終話:約束

 学園祭から数週間が過ぎた。

 俺たちは学生の本分とも言える、2学期末のテストを終え、冬休みを迎えていた。



 あれから俺の前に再び、”すてーたす”が現れることはなかった。いくら心の中で念じておうんともすんとも反応しない。まぁ、それが当たり前なのではあるが。


 ”すてーたす”を失って以来、それでも俺は何かを頑張ることだけはやめないでいた。朝も早起きして、トレーニングや勉強はするし、家族分の料理だってしている。

 ピアノだって練習してるし、たまには黄夜ともバスケをしたりして遊んでいる。じいちゃんのところに行っていろんな武道もやらせてもらってる。


 俺自身、努力をすることをやめはしなかった。


 きっと”すてーたす”が見えたことはきっかけに過ぎないのだと思う。誰しも自分の頑張りが数値として見えれば、やる気になれる。なんだってやれる。どんな風にも変われる。


 じゃあ、見えなかったら? 

 それでもきっと同じだと思う。

 結局、何かをするのは自分自身だし、どんな道も自分で選ぶしかないのだ。変わるも変わらないも自分次第。


 選んだ道を自分自身追い込みながら、努力の向こうを目指して必死になる。


 なんだか説教くさいこと言ってるけど、正直に言えば俺は見えてた人間だから、偉そうなことは言えないんだけどね。


 俺は場合はすてーたすだったけど、ほんの少しのきっかけさえあれば人は頑張れる。


 そして忘れてはいけないのが頑張る自分を支えてくれる大切な人。何事にも自分一人ではきっと限界が来る。だから自分だけで頑張れない時は、誰かを巻き込めばいいのだ。

 誰かと一緒にやったり、励ましてもらったり。はたまた、その人が喜んでくれることを考えるだけで人はもう一段階頑張れると思う。


 それを忘れなければ、自分はどこまでだって羽ばたいていける──。


「柚月、お待たせ」


 そんな俺は、今日、12月24日に駅前でとある人と待ち合わせをしていた。

 所謂、クリスマスデートってやつだな。イブだけど。

 しかも、初めての彼女と初めてのクリスマスデートである。去年まで教室の隅の住人だった俺が、こんな可愛い人と付き合えるんだから人生って何があるかわからない。



 学園祭にてあの告白。

 おかげであの日から今でも俺は、あらゆる生徒に伝説の男と呼ばれる日々を送っている。

 ある意味、学校で一番の有名人となった。


 振り返れば、人生において一番と言っていいほど、すごい経験だったかもしれない。全校生徒の前で告白て。


 ***


「お、俺は──綾瀬橙火さん。あなたが好きです」


 俺は差し伸べられた一人の手を取った。


 ***


 俺が不安になったあの時、一番最初に俺を見つけてくれたのが橙火だった。それが全ての理由ではないがその部分も大きい。

 その時に言ってくれた言葉も。

 あの時、頑張れない俺に、弱音を吐いた俺に言ってくれた。


『私は好きよ。柚月が演奏しているところ』


 一瞬なんのことを言っているのか分からなかった。


『だって、あの時もそうでしょ? 一生懸命頑張ったのよね? だから私は感動したし、そ、その……いいなって思った。今回も同じじゃない? 今日までにいっぱい努力してきたのよね? じゃあ、きっと大丈夫。あんたらしさ見せてきてみなさい! 失敗したら、私が笑ってあげる。そして、慰めてあげる』


