経験と自然薯と

増田朋美

経験と自然薯と

経験と自然薯と

その日は、雨が降って、なぜか肌寒い日だった。もうすぐ夏がやってくるというのに、とても夏になるとは思えない日だった。特に今年は、冬に極端に暖かいとか、春に極端に寒い、などのおかしな気候が続いている。そういうわけだから、おかしなものが流行っているような気がする。何だか正常に季節がやってくることだけでも、幸せなんじゃないかという発言すら現れるような時代になっている。

そんな中、今日も製鉄所には何人かの人たちが来訪し、いつも通り勉強したり、デスクワーク的な仕事をしたりしていた。外へ出れば、彼らはただの引きこもりとか、ニートとか情緒不安定などの称号が付くはずなのであるが、少なくとも、ここにいれば、学問したりとか、小説のようなものを書いたりとか、そういうことに身も心も染めることができる。もちろん、毎日通う人もいれば、そうではない人もいるが、みんな現実社会に対応しきれなくて、疲労しているものばかりだ。

その中でも、四畳半では、今日も利用者たちが、水穂さんの看病を続けていた。製鉄所の利用者たちは、必ず誰かが、そばについていなければならない状態の水穂さんに対し、何も言わなかった。でも、それがもし、外の世界であれば、医療者でもない限り、そういうことをしてくれる人はいないだろうなと思われる。医療者だって、水穂さんの素性を聞いたら、たぶん、丁重に介護してくれるはずもないだろう。

「ねえ、またですよ。本当にどうしたらいいんだろう。」

利用者の一人が、食堂へ戻ってきて、そういうことを言った。ちょうど食堂で食事をしていたほかの利用者たちも、彼の話を聞いて、深刻な表情になった。そうなってくれるのも、この製鉄所だけで見られる現象だ。ほかの世界だったらいやな顔をするだろう。ここに通っている利用者たちは、実際に「いやな顔」つまるところ「消えてほしいとお願いされた」ことを、必ず経験しているために、そのような深刻な顔をすることができる。

「また食べなくなったかあ。どうしたら、ご飯を食べようとしてくれるのかなあ。帝大さんだって、ご飯は一日三食しっかり食べるようにと言っていたんだけどな。」

別の利用者があーあ、とため息をついた。

「うん、それは俺も知っている。また食べないで吐き出してしまうのかい?」

また

別の男性利用者が、どこに出すのかわからない、原稿を書く手を止めて、初めの利用者に言った。

「吐き出すというか、食べろと口元へもっていくんだが、そうすると変なほうを向いてしまうんだ。」

と、初めの利用者は、事実を述べた。

「そうか。それはまた大変だな。精神的に食べたくないってことだよな。それは俺も経験あるけど、治すのは本当に大変だぜ。」

二番目に返事をした利用者が、そういうことを言った。この利用者は男性ではあるけれど、ダイエットのし過ぎで、拒食症に陥った経験がある。

「そうか。江藤君のいう通りかもしれないな。だったら、俺たちだけで解決するのは難しいかもしれない。」

と、最初の利用者が言った。江藤君と呼ばれた利用者も、そうだねと頷く。

「うん。確かに、俺も高学歴じゃないし、俺たちで勝手に動いたりしたら、悪影響になるかもしれないよ。だったら、もっと専門的な知識のある人がいいかもしれない。よし、相談に行こう。」

と、江藤君がそういうことを言った。ほかの利用者たちも、わかったと頷く。

「しかし、誰に相談するんだよ。帝大さんでは、説教されるだけだし、理事長さんは忙しすぎるし。専門的な知識があると人と言っても誰なのか。」

三番目に話した利用者がそういうことを言った。

「そうだなあ、少なくとも、俺たちではこういう時は力にはなれないのも確かだ。俺たちは、ただの高校中退なんだから。そうじゃなくて、もっと知識がある人。そうだ、あの蘭さんは?」

と、江藤君が発言した。

「少なくとも蘭さんだって、ドイツの大学の大学院まで行ったんだから。俺たちとは、全然違う知識を持っている。それだけは、きっと確かだから、何かいい点を考え出してくれるはずだよ。」

