IF②

第1話

「お、俺は──」


 その一言を前に私は緊張しました。

 私は現金な女かもしれません。一度柚月さんを振っているというのに、今になって今度は私から告白しているのですから。

 それでもこの想いがホンモノであることに間違いはありません。

 彼のことを想う度に胸が熱くなります。

 彼の中の一番になれたらどれだけ嬉しいことか。


 たとえ、私の想いが彼に伝わらなかったとしても。それでも私は──。


「一ノ瀬紫さん、好きです。付き合ってください!」


 ***


「お姉ちゃ〜ん。お母さんが次、お風呂入りなさいって……って何ニヤケてるの?」

「あ、緑!? 何にもないですよ!?」

「うそだぁ。何で携帯隠したの? ほら、見せて!!」

「だ、ダメです! やめなさい、緑!! あ、こらっ!!」

「ふんふん。へぇ〜明日、柚月とでぇとなんだ。ふ〜ん」


 妹の緑が私のスマホを奪い取り、柚月さんとのメッセージのやり取りを見られてしまいました。


「お姉ちゃん、柚月と付き合ってるの?」


 緑がこちらをジト目で見つめてきました。

 そういえば、初めて柚月さんと出会った時、緑が柚月さんをすごく慕っていたことを思い出しました。あの時、緑が迷子になったからこそ、またああやって柚月さんと再会することができたんでしたね。ふふ、懐かしいです。


「お姉ちゃ〜ん? 聞いてる? 柚月は緑のカレシなんだからね?」

「ち、違います! 私の彼氏ですっ!!」


 私は反射的に緑を相手にムキになってしまいました。


「へぇ〜やっぱりそうなんだ。あ〜あ、せっかくカレシ候補だったのになぁ。まぁ、お姉ちゃんが相手なら譲ってあげようかなぁ〜」


 緑は私のこと見ながら楽しそうにしています。

 これは……一杯食わされたみたいですね。緑は姉である私をからかって反応を楽しんでいるみたいです。


「譲るも何も柚月さんは私の彼氏ですからね?」

「ああ〜ラブラブなんだ〜」

「らぶっ!?」


 緑の言葉に不意に顔を赤くしてしまいました。顔が熱いです。


「あははは、油断して振られないようにね! その時は私がいつでも柚月もらってあげる! 早くお風呂入ってきなよ。じゃあね!」


 そう言って、緑は私にスマホを押し付けると元気よく部屋を出て行きました。


 全くもう! 姉である私をからかうなんて、酷い妹です!

 それにしても……ああ。


 私はスマホの画面を見て、また顔がにやけてしまいました。

 私は本当に柚月さんと付き合っているんだなぁということを実感し、顔の綻びを止めることができません。


 そして今一度、スマホに目を通し、固まってしまいました。


「え"っ」


 声にならない声というのでしょうか。今まで出したことのない声を大声で出してしまいました。


 スマホの画面には柚月とのメッセージのやりとりが映し出されています。

 私が最後に彼に送ったメッセージは、彼がお風呂に行ってくるということで、いってらっしゃい、という旨のスタンプを送っていました。


 しかし、そこに映されていたのは私からの彼に宛てたメッセージ。


『明日、キスをしましょう。絶対ですよ!!』


「え? え? え?」


 もちろん、私からこんな大胆なメッセージは送っていません。これは……。


「緑〜〜〜〜〜ッ!!!!!」


 私は大声で妹の名を叫びました。





 翌日。

 結局、私は一睡もできませんでした。うぅ、なんでこんなことに。

 昨日はあれからお風呂でもずっと緑が送ったメッセージのことを考えていました。

 どう思われたでしょうか。こんな大胆な、ハレンチな女だと思われたでしょうか。

 それに対し、彼からメッセージは帰ってきておらず、そこには「既読」の文字だけが残されていました。


「あああああああああああ、どうしましょうっ!!!」


 朝から大声を出して私は頭を抱えていました。

 そんな私の悩みの原因を作った緑はというと、「友達のところ遊びに行ってくるー」と呑気に朝から家を出ていってしまいました。


 私がこんなに悩んでいるというのに、あの子は……。


 結局、寝不足で私の頭は回らず、ちょっとだけ休もうともう一度布団の中に入りました。


 約束はお昼の一時から。駅前で集合予定です。今日は映画を見に行く予定です。それにしても会って第一声は何て言いましょう? それともいつも通り気にせずに話しかければ意外と大丈夫だったりしますかね……? う〜ん……。う〜ん……? う〜ん──────。




「────はっ!? 今何時ですか!?」


 私は慌てて、スマホを手に取りました。

 そこには無情にも12時37分と表示されていました。


「ち、遅刻……」


 私は一瞬で跳ね置きました。


「ああああああ、お母さん!! どうして起こしてくれなかったんですかぁ!!」


 私はリビングに降りて、八つ当たりのようにお母さんに文句を言います。

 しかし、リビングにその声が響き渡ったものの、返事は帰ってきませんでした。


 そして机にはメモが一つ。


『ぐっすり寝ていたようなので緑と一緒にお昼を食べてきます』


「なんでぇーーーーーーーー!?」


 私はその後、全力で準備をし、家を後にしました。

 スマホで彼のアイコンをタップし、連絡を入れます。


『ごめんなさい、遅れます』


 そう送ると、彼からは、


『了解! 待ってるよ』


 とすぐに返事が返ってきました。

 私は生まれて初めて死力を尽くして駅までの道を走り抜けました。


 もうどうしてこうなるんですかぁ。

 私は半分涙目。お化粧も中途半端だし、髪もせっかくアレンジしていこうと思っていたのに結局、何もできませんでした。

 ほぼ、起きたての状態です。お化粧だけは無いよりかはマシだと思い、最低限しました。


 全力で走り抜けること数分。髪もぐちゃぐちゃで体も冬だというのに汗でいっぱいでした。


「はぁはぁはぁ……」


 駅の遠くの方に見覚えのある影が見えました。

 あれは……柚月さんですっ!!


「はぁはぁはぁ……ごめんなさい、柚月さん、遅刻しました!!」


 私は声をかけると同時に彼に頭を下げました。


「紫、大丈夫か? すごい汗だくだけど……」

「こ、これはその……ごめんなさい。寝坊してしまいました」


 時刻は13時31分。

 実に30分も遅刻したことになる。いつもなら遅刻なんて絶対しないのに今日に限ってこんな失敗をするなんて最悪だと思いました。


 服もおしゃれして、髪型もしっかり決めて、お化粧もして。可愛くなるためにがんばった私を見てもらおうと思ったのにあんまりです……。


 遅刻しておいて涙が溢れてくる私は、きっと彼には似合わない面倒くさい女だと思いました。


「慌てなくても大丈夫だよ。まだ、映画までには時間あるから。どこかで休憩していこうか」


 だけど彼はそんな私に一つも怒ることなく、優しく語りかけ、頭を撫でてくれます。異性から撫でられることがこんなにも安心して、何よりにやけてしまうことに気がついた私はきっと悪い子です。遅刻したのに、こんなご褒美……。また遅刻してしまいます……。


 私と違って余裕のある彼の言葉に頷き、映画館のある商業施設へと並んで向かいました。



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