 その言葉に俺の視界は一気に開けた。





「どうしたの? ぼーっとして?」

「いや……今日の橙火可愛いなと思って。いつもだけど」

「なっ! なんかストレートに言われると嘘くさいんですけど!!」

「いや、本当だから」

「っ〜〜〜〜もう、先行くわよ!」


 俺たちは、クリスマスイブに行われる、宮野若葉の日本公演に足を運んでいた。この公演自体は元々予定されていたものだが別に招待されていたわけではない。


 あの日。橙火に告白したと同時に俺は一つの決意を胸に秘めていた。それは、若葉さんにピアノを本気でご指導いただき、プロを目指すと言うこと。


 大勢の人の前でなんて……と思っていたのだが、気が変わった。案外俺はそういうのが好きならしい。

 学祭のときはダンスであったが、何かを表現しそれを人に披露する。そして喜んでもらえる。

 それが堪らなく嬉しいのだ。自分が努力したものが形となり、多くの人たちに影響を与える。そしてそれを好きだと言ってもらえる。


 何より、橙火が好きだと言ってくれた。


 そして、俺は若葉さんにその決意の胸を相談した結果、快諾。俺は、留学することとなった。

 さらには若葉さんが気を回して、日本公演に招待してくれたということだ。



 正直、付き合ってすぐに橙火に俺が決意したことを打ち明けるのは、本当に難しかった。超遠距離になることは必至だし。付き合ってすぐに何言ってんだって言われると思った。


 でも自分の気持ちにも嘘はつけない。そして橙火に約束していたからだ。したいことを見つけたら一番に教えて、と。


 だから自分の気持ちに正直に話した。

 橙火は一瞬寂しそうな顔を見せたが、応援すると言ってくれたのだ。いや、言うしかなかったのかもしれない。


 それでも橙火は私たちは絶対に大丈夫だと言ってくれた。


『だって私があんたの一番最初のファンだから。私が一番柚月のことを応援するの』と。







 そして公演終了後。


「最ッ高だったね!!!」

「ああ、凄かった」


 俺たちはコンサート会場の入り口付近で今日の感想を言い合っていた。橙火にとってもいい思い出となったようだ。

 俺も今回ばかりは無茶振りされずに落ち着いて、彼女の演奏を聞き入ることができた。

 改めて、彼女の演奏の素晴らしさは言葉では表現できないところにあると感じた。

 そして俺は、ワクワクもしていた。そんな人のもとでこれから俺はピアノを学ぶことができるのだ。これほどやりがいのある楽しみなことはない。この世界はきっと努力すればどこまで際限なく上を目指せるのだ。


「あ、雪……」

「本当だ。道理で寒いわけだ」

「……」


 俺は何かを期待する橙火の目を見て、手を差しのばした。


「あっ」


 そして冷たくなったその左手をつかんで、俺のコートの右ポケットに押し込んだ。もちろん、中では恋人繋ぎなるものをしている。


 ……手汗大丈夫だよな?


 俺たちは雪の降る外をそのままゆっくりと歩き出した。

 照れているのか、橙火は無言だった。



 そして何かを決意したような、そして少し心配した顔で橙火は声をかける。


「……あっちへ言っても若葉さんと浮気しちゃダメなんだからね!!」

「って、しないよ!」

「本当? 柚月ってば、モテるから……それにあの人ちょっと変わってるからね。酔っぱらたら変なことされそう……」


 無言だった理由は、照れていたからではないらしい。


 というかあれ? 尊敬してたんじゃなかったっけ? それが本心か?