と、最初の利用者が言った。そのまま、その通りにしようという話がまとまり、彼らは持っていたわずかばかりのお金を出して、タクシーを手配した。そしてやってきたタクシーに乗り込んで蘭の住んでいる家に向かって走ってもらった。

蘭は、この時、依頼されたばかりの刺青の下絵を描いていたところだったが、いきなりインターフォンがなったので、びっくりして筆をおき、玄関先に行く。

「はい、どなたでしょうか?」

蘭はそういって、玄関のドアを開けると、ラッパーのような恰好をしている若い男性が三人押しかけてきたからびっくりしてしまう。しかし、彼らがけっして悪いことをしたような人ではないとすぐに分かった。

「ああ。あの、蘭さんですか。俺たち、製鉄所に通っている者ですが、一寸お願いしたいことというか、相談したいことが在りまして。」

と江藤君がそういったので、蘭は、ああなるほどと思った。

「相談って一体何のことですか?」

と、蘭は確認を取るように聞いてみると、

「ええ、水穂さんのことです。ちょっと教えていただきたいことが在りまして。俺たちは、ただの高校中退の精神障碍者ですから、答えが出せないんです。」

江藤君は、蘭にそういうことを言った。

「水穂の事!わかりました。どうぞ上がってください。お願いします。」

蘭は、急いで三人を部屋の中に招き入れ、居間に連れていくと、テーブルに座らせた。

「で、相談って何のことですか。」

何だか、三人の利用者に比べて蘭のほうが興奮しているみたいだ。水穂さんのことを言われて、蘭はやっと自分が手を出せると思っているのだろう。

「ええ、あの水穂さんのことで、水穂さんが、またご飯を食べなくなりました。いくらおかゆ作ったり、

コーンスープ作って食べさせても食べなくなりました。何をあげても食べようとしない。」

と、利用者がそういうことを言ったので、蘭は、

「また食べなくなったのか。」

とがっかりと肩を落とした。

「ですから、俺たちではどうしようもないので、蘭さんのような知識のある方の、ご意見を聞かせてほしいんです。ほら、俺たちは、社会的にいったら、高校中退の、拒食症という精神障碍者ですから。俺たちは、たいして、地位があるわけではありません。だから、蘭さんに相談に来たんですよ。蘭さん、お願いします。」

と、江藤君が言った。

「だけどねえ、僕は、江藤君のように拒食に陥ったわけではありません。それは、学歴や地位に関係なく、経験者ほど素晴らしい相談相手はいないですよ。」

蘭は、江藤君に言ったが、こういう時程彼らは小さくなってしまうものである。経験というものをもっと、生かしてほしいなと蘭は思うのだが。

「いやあ、蘭さん。そういうことを言われてしまっては、俺たちは恐縮です。俺たちのことを、同格としてみてくれるのは、蘭さんだけです。ほかにそうやって見てくれる人はいません。だから俺たちは、蘭さんにお願いしなきゃと思っています。」

と、江藤君は、そういう事を言った。

「しかし、水穂さんはどうしてご飯を食べなくなったんでしょうね。ご飯を食べる気がしないというだけなのかなあ。本当に苦しくて、ご飯を食べようという気にならないのか。それともアレルギーの問題でしょうか。それとも、誤嚥とかそういう問題なのかな。俺は、どうしたらいいのかわからなくなってしまいました。蘭さん、何かご意見をお聞かせください。」

三人の利用者は、一生懸命そういうことを訴えた。蘭は、困ってしまった。

「蘭さん、水穂さんにどうにかしてご飯をたべようという気になってほしいと思うのですが。蘭さんのご意見として、例えば薬とか、いい医者がいるとか、そういうことを教えていただきたいんです。蘭さんなら、そういう人脈もあるんじゃないですか?」

と、三番目の利用者が、蘭に言った。

「いやあ、そういうことはありません。僕の友達には、医療に詳しい人もたまにいますけど、水穂をどうしたらいいかということは、僕も、正直わからないですよ。」

蘭は、正直に言うと、三人の利用者たちは、落胆の顔をした。でも、蘭は、そういうことは、はっきりさせておいた方がいいと思った。できないことはできないと示した方が、こういう人たちにとってはいいと思う。

