに。


「外、綺麗だよ」


「そうだね」


 返事も素っ気ない。今日の藤堂はヘンだ。これではなんと言うか、寂しい。

 そう思った矢先、


「立花っ」


 藤堂がいきなり大きな声を出した。私はビックリしながら彼に向き直る。


「これ……」


 そう言って手を突き出してきた。その手は小さな紙袋を掴んでいた。茶色の紙袋に『ヨンリオ』のキャラクターが描かれている。


「先月のお返しにと思って」


 すっかり忘れていた。ホワイトデーが近かったのだ。なんだ。わざわざ買ってきてくれたのか。男子が行きにくい場所なのに。

 思わず笑みがこぼれる。


「藤堂、ありがとう」


 そう言いながら私は紙袋を受け取った。


「開けていい?」


「どーぞ」


「可愛い……!」


 つい声が漏れる。

 中身は『寝転びネコ』のストラップだった。灰色のネコが抱き枕よろしくクッションを抱き締めている。

 ──私が好きなキャラクター、覚えててくれたんだ……。

 藤堂はああ見えて結構まめだ。

 もう一度お礼を言おうと顔を上げたとき、


「なあ、立花」


 藤堂が私を見据えた。思わず笑顔も固まる。真剣な眼差し。まるで何かを確信しているような──。


「さっきの写真さ、やっぱり描いてほしい」


 私の心臓がひゅっと音を立てて、縮んだ気がした。

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