第80話:勝負の二日目⑥/前半
俺たちはお互いの顔を見つめ合い、その場から揺れるように動く。
音楽に合わせて三拍子のリズム。
あれほど、俺の足を踏みまくっていたクロエの足はその主張をやめ、今は俺に身を委ねる。
クルクルクルクルとステージ上で舞う俺とクロエ。周りのことなど一切頭に入らずに二人の世界に酔いしれる。
相坂・森崎ペアのような派手さはない。観客が盛り上がるなんてことはない。
先程のヤジなどはもう全く耳に入っていなかった。単純に俺が集中しているだけなのか、はたまたクロエに魅了されて見入っているのか。
だけど、そんな観客のことはどうでもよかった。
今は目の前にいるクロエ、そして俺のことを応援してくれた人たちのため、そして何より俺自身が、これからも前に進むために今は頑張ろう──そう思った。
そして音楽は終盤へ差し掛かる。
クロエの手を取り、くるりと綺麗に回転させた。そして俺がその場に跪く。
これでフィニッシュ。
終わった。踊り切った。俺もクロエも。
そこには妙な達成感が存在していた。
パラパラと拍手が始まりそうして、その波は次々に伝搬していく。会場が一体となったような高揚感があった。
俺とクロエは笑顔で会釈した。
「なんとかやりきったな」
「ええ。そうね」
俺は隣にいるクロエに話かける。今は大きな拍手が会場を包んでおり、おそらく隣にいるクロエにしか聞こえていないだろう。
「それにしても……それだけ踊れるとは驚いた」
「あら? 言ったでしょう? あなたがリードするのだから大丈夫だと」
「……じゃあ遅れた理由は?」
「あら、そんなの決まってるじゃない。一人で柚月があたふたしてるのを楽しんでたに決まってるわ。だって、私、結構前からここにいたもの」
ああ、そうだった。こいつはそういう女だった……
いつもと違う格好に少し、ドギマギさせられたが彼女の中身は全く変わってなかった。どちらにせよ、彼女なりにかなり練習したことは間違い無いだろう。
俺に迷惑をかけまいと努力を続けた結果だ。
『……!! すばらしい演技でした! 私、不覚にも感動しております』
なんかさっきも聞いた感想だな。毎回言ってるんじゃないだろうな。
ありきたりな感想を述べた司会者に心の中でツッコム。
『それでは、ありがとうございました。これにて全組の演舞が終了しましたので審査を開始します。時東・佐藤ペアは控え室にお戻りください。それでも皆様今一度、二人に大きな拍手を』
俺たちは鳴り止まない拍手喝采を浴びながら舞台を後にした。
「お、おい。お前、隣の子誰だよ!! 代役なんて聞いてないぞ!! あ、お姉さん、3年生ですか? 何組の方ですか? よかったら俺と連絡先交換しませんか?」
控え室に戻ると下心全開で相坂が絡んできた。こいつは俺の隣にいるのがクロエ本人だと気づいていないようだ。
「わ、私も感動しました! お姉さまって呼ばせてもらっていいですか!?」
続いて森崎もクロエと気付いていないようだ。他の参加者の女子たちもクロエの元へ集まっていく。
今のクロエの出す色気は女子にも有効なようだ。
先程のたくさんの人に囲まれていて俺も緊張していたからかもしれないが、改めてクロエを見ると少し照れてしまった。
全く大したやつだこと。
「あら、森崎さん。私のことをこれからお姉さまって呼んでくれるの?」
「え? はい! お名前を教えてください!!」
「そうね、クロエって呼んでくれるかしら」
「わかりました、クロエお姉さま!!」
うーん、これは和解というより遊んでるな。クロエのやつ。絶対森崎さんとか気付いてないし。
「へぇ、クロエちゃんっていうのか。めちゃくちゃかわいいじゃねえか! お前あの子と一体どこで知り合ったんだよ、おい?」
またもや馴れ馴れしく肩に腕を回してくる相坂。こいつ結構、俺のこと気に入ってるだろ?
いつまでこれ引っ張るんだ?