「しかし、蘭さん。そうしたら、俺たち誰に相談すればいいのでしょうか。俺たち、水穂さんをいまは死なせるわけにはいかないんです。だから何としてでもご飯をたべてもらわないと。俺たちは何も知識がありません。どうしたらいいんですか?」

江藤君はそういうことを言った。

「知識はないけれど、経験というものはあるじゃないですか。江藤さんが摂食障害になったことを、水穂に話してくれれば、あいつだって、そんな思いをするのはいやだと思うから、食べるようになるんじゃないでしょうか。」

と、蘭は、彼に言った。

「俺の経験何て役には立ちませんよ。蘭さん。俺たちは、ただ高校になじめなくて、拒食症になっただけのことです。学校になじめなかったということだって恥ずかしいことなのに、それを水穂さんに話してみろなんて、恥ずかしいにもほどがありますよ。」

江藤君はそこだけはきっぱりといった。これが日本ではなくて西洋の社会だったら、経験というものをぜひ語ってやってくれという思いになるのだが、日本ではならなかった。

「僕も、水穂に何とかしてくれるように、考えてみるから、君たちは、自分のことを卑下することはなく、拒食にあった経験をしっかり語ってやってほしい。」

蘭はそれしか答えが出なかった。とりあえず、彼らにはそういうことを言っておくしかないと思った。

「わかりました。変な質問をしてすみません。」

三人の利用者たちは、蘭に申し訳なさそうな顔をして、玄関先へ向かって歩いていくのだった。彼らは、いつでも自分たちが悪いとしてしまうものだ。申し訳なさそうな顔をするのは、誠実というよりも、自分を卑下しすぎのような気がする。そうなってしまうから、摂食障害で高校中退ということになってしまうのだと思うが、角度を変えれば、ものすごく礼儀正しいということになるのだ。

「そんなに悪いの、あいつ。」

と蘭がそう聞くと、利用者たちは椅子から立ち上がりながら、

「ええ、ますます弱っていくようです。」

とだけ答える。そうなると蘭は、ますます答えを出してやらなければならないと思った。水穂さん本人もつらいが、看病している利用者たちもつらいことだろう。

蘭は、三人が家を出ていくのを見送って、一つため息をつく。そして、仕事場に行き、パソコンを

立ち上げる。検索サイトに、拒食への対処法と入れてみた。そうすると、若い女性の拒食症への対処とか、認知症で食事を拒否する人への対処とか、マニュアル的に情報が大量にでる。とりあえず、一つ一つのサイトを見てみるが、時には強引に食べさせなければ、拒食症患者はただの甘えであると書いてあるサイトもあり、どの情報が正確なのかわからなくなって、蘭は混乱してしまうほどであった。とりあえず、彼らが、求めている答えになりそうな情報を、プリントアウトしたり、それができないサイトは、メモ用紙に書いたりした。誠実な彼らは、いずれ近いうちに、聞きにくるに違いないから。

一方そのころ。製鉄所では、三人の利用者たちが勉強を再開しようという気にもなれず、せき込んでいる水穂さんの世話をしていた。水穂さんがせき込んで出すべきものを出しても、誰も文句を言わないで、口元についたそれをふき取り、背中をさすって吐き出しやすくしてやって、あとは薬を飲ませて楽にしてやることを、黙ってやっていた。水穂さんがどうもすみませんと言って、布団に倒れこむように横になるのを見て、利用者の一人が、

「水穂さん、どうしてそうなるか、自分でもわかりませんか。何にも食べないからそういうことになるんですよ。たべないから体力もつかないし、力もつかないのではないですか。」

と、一寸きつい感じで言ってしまった。水穂さんは返事をしなかった。代わりに薬の成分で静かに眠ってしまったのである。

「俺たち、どうしたらいいんだろう。このまま何も食べない状態が続いたら、俺もそうだったんだけど、体ばかりではなく、頭もおかしくなってしまうぞ。」

と、江藤君が言った。ほかの二人は、え、そんなことが在ったのかと江藤君に聞くと、

「いやあ、そうなんだよ。俺は、ダイエットして成績を上げろと中退した高校の教師に言われてその通り、食事をしないで痩せようと思ったら、立ち眩みもするし、卒倒もするし、しまいには窓の外に男女の幻覚が見えるほどだったぞ。」

