異世界の転生 2
オレンジ色の陽光差す部屋のベッドで、俺はようやく目を覚ました。気だるさはまだ少し残るものの、おおむね体力は回復した。伸びをして時計を確認すると、17時を過ぎている。
睡眠約12時間…二日間ゲームやりっぱなしだったのだからちょうどいいくらいか。
いや、寝る前に確認した時計は5時を指していたが、あれが夢だったならいつ寝たかわからないか。なんてことを俺はぼんやり考えていた。
「ちょっと十!! いるの!?!?」
すると、女性の少し怒気が籠った声が一階から響いてきた。まだ母が帰ってくることはないはずの時間なのだが。
頭をかしげているうちに、ドタドタと階段を上る足音が聞こえてくる。
そして、部屋の扉が勢いよく開けられた。
「あ゛っ!! いるし! 十! あんた家で何してんのよ!!? 今日映画見に行くって散々話してたじゃない!! 連絡にも全然でないし、心配してきてみればどういうことよ!?!?」
ローズピンク色の、ふわりとしたロングウェーブの髪の女の子が部屋に入ってきて、すさまじい勢いでまくしたてられた。
表情は…すごい剣幕だ。一目でめちゃくちゃキレてるとわかる。
「ま、まさか忘れてたなんて言わないわよねえ…!?」
どうやら彼女は待ち合わせでもしていたのだろう。だが相手は約束の時間になっても一向に現れず、心配して連絡しようにも相手が出ない。
不安に胸を締め付けられ相手の家まで来てみれば、約束のことなど頭からすっぽ抜けて爆睡中ときた。
なるほど、そりゃたしかに怒るのも無理はない。間違いなく相手の男が悪いですぜ。
…相手が、初対面の自分でなければ。
頭の中が真っ白になる。意味が全く分からない。一切状況の整理がつかない。
この女の子は誰だ? なぜ自分の部屋にいる? というかその語り口は何だ? なぜあたかも知り合いのように話してるんだ? 空白を埋め尽くすように次々とクエスチョンマークが浮かんだ。
「大体あんたは普段から返信がおっそいのよ! 起きたんなら一目散に連絡よこしなさいよ!! 毎度何かあったのかとか私何かやらかしちゃったかなとか心配する側の気にもなりなさい!!」
彼女は放心気味の俺を気にも留めず、怒涛のジャブを入れながら距離を詰めてくる。相手に隙を与えずにすぐさま間を詰める様は、さながらプロボクサーのようだった。
謎の少女は俺の目の前までやってくると、自らの腰に手をついて身をかがめる。存在感のある胸が目の前で強調され、下を向けばホットパンツからさらけ出された太ももが眩しい。思わずむせながら右に視線を逸らした。
「…ってちょっと! あんたまさかお風呂入ってない…!? やっぱり夜通しでゲーム三昧してたんじゃないの!!?」
「ハウ゛ッ゛ッ゛!?!?!?」
急な彼女のリアクションに、金的レベルの激痛が走る。これではボクシングなんかじゃない。ルール無用のチンピラファイトだ。
「たまたま…たまたまだから…風呂入ればくさ……いや…本当に臭くないのか…?」
なぜか無防備な状態で外に飛び出している男の重要な部分。幼い頃鉄棒やジャングルジムなんかで不意に衝撃を与えてしまい、悶絶する羽目になった者も少なくないだろう。
その痛みなんてのは計り知れなく、打った後はしばらく動けないし吐き気にも似た気持ち悪さが身体を渦巻く。そう、しばらくの間精神衛生にも支障をきたすのだ。
かわいい女の子に臭いを指摘されるダメージは計り知れない。心の金的を受け思わずネガティブな方向に思考がシフトしていく。仮に風呂に入っても臭ければ、もう救いようがない。
少しの間うずくまり心に響く激痛を耐え忍んでいると、また廊下からパタパタと階段を上がる音が聞こえてきた。
部屋に顔をのぞかせたのは、三つ編み触覚が特徴的なスカートの少女。
「フィー」
「じゅ、十くん? 大丈夫ですか?」
心配そうに声をかけてきた少女の顔をじっと見つめ返す。
やはり、夢であったはずの少女であった。
数秒の沈黙を経て、俺はようやくある程度の冷静さを取り戻した。
――さて、急な押しかけにしどろもどろのリアクションしかできていなかったが、これを聞かなければどうしようもない。そろそろ事態を進展させなければ。
そう決意を固めると、俺はベッドの上で正座になり、両手を膝に擦りながらおずおずと口を開いた。
「あの…すみません…。あなた様方はどちら様でしょうか…?」
「………は?」
ホットパンツの少女の声色がまた少し変わる。あんた本気でそんな冗談言ってるの? と覚悟を問うような声だ。
確かに変にしらばっくれたような言い方だが、聞かないことには始まらない。
「いやこの状況でこれを言うのは怒りをあおってるように聞こえるかもしれないですけど! でも実際あなた方のことが記憶になくて! なぜ僕のことをご存じなのかとかどうして自分の家にいるのかとか本当にわからないんですよ!! あと不意のことなんでスメハラ扱いは勘弁して下さい!!!」
今まで溜まってた分がまとめてでてきたのか、相当な早口でまくし立ててしまった。
恐る恐るホットパンツの少女に視線を合わせると、先ほどの怒りが少し抑えられていた。
というより、今の言葉を聞いて怒りよりも動揺と困惑が湧き出てきたのか。
扉付近にいるスカートの少女もまた困惑の、そして少しの物悲しさを秘めたような表情を浮かべていた。
「あ、あんた…急にどうしたのよ…?」
「本当なんですよ! こっちも熟睡した後なんでうまくは頭働いてないんですけど、やっぱり記憶にないのは確かなんですって!」
「………もしかして」
しばし考えこんでいたスカートの少女が、ぽつりとつぶやいた後こちらに話しかけてきた。
「二人とも、一つ質問があるので答えてくれますか?」
「私も?」
ホットパンツの少女が聞くと、スカートの少女がうなずく。
「この国の首都をせーので教えてください。せーのっ」
「? 東京」
「? 東京ゼスナ」
――は? なんだ? ゼスナって。ショッピングモールか何かか?
俺がホットパンツの少女を疑念の目で見つめると、当然でしょと言いたげな様子で視線を返す。
「? こういうときは正式名称答えるもんでしょ?」
「いや、」
「…わかりました」
ゼスナって何ですかと問おうとすると、スカートの少女が割り込んだ。
「十さん、少し二人で話しましょう。お姉ちゃんは席を外してもらってもいいですか?」
「フィー…? ……うん、わかった」
唐突な提案にホットパンツの少女が怪訝な表情を浮かべるも、割とすんなり承諾したようだ。部屋の扉まで踵を返すと、不満げな表情で俺に振り向く。
「でも、その前にお風呂入っときなさいよ」
「ウ゛グゥ゛ッ゛…!」
……ホットパンツの少女が去り際に残した言葉の棘は、割と長い期間心のしこりとなった。
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