IF ①

第1話

「お、俺は──」


 その一言を前に私は緊張した。ああ、ダメだ。今すぐにでも逃げ出したい。

 やっぱり、私は弱い人間だ。男の人がどうしようもなく怖い。

 せっかく助けてもらったのに。せっかく仲良くなれたのに。


 それでもこの選択に私は後悔しない。この選択は、私が前に進むために必要なことなのだ。

 たとえ、私の想いが彼に伝わらなかったとしても。それでも私は──。


「東雲桜さん、好きです。付き合ってください!」


 ***


「桜ちゃん、顔がにやけてます……」

「え? そ、そんなことないよ!?」

「むぅ。授業中だというのにけしかりませんね。どうせ柚月さんのことを考えていたんでしょう?」

「い、いや……」

「言い訳はダメですよぉ? 顔に書いてありますからね! それでも授業はちゃんと受けないとダメですよ! 油断して私よりテストで悪い点数とったら柚月さんは私がもらっちゃいますからね」

「そ、それはダメッ!!!」


 私は大きい声で机を叩き、立ち上がって紫に訴えた。

 だけど、それは失敗だ。今は授業中。


「東雲さん、何がダメなのかね?」

「す、すみません……」


 私は小さくなってその場に座った。

 紫の方を見ると少し、申し訳なさそうにしていた。


 よくよく考えてみれば、確かに授業はちゃんと受けれてなかったけど、紫に勉強で負けるとは思わなかった。ごめん、紫。


「はぁ。浮かれてるのかな……」


 誰にも聞こえない声でポツリとつぶやいた。




 学園祭の日。

 カップルコンテストに多くの女性陣が乱入して、柚月への告白大会を行ったあの事件は既に創立54年の中でもまれに見る珍事件であった。

 それゆえ、今後も語り継がれていく可能性があるらしい。


 黒歴史だ。


 私はあの日。柚月に選ばれた。

 その時は、嬉しさのあまり、頭が真っ白になってしまった。

 他の子たちの思いも知っていたから大手を振って喜べなかったのも本当のことだ。

 だけど、他の子たちはみんな祝福してくれた。心がチクリと傷んだ。


 それでも柚月は私を選んでくれたのだ。

 その出来事を思い出すだけで顔が熱くなる。


「さぁ、帰ろう」


 あれから一ヶ月経った。いろいろあって、柚月とはカップルらしいことはまだできていない。


 今日は、部活の定休日だ。

 だから柚月とは久しぶりに一緒に帰る約束をしている。紫は空気を読んでから早々に部活へ行ってしまった。


「お、東雲おつかれ〜」

「桜ちゃんばいばーい」


 私はクラスメイトに手を振る。

 その中には当然、男子生徒も混じっていた。

 あれから私の男性恐怖症も徐々に和らいでいき、今では男性であっても問題なく話せるようになっていた。苦手意識はあるものの、以前のようにそれを前面に押し出すこともなくなった。


 そのため、私には友達が増えた。近寄りがたい存在からより、気さくではなしやすくなったとのことだ。


 紫も私に友達が増えたことを喜んでくれた。


 ぶーぶー。

 私の携帯が震えた。誰かからメッセージでもきたのだろうか。

 手に取って確認をしてみると相手は柚月からであった。


『時東柚月から1件の新着メッセージがあります』


 その名前を見るだけで頬が緩むのが分かる。時東柚月。それが私の彼氏だ。


(何かなっ?)


 私はそのままスマホのロックを解除し、心躍らせながらメッセージを確認する。


『ごめん、先生に用事押しつけられちゃったから少し、遅くなるかも……もしあれだったら先に帰ってて』


 あんまり嬉しくないメッセージだった。先に帰っててだなんて、柚月は分かってない。私が一緒に帰れるのをどれだけ楽しみしていたか。


『そうなんだ……大丈夫! 私待ってるから、終わったら連絡して!』


「送信と!」


 私はそれだけ返すとすぐにまた携帯がメッセージを受信した。


『ありがと! すぐ終わらせるから!』

『うん! 待ってる!』


 かわいいスタンプをそれと一緒に返した。


 さて、暇になってしまった。どうしようかな、やることないな。

 そう思っていたら、後ろから声をかけられた。


「なぁ、東雲。今ちょっと良いか?」

「えっと、工藤くん、何かな?」


 彼、工藤くんは私と同じクラスで同じ弓道部に所属する生徒だ。

 私が男子とも話せるようになってからは部活でもよく話すようになったうちの一人だ。


「ちょっとな。あっちまで来てくれるか?」

「え?」

「あ、いや、無理だったら良いけど……」

「あー、うん。分かった」


 私は工藤くんに連れ出され、教室を出る。

 私はいつかのように何か酷いことをされるのではないかと脳裏によぎったが、授業終わりの学校でそんなことあるわけないと思い直した。


 恐怖症の症状がだいぶよくなったとはいえ、未だ心にはぬぐい切れないトラウマがある。ふとしたときに思い出して怖くなることもある。

 乗り越えたようで乗り越えられていなかった。だけど、柚月のことを思い出せば、ほら大丈夫。


 私は少しの緊張を持ちながらも工藤くんの背中について行った。


 そして着いて行った先は誰もいない教室。空き教室だ。

 少しだけ怖い。


「あ、ごめん。無理してない?」

「だ、大丈夫。ありがと」


 工藤くんはそんな私を察して優しく声をかけてくれる。そんな相手が何かをしでかすなんてわけはないが、深く刻まれた傷だから、許して欲しい。


 ごめんねと心の中で謝る。


「それで用って何?」


 私は意を決して聞いてみた。


「俺と──俺と付き合ってほしいんだ」


 え? こ、告白!?


 まさか告白されるなんて露ほどにも思っていなかったので驚いてしまった。


「わ、私、ゆず……時東くんと付き合ってるんだけど」


 あの全校生徒の前での公開告白。知らないとは思えない。


「そ、それでも!」

「それでもって……」

「それでも俺の方が前から好きだったんだ!!」


 自分の感情が抑えられないのか声が少し大きくなる。

 前からっていうのがいつからかは分からない。だけど、本気の気持ちであることは感じた。


「ごめん……私、工藤くんの気持ちには答えられない。私、時東くんが好きだから……ごめん」


 申し訳ない気持ちで二回謝る。

 圭吾と付き合った後から、あの公開告白を除いて、誰かに告白されたことのなかった私は、少し戸惑ってしまった。それでもしっかり断れた。


「……分かった。は諦める」


 どうやら、工藤くんも分かってくれたようだ。


「時間取らせて悪かったな。じゃあ、また」

「う、うん……」


 工藤くんは元気のない様子で空き教室から出て行った。

 告白なんて慣れてないから、なんだか申し訳ない気持ちになる。


「ふぅ……柚月まだかな?」


 携帯の時間を見たが、まだそれほど時間は経っていなかった。柚月からの連絡もまだだった。

 今は無性に柚月に会いたい。そう思った。




──────


おはようございます。

本編完結まで見ていただきありがとうございました。

また、たくさんのコメントやご参考意見もありがたく思います。


ここからはIFを書いていこうと思います。

あくまでIFの話ですので、あしからず。


番外編扱いなのでそれほど更新の頻度は多くないかもしれませんが、よろしければこれからもお読みください。


それでは、まず、IF桜編からどうぞ。





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