と答える江藤君。ほかの二人は、水穂さんがそうなったら大変だと顔を見合わせた。

「それはまた、ご飯をたべなおすようになれば、消えるのかい?」

と、一人の利用者がそういうと、

「そうだねえ、幻覚が見えるときは、食べ物を取らない状態が当たり前みたいになっててさ。たべたら逆に吐き出してしまうんだ。それで、俺は高校を退学して、治療に専念するようになったわけ。それで今に至ると。」

と江藤君はそう答えた。ほかの二人は、大変だなあ、そんな症状が出ちゃうのかとつぶやいている。

「それのせいで、俺は勉強という持っているもの全部失った。誰のせいでもない、俺の人生だ。俺は、そういうわけで、生まれてこないほうがよかったと思ったこともあるよ。」

そうだよなあ。確かに、そうなってしまったら、もう高校には帰れないだろう。覆水盆に返らずという言葉があるけれど、日本の制度では、一度躓いてドロップアウトしたものは、二度と返ってこられないという法則があるので。

「そうかそうか。江藤君も大変だったな。水穂さんが起きていたらそういってくれるだろう。誰の話も、嫌がらずに聞いてくれたのは、水穂さんだけだったもの。」

と、また別の利用者が言った。

「そうだよなあ。普通の大人だったら、はやく働いて親御さんに孝行しろとかそういう事ばっかりで、俺たちが苦しんでいることには一切耳を貸さなかったもんな。」

もう一人の利用者がそういった。それを、言っている大人は、そういうことが言えて、自分のことを勇ましくてかっこいいと勘違いしているからまた困るところである。

「俺たち、そんな事は百もわかってるさ。だけど、人生は、若いころを順風満帆に生きてる人だけにしか幸せというものをくれないようにできているらしい。だから、学校と戦うのではなくて、学校の先生に傷つけられたら、すぐ自分を守ることをしないとだめだってことさ。」

と、江藤君が言った。確かに、江藤君の言ったことは大きな教訓である。でも、それを教えてくれる人もいないのが、今の制度だと言ってもいいだろう。

「だから、水穂さんは、こういう俺たちみたいな落ちこぼれの味方になってくれる貴重な人物ってわけだ。俺たち以外にも、傷ついているやつは、この製鉄所にはいっぱいいるんだから、絶対にここで終わりにしちゃうわけにはいかないんだ。だから、何と仕手でもご飯をたべてもらって、また昔のように戻ってもらわなければいけない。」

江藤君は、そういうことを言った。ほかの利用者たちもそうだよなという。どうせ、相談に乗ってくれる大人何て、ひどく教訓的なことを言って、自分を満足させている存在に過ぎないよな、俺たちの思っていることなんて、これっぽっちも聞いてくれなかった。医者もカウンセラーも、みんな役には立たないよ。何て、利用者たちは口々に言い合った。俺たちの、聞きたいことはアドバイスでもたとえ話でもなんでもない。ただ、そうか、それはつらかったなという言葉だけなのである。でもそれを求めれば求めるほど、大人は気がついてはくれないよ。と。

利用者たちがそんなことを言い合っていると、インターフォンのない玄関の扉がガラッとあいた。

「今日は。皆元気か?誰か体調を崩したり、しんどいものはいないかい?」

そうやって、車いすの汚れも拭かずに、入ってくるのは、やっぱり杉ちゃんである。空気も読まず、何も考えずに、四畳半のふすまをガラッと開けた。

「おい、三人とも、こんなところで何やってるんだ?また何かにあたったか。」

と、杉ちゃんの声は、先ほどのしんみりした空気をぶっ壊すほど明るかった。

「ああ、もう、杉ちゃん。話をつぶしてくれてありがとう。俺たちの話が、エスカレートしたら、間違いいなく集団自殺でもするところだったよ。」

と、利用者の一人が、一寸やけくそになったように言った。確かに、話をつぶされるといやな気持はするが、それが悪い方へもっていってしまうのなら、つぶしてくれた方が、ありがたかった。

