ワスレナグサを摘んできて 4


 榛名森麗道…群馬県にある榛名山の一角がダンジョン化した森林。

 魔物には快適な楽園であり、ようやく掴んだ琥珀色のワスレナグサへの手がかり。


 そんな榛名森麗道で、強大な魔物と遭遇した。

 全長2メートルほどはある、透明なアーマーを纏ったようなカマキリ…人呼んで凍気の捕食者・パラマンデス。

 身体は水色の芯を透き通るほど薄い色の外殻で包装しているようで、奴の操る凍気のイメージによく似合う。

 パラマンデスは自身の鎌をこすり合わせると、そこから白銀のエネルギーが生成された。


『十二ノ刻、氷河の熱線が大地を抉る』


 ささやき声が聞こえた。


「ビームとかありかよ!?」


 俺は低い姿勢で足に渾身の力を籠め、思い切り横っ飛びした。何とか白銀のビームを躱すも、いつの間にかパラマンデスが地面に貼った氷により、うまく着地ができずまたしても転倒する。そこへ、今が好機といわんばかりに凄まじい勢いでパラマンデスが接近してきた。


「ッ! …速い!」


 フィールによって白雷の槍が投擲されるも、凍った地面を滑るように高速移動するパラマンデスは難なくこれを回避。思わずフィールは下唇を噛む。

 パラマンデスの鋭利な刃が届く直前、俺は自身の身体に豪風を叩きつけ空中に緊急脱出した。


「グフゥッ……。ィイッ!?」


 だが、凍気の捕食者の異名は伊達じゃなかった。グッと重心を下げて力をため、跳躍。狙った獲物は逃がさんと告げるように、二つの鎌が煌いた。もはや逃げ場はない。


「十!!!」


 そのとき、アネシィは腰にホールドしていたガントレットを腕に装着し、叫びとともに魔術を発動した。


「グラビティ!!」


 彼女の両手から黒紫のエネルギー球体が生成されると、宙で彷徨う俺の身体がグン! と勢いよく吸い寄せられる。空中で思わぬ方向に吸い寄せられたことで、パラマンデスの凶刃は空を切った。まさに間一髪だ。

 身体はそのまま球体に引っ張られ、アネシィに受け止められる。先ほどとは逆の立場だ。


「あ、ありがとう…」


「これでチャラね」


 ターゲットを逃したパラマンデスは着地しこちらを一瞥すると、また地面を滑るように離れてゆく。

 やつは単純な能力だけでなく慎重さも兼ね備えていた。狡猾な本物の強者といえる。




(状況を変えるなら、こっちから仕掛けるべきか…!)


「俺が行く…。隙ができたら一撃頼む!」


「…わかったわ!」


 相手はターゲットに気付かれないように氷を張り、自分に優位な環境を作って狩りを行う。下手に余裕を与えてしまうとどんどん形成が悪化する危険性があった。

 膠着状態に入った場を何とかするべく、俺は突撃を決心する。

 アネシィの強化魔術をもらい、意を決してパラマンデスに走り寄る。


(やることは変わらない。剣呑のささやきで躱して…討つ!)


『十ノ刻、氷河の熱線が大地を抉る』


 ささやき声が聞こえた。


 パラマンデスは真正面に見据えているが、方角は10時の方向…。つまり、数秒後奴は地面を滑り、別の角度からビームで撃退しようとしているのか。

 ささやきをヒントに風魔術の用意を整える。少しでもその兆候が見えたら、思い切り真正面に跳ぶためだ。

 視界の中央にいるパラマンデスが鎌をこすり合わせ、そして地面を蹴った。


「おおぉっ!!」


 同時に俺は風魔術を発動。旋風が追い風となって、超人的なジャンプを果たす。

 パラマンデスの放った白銀のビームは、俺が跳躍した地面を抉っていた。


 パラマンデスへ急接近を果たし、方向転換し一気に詰め寄る。

 するとパラマンデスは、俺にすべてをさらけ出すように大きく体を広げた。そして、



 ジガガガガガガッ!!!


 凄まじい騒音が場を支配した。その衝撃に思わず片目を閉じる。

 パラマンデスは自身の翅を体とこすり合わせ、強力な音波を発生させていた。もはやそれ自体が攻撃の一種だといっても過言ではない。


『…刻、…より……が…ぐ』


(くそっ! 聞こえない…!?)