「それに柚月もそういうの拒めなさそうだし……」

「し、信用ないなぁ……」

「だって私もまだしてもらってないし……」

「そ、それはそうだけど……」

「じゃあ、今ここでしてよ?」

「い、今?」

「そ、そう! 何度も言わせないでよ。今してくれたら、私……信用できるから!」


 コンサート帰りの往来で多くの人が見渡せばそこにいる。


 ここでするのか……だけど。


「……分かった」


 橙火は俺の顔をじっと見つめた後、目蓋を下ろす。その長い睫毛が俺の目に映った。そしてゆっくりとその視線を下ろしていく。

 頬はやや紅潮している様子が窺えた。

 そしてその柔らかそうな唇が俺の脳を震わせる。


「ッ!」


 喉がゴクリと音を鳴らした。

 俺は橙火の薄く、淡いピンク色の唇に自分のそれをゆっくりと近づけ、重ねた。


 ほんの数秒の出来事。この時が永遠に続いてしまえと思った。

 そしてゆっくりと触れ合っていたものを離す。名残惜しい。


 そして橙火は俺の顔を見て頬を赤らめて一言。


「どうだった?」

「っ!」


 あまりに可愛く、鮮烈な光景に俺は冷静さを保つのが精一杯だった。


「あっちに行っても無理しちゃダメよ? 柚月頑張り屋だから……それに私のことも忘れないでよ?」

「あ、ああ……」


 感想を求められて一変。俺を心配する言葉を投げかけてくれる橙火。その耳は真っ赤になっていた。きっと照れ隠しかもしれない。


「それと……」

「?」

「キスすごく嬉しかった」

「!」


 そんなとびきりの笑顔で言われたら……


「ねぇ? もう一回したくなったでしょ?」

「ああ、もう!」

「ぅぁ!?」


 そして我慢できなくなった俺はもう一度、橙火を抱きしめ、唇を重ねた。


 ああ、本当に。

 橙火のためだったらどこまでも頑張れる。そう確信した一日だった。


 今日は特別な日。雪が降る。

 二人で手を繋いで、薄く降り積もった、新雪の上に足跡を残した。


「約束だからね」



                                 ──完



 ──────────


※あとがき


 ここまですてーたすをお読みいただきありがとうございました。

 約束の21時すぎてしまいましたね。すみません。


公開日、2020年7月29日から本日、2021年1月24日までの約半年くらいですかね。途中、一部内容を非公開にして修正したり、更新が途切れたりすることもありました。


それでもここまで書き切れたのは多くの方に読んでいただき、感想をいただき、評価いただけたからです。


5000を超えるフォローに、星も2500を超え、PV100万を超えておりました。

ここまで応援ありがとうございました。



最後の方は駆け足になり、いろいろ言葉足らずな部分が多かったかもしれません。

もしかしたら、柚月が橙火を選んだ理由に「うーん?」と思う方もいるかもしれませんが、自分にとってはこれでよかったと思っています。

誰かのために頑張るという点で、柚月は球技大会で橙火のために頑張りました。そして若葉とのコンサートでは、自分の演奏で喜んでくれる人がいることがわかりました。

そのことが選んだ主な理由というところかもしれません。


一応、この作品。努力をテーマにしておりますので。努力した結果、何に身を結ぶか。誰ために、何のために努力するのか。それを最後に、殴り書きのような形でしたが書かせていただきました。


この作品は思いつきから始まり、思いつきで終わっています笑

よく異世界ものであるステータスを現実での物語に当て嵌めたらどうなるだろう。そんな試みです。

正直、扱いづらかった。題名「すてーたす」なのに、すてーたす出しすぎたら、話の展開は遅くなるし、ラブコメできない。

異世界ものみたいに単純に敵を倒すとかで強化されたことを描写できませんからね。

努力パートとか設けましたけど、また展開が遅いと言われる始末……


ここだけの話ですが、私は全くプロットを作成しておりません。そのため内容に齟齬があったり、行き当たりばったりな部分が散見されたかと思います。

その日の更新内容とかほぼその日に書きながら考えてましたしね。この作品はすべてライブ感で作成しております笑


ただ、それでも多くの方にご好評いただけたことにより、より良い作品を作成してみたいと思うようになりました。


今作品はこの後、ゆっくりとはなりますが、アフターストーリーややる気があればIFなど更新していこうと思っております。



さて、ここで次回の宣伝? というか活動内容? のご連絡になります。


今のところいくつか新作を考えております。よろしければ次回の活動についてご参考までに以下の中から気になるものをお選び、コメントください。(題名は仮称)


①すてーたすVer2……社会人版のすてーたす。今回の内容の反省点を活かした作品になる予定。

②スクエアラブ……双子×双子のすれ違いラブコメ。

③社会人のラブコメ……上司とのエロ甘いラブコメ。

④なんかすごい人(主人公)が学園のアイドルに恋するお話……最近はやりのスパイものっぽいやつ。(スパイではない)

⑤異世界もの……流行りに乗っかろうとしている異世界もの。だけどちょっと流行からはずれさせたやつ。個人的に多分挑戦してみるやつ。

⑥新しい作品とかいいから、今あるやつを更新しろや、ボケ。


ちなみに次回以降の作品は割と本気でプロット作りからしてみようと思っておりますので公開は遅くなるかもしれません。異世界のやつは旬で勢いが大事なので行き当たりばったりで挑戦すると思いますが笑 ダメならすぐやめます。


後は公募とかも挑戦してみる所存です。



最後にもう一度にはなりますが、ここまですてーたすをお読みいただき、誠にありがとうございました。

次回作、また読んでいただけると嬉しいです。


以上になります!



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