第79話:勝負の二日目⑤
俺は今、舞台袖にいる。
控え室に戻ったタイミングで最後の組みである俺たちの準備が促されたためそのまま移動した。
目の前の舞台では、俺の前のペア、相坂・森崎ペアがダンスを繰り広げている。
ダンスの種類は特に決まっていないため、彼らはストリートダンスを選択したようだった。息のあった、二人の動きに見ている観客からは歓声や手拍子が送られている。
俺はそれを横目に見ながら息を整える。
ああ。もう大丈夫だ。きっと自分ならやれる。大丈夫なはず……だよな?
やっぱ少し怖いな。
それでも。やるしかない──。
先ほど、みんなからかけてもらった言葉をもう一度思い出す。
***
「大丈夫ですよ、柚月さんなら。きっとやれます!」
「なんだ? ビビっちまってピーピー泣いてたのか? 安心しろよ、お前が努力家なのは知ってっから」
「そうだよ。それと次に泣いてたら私が慰めてあげるから、ね?」
「その……不安かもしれないけど……それでも柚月は大丈夫。応援してるから」
「頑張りなさいよ」
「ああ、ありがとう。元気出た。頑張ってくる。みんなも席から応援してて。それで……それで終わったらちゃんとみんなの気持ちに答えるから」
その言葉を聞いて橙火たちは目を見開いて、やれやれといった様子で目を合わせた。
「「「「「待ってるよ」」」」」
***
あの時、彼女がきてくれなかったら、みんながきてくれなければ本当にダメだったかもしれない。
みんなには俺が大事にしていたお守りをなくして恐くなったと伝えていた。彼女たちは俺に失望するかと思ったが、そんなことはなかった。
「女の子に慰められるってちょっと恥ずかしいな」
大丈夫。別に失敗したって死ぬわけじゃない。俺は俺の積み重ねてきたものを信じればいいだけ。”すてーたす”がなくたって大丈夫。
やれるさ。
舞台袖から引き続き、ステージの様子を見守る。現在は、相坂と森崎ペアが見事なダンスで会場の空気を支配しているようだった。
そしてまもなく──フィニッシュだ。
そして決めポーズを行い、ホールからは破れんばかりの完成が鳴り響いた。それほどまでに彼らのクオリティは凄かった。
『さぁ、相坂・森崎ペアありがとうございました! すばらしかったですねぇ。私、不覚にも感動してしまいました!』
司会が軽快な口調で場内の盛り上げる。
そして俺のいる舞台袖へ向かってくるのは、今終わったばかりの相坂・森崎ペアだ。
「まだ、地味子ちゃん来てないのか。まっ、どうするつもりか知らねえけど、頑張れよ」
すれ違い様の爽やかな汗を流した相坂は悔しいことにイケメンだった。その面で嫌味をいうもんだからなんとも言い返す気にはなれなかった。
「大丈夫。クロエはこないかもしれないけど、踊るから」
「は?」
「俺一人で踊る」
俺はそう言って、ゆっくりと舞台の方へ歩をゆっくりと進めた。
後ろからはなんとも呆れた声で「マジかよ……」と聞こえた。
『さぁ、次はいよいよ、トリ。時東・佐藤ペアです』
コツンコツンコツンとシーンとした場内に俺の足音だけが響き渡る。目の前にいる、たくさんの生徒を前に少しだけ足が震えた。だけど、その中にいる、桃太や白斗、そして先ほど勇気づけてくれた、紫や茜、橙火に紅姫、桜が視界に入る。その瞬間、俺の中にあった緊張はいとも簡単になくなった。
『え〜時東さん? ペアの佐藤さんはどうしたましか?』
「すみません、少し遅れています」
『ということは棄権ということでよろしいでしょうか?』
「いえ、すみません。もう直ぐ来ると思いますのでよければ俺一人で踊らせてください」
『……』
俺の言葉に司会は驚いて声が出ない様子。そして会場内も静まり返る。
「ぶっはは、あいつマジかよ。一人で? あっははははは」
一人の笑い声に釣られて会場内がザワザワと騒がしくなり始める。
あの声は、後藤だな。ここぞというばかりに声を上げてバカにしてきやがった。いつかのお返しだろう。
そしてその会場のざわつきからは一人で踊る俺をバカにする笑い声やペアである、クロエのことを地味だとか、逃げたとか嘲る声まで聞こえた。
早く踊れだとかそんなヤジまで聞こえてくる始末。
俺とクロエが選択したのは社交ダンス。ワルツを踊る。派手さはないが、優雅さに秀でる。
そもそも一人で踊るってどうするかも考えてはいない。仮想クロエを立てて踊るしかあるまい。そこまでして俺が参加する意義はもはやないかもしれない。だけど、確かめたかった。自分の努力の証を。”すてーたす”がなくても大丈夫だということを。
『えー、一応、実行委員から許可が出ましたので、とりあえずは一人で踊ってもらってOKとのことです。自己紹介から行きたいところですが……お一人のようですし、会場の皆さまも待ちきれないようですので。それでは音楽をスタートさせてください!』
会場内から出る声で俺が傷つくかと思ったのか、司会はうまくスタートまで誘導させた。
そして司会の声により、会場がそれに合わせて少しだけヤジも小さくなった。
大丈夫。落ち着け。自分が頑張ってきたことを思い出して、体を動かせ。ペアはいないけど、いるようにやるだけだ。まずは礼からだな。
目を瞑って深呼吸する。その瞬間、会場のざわめきが戻ってきた。
──なんだ?
コツンコツンコツン。と確かに俺の耳に聞こえてきたその音は後ろからだった。
そしてその足音の持ち主は俺の隣に並ぶ。
俺はそこに信じられないものを見た。
──綺麗だ。
そこにいたのはクロエであり、いつものクロエではなかった。
学校での暗く、表情を隠していた髪の毛は今はセットされている。ハーフアップといっただろうか。普段見慣れない、美麗なその姿に心臓が跳ね上がった。
メイクもしっかりと行っており、その表情は気品に溢れ、色気に溢れ、大人びた中にもどこか可愛らしいエッセンスを残している。
注目すべきはクロエが着飾っているドレスもそうだ。まるで彼女のために作られたかのようにすら思える。青い生地に光り輝く、装飾が彼女をより美しく見せる。
俺とクロエはそのままタイミングよく礼をする。
観客席から息を呑む様子が窺える。その視線は全てクロエに捧げられていた。場内の空気を全て変えてしまった。
緩やかに音楽が場内に響き始めた。
そしてクロエと俺は手を取り合う。
「緊張してるのかしら?」
小さな声でクロエが俺に語りかける。
「俺が? バカ言え。お前こそ、足引っ張るなよ」
そして笑いながら軽口で返す。
「大丈夫よ」
「なんで?」
「だって、あなたがリードしてくれるのですもの」
その一言で俺もクロエの放つ魔力に引き寄せられる。
「それじゃあ、御指南いただこうかしら」
「あ、ああ」
そして始まりを告げる音楽の起点に差し掛かる。
「Shall we dance?」
「……I would love to.」
クロエの問いに答え、俺たちのダンスが始まった。
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