 パラマンデスのさざめきにより剣呑のささやきがかき消される。迎撃で飛び込んできたパラマンデスの左鎌を藍鉄の剣でいなすも、続けて襲い掛かる右鎌を躱しきることができなかった。


「ぐっ…! ぉぉぉおお!!?」


 左腕から鮮血が飛び散る。服の袖があっという間に朱色に染まり、本能が警鐘を鳴らすように動悸が激しくなる。


 しばらく覚えがなかったもの。

 

 初めての負傷だった。情けないことだが、今ようやく自分が命のやり取りをしていることを実感する。

不幸中の幸いなことに、肉を数センチ抉られただけで済んだ。あと一瞬でも遅れていたら腕そのものを切り落とされていただろう。


「十!」


 追撃を仕掛けてくるパラマンデスを迎え撃つつもりだったが、背後から飛び出てきたアネシィが代わりにその鎌を受け止める。どうやら追従してくれていたらしい。

 アネシィに攻撃を止められたパラマンデスは、一転して後方に跳び去った。すると次の瞬間、白雷のレーザーが目の前を突き抜ける。

 本当に強い。凍気の捕食者ではなく、昆虫王者の称号を与えてやってもいいぐらいだ。特に奴の機動力を生かした一撃離脱の戦法は厄介極まりない。



 ジガガガガガガッ!!!

 またしてもパラマンデスは翅をさざめかせ音波を撒く。

 しかし、そもそもそんなことをする理由は何なのだろうか? 奴は剣呑のささやきのことなど当然知る由もない。

 その行動の真意とは。


 ガサガサッと、俺たちを挟み込むようにもう一つの影が現れた。



「…嘘でしょ?」


「まずい、ですね」


 二体目のパラマンデス。あのさざめきは、仲間への呼び声だったのだ。


「…まじか」


 二体に増えたパラマンデスはさざめきを続けている。これ以上増えようというのか。


――せめて、剣呑のささやきさえ聞こえれば。致命の一撃さえ避けられれば各個撃破で倒していくことは可能だ。あのさざめきに惑わされず、ささやき声だけを傾聴出来たら…!

 左腕の傷口が痛む。体の内が痛みを嘆き訴えてくる。

 だが、


(もっと集中して…感覚を心の中だけに研ぎ澄ませて…!)


 外界のノイズなど遮断し、内側にだけ耳を済ませられれば。


「俺は、約束を果たす」


 ぽつりと、口から決意の言葉が零れ出た。どんなノイズにまみれようが決してぶれることがないように、信念の旗を打ち建てる。

 ここで諦めるわけにはいかない。


「十くん!」


 もう一度、パラマンデスに突撃する。


 この能力の本質はわからない。無意識に自分が発動しているのか、誰かが自分にかけているのか、それとも他の何かなのか。

 だが、危難を教えてくれるというのなら、必ず拾い上げてみせる。


『十一ノ刻、屠殺の鎌が振り下ろされる』


(聞こえた! 十一…つまり右鎌!)


「でああああああ!!」


 ささやきを確認すると、自身に風のブースターを点火する。痛みを払拭するように雄たけびを上げながら、爆発的な加速をうけた剣戟がパラマンデスの身体を一閃した。


「prrrrrァァァァ!!」


 エイリアンみたいな金切声を上げて倒れるパラマンデスを背後に、足が擦りおろされそうな勢いで着地する。なかなかの痛みを伴うが、奴に首を断ち切られるのに比べればずっと安い買い物だ。


「しまっ…」


 だが、戦況は息つく間も与えてくれない。アネシィの対峙していたもう一体が、仲間の敵討ちか二人を無視して急接近しようとしていた。


 しかし、


「再臨せしは深淵の誘い」

「リィン!!」


「prrr…prrrrr……?」


 パラマンデスの動きが止まる。周囲を見渡せばあるところに黒紫のエネルギーが生成されていた。

 あの場所、そしてあのエネルギー…先ほどアネシィが発動した『グラビティ』だ。



「っっっつああああああ!!」


 グラビティの引力で動きを止められたパラマンデスに、アネシィのメイスソードがぶちこまれた。黒紫のエネルギーが体を引きちぎるように裁断し、もう一体のパラマンデスも崩れ落ちる。


「「「……」」」


 先ほどまでのけたたましい砂利を踏む音や命の雄叫びが鳴りを潜め、三人の間を川のせせらぎだけが通り抜ける。生死をかけた死闘は幕を下ろしたが、まだ緊張が解け切らない。お互いがお互いを無言で見つめあう。そのうち、だれからともなく安堵の息を漏らしたのが伝染し、ようやく勝者の安息がその場を包み込んだ。





「…見つけた」


 その後、再び川を上り捜索していた一行は、ついに目的の小さな浮島を見つける。


 そしてそこには、鮮やかな琥珀色のワスレナグサが咲き誇っていた。


 浮島に降り立ち、何本か摘み取る。


 ……これで

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