第78話:勝負の二日目④
「柚月の元気がない?」
「うん、控え室にいる友達から連絡きたんだけどね。すっかり意気消沈しているみたい。やっぱり佐藤さんが来てないからかな?」
「ええ!? まだ佐藤さん来てないんですか!? で、では今からでも私が代わりに!!」
「ええい、紫はややこしいから、大人しくしとけ!!」
「大丈夫かな、柚月……」
ホールでは現在、司会による進行が行われており、一組目の紹介とダンスの披露が始まろうとしていた。
橙火たちは皆、柚月の勇姿を見るため、隣あって座っていたのだが茜からの報告に心配していた。
「なぁ最後に柚月と会ったのって誰だ?」
「私だと思うけど……」
「その時の様子ってどうだった?」
「その時はそうね……うっ!!」
橙火は何かを思い出したのか、頬を紅潮させた。
「怪しいですね。橙火ちゃん、何があったか言ってください」
「な、何にもないわ!!」
「へー。朝から教室で柚月に襲い掛かったのに……?」
「あ、あれは……」
「大胆なことするよね〜。私もびっくりしちゃった」
「言い逃れはできませんよ? 橙火ちゃん?」
その後、橙火は他の4人に詰め寄られ、屋上までの出来事を洗いざらい追及された。
「じゃあ、柚月の様子がおかしくなったのはその後ってことか」
「そうみたいね。だけど、おかしいね」
「おかしい? 何がだ?」
「だって、柚月は佐藤さんはきっと来るって自信満々だったから。なんか悔しいけど信頼してるように見えたよ」
「くっそーいつの間に柚月と佐藤、仲良くなってたんだよ」
橙火から話を聞いた後、紅姫と桜は柚月の様子が変わったタイミングについて話していた。
「どうしたんだろ、柚月……私のせいかな……」
「落ち込まないでください橙火ちゃん。まだそうと決まったわけではありません。たとえ柚月さんが橙火ちゃんに迫られて本当に嫌だったとしてもそこまでになるとは思えません」
「うぅ……」
そして落ち込む橙火に対して紫は優しく声をかける。というか毒を吐きかける。
「ねぇ、あれってわざとやってるの?」
「いや、多分素でやってるだけだと思うよ。紫チョクチョクああいうこと言うから」
「そんなことより、今は柚月だろ? 控え室行ってみようぜ」
今、一組目が終わり、ホールは歓声や拍手で包まれていた。柚月の番はトリなのでまだ少し時間的に余裕はあると思い、紅姫は声を上げ、柚月の様子を見にいくことを提案した。
橙火たちはそれぞれ目を合わせ、頷いた。
◆
「ここですね」
「入ろうか」
控え室前の廊下。紫たち五人は大所帯で押しかけていた。
桜がドアを開けようとノックしようとした時、ドアが急に開いた。
「わっ」
「うわっ!」
控え室からはカップルが出てきて、桜たちのぶつかりそうになり、慌てて後ずさった。
「す、すみません」
「あれ? 藤子?」
「あ、茜じゃん。どうしたの?」
どうやらぶつかりそうになったカップルは、茜の友達だったようだ。
「ごめん、柚月に会いにきてさ。いるかな?」
「あ、柚月くん? えーっと、今はいないかったね?」
「ああ、時東くんなんだか顔色悪そうだったね。もしかしたらお手洗い行ったのかも」
そこで藤子と呼ばれた女子生徒のペアの男子が答える。仲も睦まじく、好感の持てるカップルだと桜は感じた。
「ありがと、ダンス頑張ってね!」
「ありがとうー! じゃあ行ってくるね」
茜は友達にエールを送り、カップルを見送った。
「控え室いないのね」
「そうみたい」
「トイレの方行ってみる?」
「うーん、すぐ戻ってくるかもしれないから少しだけここで待ってよ」
そうして桜たちは控え室の前の廊下で柚月の帰りを待つことにした。
しかし、5分経っても柚月が帰ってくることはなかった。
「どうしちゃったんだろう……」
「もう、柚月。どこ行っちゃったのよ……」
桜と橙火が心配の声をあげる。
「時間もないことですし、みなさんで手分けして探しませんか?」
「そうね、そうしましょ!」
そこへ紫が意見を出したことにより、みんなで柚月の捜索が始まった。
◆
柚月は一人、とある場所に来ていた。
現在の格好は、タキシード姿。ダンスをするための正装である。
「……」
そこで一人顔を伏せている柚月。
(ダメだ、俺ってこんなに弱かったっけ? 精神パラメータ鍛えたはずだったんだけどな……やっぱり”すてーたす”がないと今までのも全部……)
なくなってしまったのだろうか。
そして次にやってくるのは不安。
今の状態でみんなの前に立つことができるだろうか。果たしてクロエが来て、ダンスの苦手な彼女をリードすることはできるだろうか。ただでさえ、周りからの目を気にしている彼女に恥をかかせてしまわないだろうか。何より──俺自信、踊ることができるのだろうか。
柚月は考えれば、考えるほど思考の網に囚われ、悪い方向にばかり考えてしまっていた。
だけど、この選択は本当に正しかったのか。
ここで自分が逃げてしまって、どうなるというのか。自分が出ないことによってクロエを余計に悪目立ちさせてしまったら?
何より、応援してくれたみんなの気持ちは?
ネガティブ思考が脳内を支配する。
そしていつかの誰かに言われた言葉がフラッシュバックした。
『自分の選択に後悔だけはしないようにね』
でもでもでもでも──
「情けないな、俺……」
誰もいない教室。暗幕の向こう側にあった自分の机に寄りかかって呟く。
現在は学外の開放時間は終了しており、それぞれの教室に残っている生徒はいなかった。暗幕で仕切られた厨房側は光が入らず、電気もつけていないので真っ暗だ。
このまま、どうするか。戻るか、逃げるか。
机に突っ伏して目を閉じた。
そこへ──。
ガラララと教室のドアが開く音がした。他の生徒が入ってきたようだった。柚月はその音を確かに耳に拾いながら、その生徒が早く何処かへ行ってくれることを願った。
しかし。
暗幕がまくられ、反対側から光が差し込んだ。
あまりに眩しい、光に柚月はそちらを振り向き、目を細める。
「──見つけた」
優しいその声は、柚月の荒んだ心にスルリと心地よく、入り込んできた。
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