「礼なんか言われるもんじゃないよ。集団自殺をするような話は、さっさと誰かに話して頭から出してしまえ。そうしないと、新しいもんは入ってこないぜ。」

杉ちゃんはからからと笑った。

「まあ、そうなんだけどねえ。杉ちゃん、俺たちどうすればいいんだよ。水穂さんに、ご飯をたべてもらうように言いたいんだけど、どうしても水穂さんには伝わらないんだよ。」

別の利用者が、一寸泣きながらそういうことを言った。

「俺たちは、まだ水穂さんに向こうの世界に行ってもらいたくないし、まだまだ話を聞いてもらいたがっているやつらだっていっぱいいるだろうから、元気になってもらいたいと思うんだが、俺たちの願いはわがままだろうか?」

と江藤君がそういうと、そうだねえと杉ちゃんは単純素朴な答えを出した。

「そうしたいんならそうしよう。ちょうど、奥大井の弁蔵さんから自然薯が届いたので、自然薯餅にして食わせよう。」

「自然薯?それなんですか?」

あまり伝統文化を知らない利用者がそういうことを聞いた。

「自然薯は、ヤマノイモのことだ。栄養満点でものすごくうまい。」

杉ちゃんは、車いすのポケットから、サランラップに包まれた塊を一つ取り出した。確かにジャガイモを大きくしたような芋だが、サトイモとはまた面持ちが違っている。

「よし、一寸台所貸してくれ。自然薯餅、作ってくるよ。材料は、こないだ買ってきた米粉もあるし。」

と、杉ちゃんは、台所に向かって移動し始めた。全く杉ちゃんという人は、明るいよなあと、三人の利用者たちは、大きくため息をつく。

「水穂さん、起きてください。もうすぐお昼ご飯の時間だから、いつまでも寝ていないで、起きてください。」

と、江藤君たちは、水穂さんの体をゆすって、無理やり起こした。目は開いたけれど、まだ薬が回ってしまっているせいか、体がよろよろして起きることはできなかった。

「ほら、俺みたいになっちゃったじゃないですか。ご飯をたべないから、そういうふうになるんですよ。俺は、椅子から立ち上がることもできなくなりましたよ。俺は、水穂さんに俺見たいになってほしくありません!」

思わず江藤君が今までため込んだことを、やっと口に出して言えたような顔をして、水穂さんをとがめた。

「俺だって、食べようと思ったけど、食べる気がしなくて、つらかったですよ。だから俺は、精神だっておかしくなったんです。そうなったら、他人に迷惑をかける、悪い人間としかみなされなくなりますよ!水穂さんそれでもいいんですか。俺たちは、水穂さんにはそうなってほしくありません!」

江藤君は、涙をボロボロこぼしながら水穂さんに言った。その顔はやっぱり経験したことがある人間でないとわからないという顔をしていた。

「そういう事に気が付いてください。ただ迷惑をかける存在でいるということは、つらいことで、何も幸せではありません!」

江藤君よく言った。と、ほかの二人はそういう顔をした。摂食障害を経験したわけではなくても、この世から必要とされない人間となってしまうと、周りの人間が全部敵になって、それと対峙するだけで精いっぱいという人生しか送れなくなってしまう。そうなったら、俺たちは破滅だ。この世から愛されていないほど、不幸なことはないはずである。

しばらく、四畳半は、水を打ったように静かだった。水穂さんは、一寸せき込んだようだった。

「俺たちに謝罪なんかしなくていいですから。其れよりも、ご飯をたべてください。」

水穂さんの表情にちょっと力がわいてきたようだ。三人の利用者たちは、これでよかったのかという顔をした。

「おーい、自然薯餅ができたぞ。食べよう。」

杉ちゃんが、四畳半にやってきた。四畳半には醤油のいい匂いが充満してきた。

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経験と自然薯と 増田朋美 @masubuchi4996

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