そう心の中で思い、クロエを見ると目が開い、怪しい笑みを浮かべた。ちなみに怪しいと感じたのは俺の主観で、他の人からしたらさぞ美しい笑みであろうぞ。
まぁ、あれはもうネタバラシしてオッケーってことか?
「相坂。教えて欲しいか?」
「ああ、教えろよ」
「あれ、佐藤だぞ?」
「は? 佐藤って誰だよ」
「お前が散々、地味子って言って馬鹿にしてたやつ」
「……は? え? は? う、嘘だ!!」
突然、大きな声をあげる相坂。耳元で叫ぶな、うるさい。
そしてそれに反応してこちらに振り返る女子たち。
クロエはというとそんな女子たちを間を割って、こちらに向かって歩いてきた。
「残念ながら本当のことよ。私が、あなたが馬鹿にしていた地味子こと佐藤瑠璃よ。よろしくね、相坂くん」
どうやら俺と相坂の会話を聞いていたみたいだ。地獄耳だな。そして意地の悪い笑みを浮かべている。
相坂はそんなクロエの黒い笑みを受けて、顔を真っ赤にしている。
これは、屈辱的なのか、単純に照れているのか、どっちだ?
クロエのその言葉を聞いた女子たちからも同様に驚愕の声が聞こえてきた。
「え? え? さ、佐藤……?」
「ええ。そう言ったのよ。森崎藍香さん。私のことお姉さまと呼んでくれるのよね?」
こちらにも優しい笑み。
やっぱり腹黒いよこの人。
いつもなら、突っかかってくる森崎さんもクロエの神々しさというのだろうか、その微笑みに当てられ、小さくなっていた。
クロエのやつ……
めちゃくちゃスッキリした顔してやがんな。
◆
「なんだかドキドキしてきました」
「凄かったね、柚月と佐藤さん」
「く、悔しいけど、お似合いだったわ……」
「お? 橙火は負け宣言か?」
「はぁ!? 誰がよ!!」
「じゃあ、一人抜けたということ柚月は私のものだね」
客席では、紫たちが先程の柚月と瑠璃の演舞を見て感想を言い合っていた。瑠璃の余りのオーラに皆、それぞれ心の中がざわめくのを感じた。
他の生徒たちは先程の人が誰かとざわざわと騒いでいるようだった。佐藤瑠璃のクラスメイトもいるはずだが、彼女が当の本人であるとは気付いていないようだった。
だけど、紫たちは彼女が佐藤瑠璃であることをしっかりと分かっていた。あれだけ柚月と息の合った踊りを見せたのだ。他の代役では無理だとも分かっていた。
さらに言えば、彼女たちは柚月のことを好いている。そんな彼の隣にいるからこそ、普段と姿が違っていたとしても彼女が佐藤さんであることは認識できていた。
女の勘というやつが働いたのかもしれない。
『えー、ここで審査の前にご質問の多かった内容にお答えさせていただきます。エントリーNo.6番の佐藤さんについてです』
柚月たちが退場した後、生徒たちは口々に瑠璃について話していた。あれほどの容姿なのにも関わらず、普段全く見たことがなかったため、あの美少女は誰だと言う話で持ちきりだったのだ。
『えー、ご質問にもありましたが、時東さんと一緒にダンスを踊った方は佐藤さんでお間違いありません。応募時と見た目が異なっていたため、戸惑った方も多かったかもしれませんが、実行委員本部内でも確認を取りましたので代役ではないとお伝えさせていただきます。投票の方はその上で今回のコンテストにふさわしい姿だったかどうかを審査してください』
司会の言葉を受けて、生徒たちはまた口々に驚いた様子でざわついている。
コンテストに参加すると公表されてからも瑠璃は影で一部の生徒に馬鹿にされていた。身の程知らずなブスだと。
だが、その悪評を全て自分自身の手でひっくり返したのだった。
紫たちも周りからの焦った言葉や、素直な謝罪の言葉などを聞いてスカッとしていた。
────
すみません、長くなりましたので、前半後半に分けます。
※補足
コンテストはダンスともう一つ特技を見せる二段会審査になっておりましたが、ダンスのみの審査に変更させていただきました。ご了承ください。
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